はぇ~
私がシェルレーネ教の密偵?らしき2人を連れて部屋に戻るとすぐにジャネットさんが迎えてくれた。
「アスカ…誰だいそいつら?」
「この人たちはステアさんとテクノさんです。シェルレーネ教の密偵だそうですよ」
「そんな奴らがなんでアスカに?」
「この方は?」
「私のパーティーメンバーです。こっちがジャネットさん、奥で本を読んでるのがリュートです。リュートは残念ながら本を読むのに夢中ですけど」
「そうでしたか。我々はアスカ様の素性を伝えるためにゼス枢機卿の命を受けてこちらにやって参りました。こちらの方たちにお話ししても?」
「えっと…大丈夫です。ちょっと待っててくださいね。リュート、ちょっとお話聞こう?」
「ん?アスカ。戻って来てたの。あれ?その人たちは?」
私はリュートに2人を紹介し直して、説明してもらう。
「コホン、では説明いたします。まず、ゼス枢機卿から我らに依頼があった理由ですが、以前にアスカ様と同じ髪色の貴族を見たことがあるからです。これは、神殿に住むラフィネさんに確認もいただいております」
「ラフィネかい…そういやあいつもそれっぽいことを言ってたね」
「はい。どこまでお聞きか分かりませんが、きちんと説明いたしますとフェゼル王国の貴族の中には代々、銀髪が生まれる家があるのです。その家こそがティリウス侯爵家。代々国の外交に関与し、風魔法の使い手の家系です」
「風魔法…アスカが得意にしてる魔法だね。火魔法は生まれ持った才能ですか?」
「いえ、父君はフィスト・ティリウスという方で、奥方はグレタ・シュトライトという方になります」
「えっと、母の名前はダリアでは?」
記憶の中の母の名前を思い出す。言われたような名前ではないはずだった。
「実はグレタさまは偽名を使っておられたのです。グレタさまは男爵家の出で王立学園では薬学の分野で大変優れた結果を出していたのですが、相手方によって婚約破棄されております。元々、裕福でもない家でしたので、再度の婚約をあきらめ村に住むかたわら、薬の研究に励み実家に仕送りをしていたようです」
「貴族の婚約破棄って大変なんだろ?どうしてまた」
「理由は一応書かれておりましたが、事実というわけでもなさそうでした。恐らく相手方の子爵に何らかの思惑があったのでしょう。現にその子爵はその後、侯爵家の娘と婚姻しております。子爵は相手の侯爵の一族でもありませんし、交易が盛んな地域でもありませんから密約があったと思われます」
「アスカのお母さんって大変だったんだね」
「でも、一緒に暮らしてた時はそんな感じなかったけどなぁ」
「そりゃあ、人に自慢できる娘がいればね」
「その後、セエル村に流れ着きフィスト様と出会われたようです」
「お父さんはそのことを知ってたの?」
「いいえ、婚約破棄といっても在学中ではなく卒業後のことですし、子爵家と男爵家のことで知らなかったかと。それよりはその後に発表された子爵と侯爵家の婚約発表に注目が集まっていたようですね」
「ん?じゃあ、アスカのお母さんグレタだっけ?別に相手は探せたんじゃないの?」
「そうはいかないのさ。当然、格上の子爵から婚約破棄となれば何か問題があるとみなされるし、次の相手が侯爵家の娘だっただろう?商人だって何かあるんじゃないかと近寄らんさ。多くはそういう時は修道院にでも入るんだが、彼女は薬学の知識があったからそれを生かすために目立たない田舎に住んだんだろう」
「実家の資金繰りも関係あったみたいです。元々は彼女の学園時代の薬学の成績もあって結ばれた婚約で、男爵家の方にかなりの仕度金が入る予定でした。しかし、破棄によってそれが無くなったことで働くことを決められたようでした」
「ひどい話だね」
「その後の話は分かりませんか?」
「グレタさまはその後、社交の場には姿を見せず男爵家の方でも行方はわからなかったようです。ただ、男爵家は先述の通り、財政難で予算を割けませんでしたので、調査も不十分でしたが。フィスト様については全く行方が分かりませんでした。というのもすでに当時、侯爵家の方でもかなり捜されていて、見つかっていないというのが大きいです」
「お父さんはどんな人でしたか?」
「我々が調べた限りでは人当たりもよく、友人も多かったようです。特に下位貴族や平民の評価が高く、行方不明の報が流れた時は商人なども使って広く捜索されたそうです。ただ、以前から自由が欲しいと言われていたようで、ある意味予想できたと言っていた方もおられたみたいでした」
「へぇ~、やっぱり親子だねぇ」
「な、何でですか!?」
「アスカだって貴族を避けて旅に出てるだろ?似たもの親子なんじゃないのか?」
「私が貴族を避けるのは別の理由ですよ~。それに出生のことだって神殿に行くまで知りませんでしたし」
「ただ、アスカ様はお気を付けください。先ほども述べた通り、ティリウス侯爵家は代々外交官を務めております。現在の当主も外務大臣、前任者は外務官僚でした。フェゼルから来た銀髪というだけでも他国で目立つと思います。下手な貴族は手を出さないでしょうが、事情を知らない平民に狙われる可能性が高いです」
「でも、貴族の子どもをさらうって重罪じゃないんですか?」
「それはそうですが一攫千金、ダメでも部下を使うので自分たちに害が及びにくく、被害の報告は上がってきております」
「まあ、アスカをさらうなんて危険なことしないで欲しいけどね」
「危険…ですか?」
「こう見えてこの子、戦闘とかになると容赦ないからね。多分盗賊なら遠慮しないよ」
「そんなことありませんよ」
同意を求めてリュートの方をちらりと見るけど目を逸らされた。なんで?
「とりあえず、ご報告する内容はこんなところです。詳しくまとめた書類もありますのでまたお読みください」
「ありがとうございます」
「あんたらも大変だね。こんな船の上まで」
「そういえば、どうしてこの船に乗ってるのが分かったんですか?」
「数名が交代で1日遅れながらついて行っていたのです。ただ、ダンジョン都市では困りましたが…」
「あそこで?どうしてですか?」
「冒険者をしておられるというのでてっきり、数日は滞在すると思っていたのですが、即座に次の街に行かれて後発のものが右往左往しておりました。我々は国外を目指すということをつかんでおりましたので、その時点で神殿より陸路にてバーバルへと向かったのです」
「そこで、それらしき人が乗船するって情報をつかんだんで、こうして乗ったって訳ですよ。ただ、流石に1等船室にいるとは思わず、ちょっと時間がかかってしまいましたが…」
「まあ、貴族から貰った乗船証で乗ったし、身元何て調べられないだろうねぇ」
「ええ、らしきというのが厄介で流石に3等船室はないと思いましたが、船室の多い2等船室から捜しまして、不審に思われないようにちょっとずつ当たったのです」
「そんなに船内探索って大変ですか?」
「2等船室は1等船室側に船員が立っていますからね。どうしても部屋を出る時には彼らの目線が向きますから不用意に出入りを繰り返すことも出来ないんです」
「1等船室に入らなかったんですか?」
「1等船室なんてそれこそ無理ですよ。俺らの仕事から目立たないのが重要なんです。2等船室や3等船室なら目立ちませんが、こいつがいては3等船室は目立ちますし、1等船室になるとどうしても船員の記憶に残っちまいますからね」
「大変なんだねぇ密偵ってのも」
「向こうに着いてもとんぼ返りも出来ず、しばらく滞在です」
「着いた先で商人に依頼された商品を仕入れてまた戻るって依頼を受けたことになってるんです。すぐにまた帰りの便に乗り込んだらそれこそ怪しいですから」
「じゃあ、船を降りてもちょっとはご一緒出来ますね!」
「えっ、あの…よろしいのですか?」
「はいっ!そうだ!今は船上なので細工は出来ないんですが、試作品とか作ったものもあるんですよ。一緒に見ませんか?」
「で、では、ぜひ…テクノは部屋に戻っていて」
「何で俺だけ?」
「1等船室で2等船室のペアがうろちょろしてたら面倒だわ」
「…分かったよ。それじゃ、アスカ様。俺たちのことは船上でたまたま出会った、フェゼルで一緒に依頼を受けたことがある冒険者仲間ってことで!」
「はい、また会いましょうね」
残念ながらテクノさんとは別れ、私はステアさんに細工を見せたのだった。




