出港、さらばフェゼル王国!
2日間の滞在を終えて、今日はいよいよ出港の日だ。
「いよいよ、外海に出発ですね!」
「といってもしばらくは、海海海だよ」
「もう~、夢のないこと言わないでくださいよ。早く新しい大陸が見たいです」
「着くまでも気を付けてよ。また、街行きの恰好で甲板に出るんでしょ?」
「当然!だって、出港っていったらこういう格好だもん!」
「アスカの常識って…」
「言ってもしょうがないさ。それより、ナイト様が強けりゃ良い訳だしね」
「頑張ります」
みんな好き勝手言うんだから。
「さあ、アルナもキシャルもこっちにおいで。ティタはもう肩に乗ってるよ」
ピィ
んにゃ~
「ティタは向こうの大陸に住んでたんだよね。どんなところなの?」
「う~ん、たたかいおおい。まもの、きょうぼう」
「うぇ~、そうなの?ま、まあ、戦いが多いって言っても、ガザル帝国はもうないんだし大丈夫だよね」
「戦なんてのは急に起こったりもするからねぇ、そいつは何ともだ。ま、起きる時は兆候があるから気楽にいけるけどね」
「あなた方は…お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
船員さんに案内されて、バーバルまで乗った船よりちょっと広い部屋に通された。
「広い部屋~、ありがとうございます!」
「いえ…。しかし、本当によろしいのですか、お部屋は1つで?」
「大丈夫です!私たち仲がいいんです」
「そうですか。食事は給仕が持ってくるか食堂が選べます。どちらになさいますか?」
「食堂ってどんな感じですか?」
「2等船室以上の食堂とそれ以下の大食堂です。といってもそこまで広くなく、こちらに泊まられる方はまず利用しませんね」
「じゃあ、最初はここに運んでください。食堂を使う時は言いますから」
「かしこまりました。ではごゆっくり」
船員さんも出ていき、少ない手荷物を受け取って部屋でくつろぐ。
「アスカ、そろそろ出港の時間だよ。甲板に行こう?」
「そうだった。前は気付いてたら出港してたから今回こそはだね!」
私たちはアルナを連れて甲板に出た。町だから海魔は出ないので甲板には見送りの人に別れを告げる人たちが何人かいた。
「あれあれ!あれがやって見たかったの!」
「アスカは本当に変わってるね…」
「何々、何か言った?」
「何でも」
見送りに来ている人に適当に手を振る。実際には知り合いは誰もいないけど、こういうのは気分だし別にいいよね?そんなことを思っていると明らかにこっちに手を振る人がいた。ん~、あれは見覚えがあるな…ミスティさんだ!
「お久しぶりです~」
「元気~」
「は~い」
風の魔法でお互いの声を聞こえやすく調整する。ミスティさんはオーガに襲われていたところを私たちが助けたパーティーの生き残りだ。今はフェゼル王国のある大陸とは別の大陸と取引しているベール商会の御者をやっている。きっと、取引の関係で港にいたんだろう。
「アルバで旅に出たって聞いたわ。どこに行くの?」
「バルディック帝国経由でデグラス王国までです」
「気を付けてね。もしよかったら、ベール商会の支部があるからよろしくね~」
「は~い!」
ぶんぶんと手を振ってミスティさんと別れる。ああ、ほんとに船旅って感じだなぁ~。
「どうかしたのアスカ?」
「ううん。ほんとにこの大陸から出ちゃうんだなって思って」
「そうだね。次の大陸はどんなところだろうね」
「バーバルが遠ざかってくね。きっと、あの向こうにアルバがあるんだろうね。他にもワインツ村やエヴァーシ村だって…」
「アスカ、泣いてるの?」
「な、泣いてなんてないよ…あれ?」
甲板に涙がぽとりと落ちる。どうしたんだろう?悲しいことなんてないのに。楽しい旅のはずなのにな…。
「きっと、アスカはまだ旅の前なんだよ。ここからアスカの旅が始まるんじゃないかな?」
「そうなのかな?」
「そうだよきっと」
「じゃあ、ちょっとだけいい?」
「うん」
人に泣いてるところを見られたくないので、私はリュートに寄り掛かる。誰かの側って落ち着くなぁ…。
「んで、そんな顔して帰ってきたのかい?」
「はい」
「ああ、ひどい顔だよ。全く、リュートがかわいそうだろ。こんな美女を泣かした男だって出港直後に噂されちまうよ」
「えっ!?美女だなんて…」
「気になるのそっちかよ。まあ、なんだ。ちゃんと感謝しとけよ」
「そうですね。ありがとう、リュート」
「ううん。アスカが元気になってよかったよ」
「じゃあ、元気も出てきたし探検だね」
「探検って…この前行ったところでしょ?」
「きっとこの船は違う作りだよ!さっ、行こう」
私はリュートの手を取って船室巡りに行く。ここでもやっぱり、1等船室と2等船室の間に船員さんがいてその人に部屋が見れるか聞いてみた。
「部屋ですか?見れますが…何も面白いものはありませんよ?」
「いいんです。どこなら見れますか?」
「あっちの突き当りなら構いません。それと…」
「3等船室にはいかないようにですよね?ありがとうございます」
「ご存じでしたか。たまに貴族の令嬢などが行こうとして困るのですよ。行った後で何故止めなかったのかと」
「船員さんも大変ですね」
「ですがお嬢様のような方と出会うこともありますし、悪いことばかりではありませんよ」
「そう言ってもらえると私もうれしいです。それじゃあ、甲板の方に行ってきます」
「お気をつけくださいね。海魔はいつでも現れますから」
「はい!」
船員さんに挨拶をして甲板に向かう。残念ながら、見せてもらった船室は前に見た船とほぼ変わりがなかった。飾りっ気もないし、がっかりだ。
「よく考えたら甲板はさっきも来たよね」
「そうだね。でも、風も気持ちいいし、まだバーバルの町も見えるからいいんじゃない?明日には海しか見えない訳だし」
「そういえば、ここから隣の大陸までは距離があったね。予定だと10日ぐらいだっけ?」
「確かそうだね。でも、風の強さにもよるしどうなんだろ?だけど、アントレス経由じゃないからこれでも早い方なんだよね」
「そうだぜお嬢様。昔は全部の船がアントレス経由で時間ももっとかかったんだ。港も混むから便も限られてなぁ~」
「あっ、こんにちわ船員さん。お仕事はいいんですか?」
「ん?ああ、俺はこっから見てるのが仕事だからな」
「へ~、そんな仕事もあるんですね」
「頭ぁ!定期巡回問題ありません」
「そうか。そんで、前回の船の被害は?」
「航海中は2度ほど襲われたみたいです。どうにも夜間が増えて来てるみたいですぜ」
「分かった。お嬢ちゃんも甲板では気をつけな。俺の船も戦える奴は多いが船を守るので手一杯でな」
「はいっ!いざとなったら私も手伝いますから皆さんも頑張ってくださいね」
「はははっ!そんなことはないだろうが、機会があったら頼むよ」
そういうと船長さんらしき人は中に入っていった。私たちはまだまだ外洋に向かう景色を楽しみたかったので、その後も1時間ぐらいは甲板から景色を2人で眺めていた。
「なんだか不思議だね」
「何が?」
「だって、こうやって少しずつ遠ざかる景色を眺めてるだけだよ?でも、飽きずに見てられるんだよ」
「そ、それは…僕と一緒だからとか?」
「リュートと?うん、そうかもね。仲間と一緒っていうのはすごいね」
「仲間…そうだね!でも、ずっといると冷えちゃうよ?」
「そっか、仕方ないから戻ろう」
部屋に戻ると、ジャネットさんが剣の手入れをしていた。
「ここでも剣の手入れですか?」
「ここでもって言うけどね、ここで出番があるのが普通だよ。たかだか3日の船旅で海魔に出会ったんだ。10日以上海上を進む以上は用意は必要だよ」
「でも、船員さんたちが…」
「船員は確かに船上戦闘に慣れてるけどね。彼らは船を守るのが仕事だよ。船に穴が開いた時にそこを修復するのと乗員が流されるのなら穴をふさぐことに注力する。出番がないといいけど、そうも言ってられないさ。そうはいってもあたしたちは1等船室。優遇されるけどね」
「じゃあ、私も頑張って整備します」
ジャネットさんの横で私も弓の手入れを始めた。船に乗る前にエヴァーシ村で手入れしたかったけど、日程の都合で無理だったからこの際念入りにやっておこう。
「リュートも一緒にやろ?」
「うん」
リュートも加わり、パーティーみんなが一斉に武器の手入れを始めた。それからしばらくして、食事の用意が出来たので運んできたと女の人がノックをしてきた。
「入ってもよろしいですか?」
「あっ、はい!」
「まて、アスカ!あ~あ」
入ってきたお姉さんは私たちを見るなり動きをピタッと止めてしまった。どうしたんだろ?
「いや~、これはねただの手入れだから。ほら、食事置いてきな」
「は、はいぃぃぃ!」
お姉さんはガチャガチャと慌てふためいてカートごと食事を置いてすぐに部屋を出て行った。
「あの人変わってますね。急に出ていくなんて」
「変わってるのはあんたの頭だよ」
ぽかっ
「いたた、何するんですかジャネットさん」
「あんな素人が急に武器の手入れをしてた冒険者を見たらビビるに決まってんだろ?こりゃ、最悪船員に変なこと言われたかもねぇ」
「ど、どど、どうしましょう?」
「もう今更だし、大人しく飯食べるよ。腹減った」
「そうですね」
「ええっ!?2人ともなんでそんなに冷静なの?」
「「アスカのやったことだし」」
「なっ、納得いかない…」
2人に声まで揃えられて言われるなんて。そんなこんなで外海1日目の食事を済ませたのだった




