外海旅の途中
食後、中天に差し掛かった日を窓から眺めながらぼーっとしていると、ドアがノックされた。
コンコン
「は~い」
ドアが開くと武器を持った船員さんたちが入ってきた。
「あれ?甲板の方で何かありました?ひょっとして海魔ですか?」
「ん?何ださっきの嬢ちゃんじゃねぇか。おい!こりゃどういうことだ?俺は危険人物がいる部屋に案内しろって言ったんだぞ!」
「ええと…だからこの方たちがですね。武器をその…磨いてまして」
「いや、どう見ても左右の護衛がお嬢ちゃんを守るのに手入れしてんだろ?海は海魔だって出るんだぞ?」
「そう言われるとそうなんですが…そっちのお嬢さんまで弓を取り出してて」
「ん?だが、冒険者で登録されてなかったか?この部屋」
「ですよ。私も副船長ですから確認しましたが、貴族とは書いてありませんでしたね。扱いはそうしてますが」
「うえぇ~~、そんなぁ~。すみません」
「い、いいですよ。私も不用意に開けちゃいましたし」
「そうそう、アスカはもうちょっと危機管理をしっかりしないとね」
「すまんな。こいつはまだ新人でな。言って聞かせる。お詫びというわけではないが、明日明後日と特別メニューを用意しよう」
「特別メニュー?」
「保存が効くんだがその分、費用がかさむものだ。夕食にでも持って来るよ」
「楽しみです!よかったね、ジャネットさん」
「ああ、まあね」
乗船一日目はそれ以外のハプニングもなく過ぎていった。まだまだ旅も始まったばかり、そうそう何も起きないよね。そして翌日。
「暇です…」
「まだ2日目だよアスカ。我慢しな」
「でも、船は揺れるから細工は出来ないし、やれることも少ないです」
「お得意の読書は?」
「流石にずっと翻訳しながらなんて無理ですよ~」
遊びましょうとジャネットさんの袖口をつかむものの、じゃあ何をやるのかといわれたところで止まってしまった。
「ええと…なにしましょう?」
「考えも無いのに言わないの。甲板にでも行くかい?」
「そうしましょうか」
ジャネットさんと一緒に甲板に出る。
「風が気持ちいいですね~」
「出てみると意外にいいもんだね」
「ジャネットさんは船旅の時はあまり外に出ないんですか?」
「余りというか2等船室じゃあ中々ね。1等船室の人間がいるうちはほいほい出れないし、景色だってすぐに飽きちまうよ」
「じゃ、じゃあ、私たちがいたらみんな出てこれないんですか?」
「いいや」
「えっ!?じゃあ、どうして…」
「1等船室は金持ちの商人か貴族が相場だからねぇ。商人なら商売につながるしまだいいけど、貴族相手に問題でも起こしたら海に捨てられちまうよ」
ま、それは冗談だけどね。とジャネットさんがひらひらと手を振りながら言う。なるほど、それでさっきから私の方をじろじろ見ているんだ…。
「って私は貴族じゃありませんよ!」
「だけど、甲板に出るのにその恰好だろ?間違えたってしょうがないさ」
「そんなにこの格好変ですかね~」
「変というかなんというか。まあ、いいか…」
私は着ていた服をひらひらさせながら、ジャネットさんの前で一回転して見せる。そうこうしているとキシャルがこっちに寄ってきた。
「あれ?珍しいねキシャル。アルナは?」
んにゃ~
最近、魔物使いのレベルが上がった(気がする)ので、ちょっとだけ言っていることが分かるようになった。まあ、大体はディースさんの作ってくれた魔物言語の本のお陰だけどね。
「えっと…ティタに外に出ろって追い出されて、アルナはお昼寝中?そっか、まあ小鳥だし休んでもらわないとね」
海鳥でもなければ生息地を変えるタイプでもない、ヴィルン鳥とバーナン鳥のハーフであるアルナには延々と海が続くこの行程は辛いだろう。陸に上がったらめいいっぱい好きなことをさせてあげよう。
「んで?お前外に出てきたけどどうするんだい?」
んにゃ
「えっ、またなの…」
「アスカ、何て?」
「またジャネットさんの膝が良いって言ってます。もう、キシャルったら。ここは甲板で座れるところなんてないんだよ?」
「どうかしましたか?」
「あっ、船員さん。この甲板に座るところなんてありませんよね?」
「座るところ?ああ~、釣り用のスペースがありますよ。比較的海魔にも襲われにくくて、いいところなんですよ」
何でも昔から貴族なんかに使われていたそうだ。
「んじゃ、そっちに向かうとするか。行くよキシャル」
んにゃ~
キシャルったらほんとにジャネットさんに懐いてるなぁ。そんなわけで椅子に座っていると、折角なのでということで船員さんが釣り竿を持ってきてくれたが、キシャルがいるのでと断った。私が代わりにやろうかなと思ったけど、キシャルが飛びついて来て、ジャネットさんと私を行ったり来たりしたので、残念ながらやめておいた。
「でも、いい天気ですね~」
「ああ、全くだよ。でも、のんびりできる旅でよかったよ」
そうやってのんびり景色を眺めていると、奥の海が形を変えるのが見えた。
「んんっ!?あれって渦潮かなぁ…」
「アスカ、どうしたんだい?」
「いえ、あの辺に渦潮があるんだなぁって思いまして」
「渦潮?キシャル、ちょっとどいてくれよ」
ジャネットさんは直ぐにキシャルを降ろすと船員に何か話しかけている。
「アスカ!そこに魔法をぶち込め!遠慮はいらないよ」
「分かりました。風よ、ストーム!」
私はジャネットさんの言葉通り、魔法を渦に向かって打ち込んだ。
ジャアァァァァ
魔法を撃った場所からはハンドラーという魔物が出てきた。この魔物はイカの魔物だ。テンタクラーと違ってメインに2本の触手を使ってくることから名づけられたらしい。
「むぅ、新規のご飯だ」
「お嬢さん、ありゃあ魔物です。危険ですからこっちに!」
「大丈夫です。あの程度の大きさの魔物なら!」
私はすぐさま腰に下げていたマジックバッグから杖を取り出すと一気に勝負を決める。
「大丈夫。大きさはこの間のテンタクラー以下のサイズだ。この前と同じ方法で!」
私は前回同様に風魔法で海魔の周囲を攻撃する。
「ああっ!海魔に当たってない。無理だよ」
「見ててください!風よ、舞い上がれ!ストーム」
私は海魔の周囲の水を減らして一気に空に舞い上げる。そして、無防備になった海魔に風の刃が襲い掛かる。
フシューー
海魔を倒すと私は切り刻まれたその一部が船の甲板に降りるようにした。
「後は汚れないように一旦宙に浮かせてと…すみませ~ん、これ置きたいから敷くもの下さい」
「あ、ああ」
そうして船員さんが敷物をもってきてくれたので私はそこに海魔の一部分を置く。置いた一部にはキラッと光るものがあった。
「何だろこれ?」
「それは海魔の魔石だな」
「船長さん!」
「お嬢ちゃん助かったよ。まさか本当に戦えるとは思ってなかったんでな。そいつはハンドラーの魔石だ。変わった魔石でどの属性でも扱えるが、込められる魔法はランス系…つまり貫通系の魔法だけなんだそうだ。巷じゃ、海魔という狩りにくい環境からそこそこの価値があるらしい」
「そうなんですね。教えてもらってありがとうございます」
「こっちこそ、面倒な海魔との戦闘を肩代わりしてもらってすまんな。それでこいつは?」
船長さんは私が海魔の体を甲板に置いたことが疑問に思ったみたいで、食べられるんだと説明する。
「まあ、俺たちも食料の関係で食べることはあるが、取っとくほどうまいのか?」
「皮とか取ったりきちんと処理すれば美味しいですよ。ちょっと待っててくださいね」
私は部屋に戻ってリュートを呼んで来ると、下処理をお願いする。
「これならわかるよ。もっと小さいサイズのだけど、フィクスに聞いたことがあるから」
フィクスというのはアルバに住んでるエレンちゃんの恋人で料理人だ。アルバに来る前には世界中を旅していたらしく、色んな生物の調理法を知っていて、旅の前にリュートは色々技術を学んだんだ。リュートはその知識に基づいて、ハンドラーをさばいていく。それを船員さんたちもじっと見ている。
「ん~。でも、外海でも海魔って出るんですね」
「逆だよ。外海の方が多いのさ。まあ、このサイズだとまだ優しい方だけどね」
「いえ、あいつは長い触手が厄介で何人も船員がやられてるんです。本当にありがとうございました」
倒すこと自体は難しくないみたいだけど、長い触手で掴まれて海に引きずり込まれたり、投げられたりするのが大変なんだそうだ。夜は当然ながら、昼であっても助けにその場所まで移動する間に沈んでしまうことも多いみたいだ。
「触手なんかから守るのに鎧を着る関係で、海じゃ思うように動けないんです。かといって鎧を脱いだらそれはそれで…」
私が思っていたより、海上での戦いは難しいらしい。今回もたまたま海魔は1体だったが、集団で出ることもあってそれがまた危険らしい。
「アスカ、とりあえずやって見たけどこれ本当に食べるの?」
「何言ってるのリュート。前にテンタクラーだって食べたでしょ?」
「アスカってそういう人が食べないものとかよく平気で食べるよね」
「似たのは食べてたからね。さてそれじゃあ…」
私はリュートが作ってくれたイカソーメンもどきを口に入れる。
「ん~、美味しい!ショウガとかワサビはないけど新鮮だからかな?やっぱり海辺に住むのがいいかなぁ」
はむはむとイカを食べながら考える。そのうち気になったのか船長さんたちもイカを口にし始める。
「ふむ、こいつはいけるな。醤油だったか?塩分が取れるし、こっちも癖はあるがまあ何とかなるな」
やっぱり、醤油は結構人を選ぶ調味料みたいだ。日本暮らしだとそんなことなかったからほんとに意外だ。という訳で火を入れる調理法は照り焼き風にしておいた。照り焼きといってもしょうゆベースではなくソースベースだけど。
「あ~、お腹いっぱい!」
「よかったね。夕飯にも出してもらう?」
「うん!」
こうして、私たちは2日目の航海を終えたのだった。




