滞在と乗船
「さて、こっちのゴマ鯖の切り身はと…」
パクッ
「ん~、こっちもおいしい。でも、やっぱり酢締めとか昆布締めとかないからちょっと物足りないかも?」
「酢締め?昆布締め?何それ」
「私もあんまり料理しないからうろ覚えだけど、酢締めが塩を振って酢に浸けるの。昆布締めは昆布を上下に挟んでギュッとして置いておくんだったかな?」
「ふぅ~ん。昆布締めの昆布が良く分からないけど、酢締めなら出来そうだね。今度やってみるよ」
「うん!ちょうどテンタクラーの酢だこも作って欲しかったからお願いね」
「了解」
「そうだ!さっきはリュートのお料理貰ったから、今度は私のあげるよ。はい、あ~ん」
「あ、あ~ん」
「はぁ、見てられないね。あたしも食べるとするかい」
ジャネットさんもヤコウガイに手を付け始めた。
「ん、醤油はちょっと苦手だったけど、こういうのだといいねぇ。エールにも合うし、ちょっと値が張ってもたまに食べたいよ。ほら、アスカも食べなよ」
「ありがとうございます」
皆で注文した品を交換しながら食べる。そうしているとおばさんが追加の注文を持ってきてくれた。
「はいよ。マルダイの塩焼きさ。取り皿も置いておくからね」
「ありがとうございます。わぁ~、本当に塩に包まれてたんだなぁ」
「皮のところは塩分きついから気をつけなよ」
「はいっ!」
私たちは皮を取って身を取り皿に入れる。
「ぱくっ…ん~さいっこう!もっと、食べないと!」
もぐもぐと私は一心不乱に食べ進める。サバもおいしかったけど、こっちもおいしい。
「ここに醤油をたらしてと…ん~、これがいいよね~。はぁ、住むなら港町にしようかな?」
ジャネットさんの話なら流通に関しては、新鮮なものは手に入りにくいらしいので、魚が欲しいなら港近くが絶対だ。
「おや、国を離れる前に決めちまうなんてね。もっといい場所が見つかるかもしれないよ?」
「そう言われちゃうとそうですね。候補にしておきましょう!でも、折角新鮮なお魚があるので、カルパッチョとかマリネも欲しかったですね!」
「ん?何だいその料理は」
エールの追加を持ってきたおばさんが尋ねてきたので私は簡単に説明する。
「へ~、そんな料理がねぇ。それと、小麦でパスタね。確かに塩がこの辺にはたくさんあるから作れそうだね。小麦は港に集まる時期があるから押さえられそうだね。親戚に頼んでみるよ。レシピの公開もこまめにチェックしないとね。この店は新鮮さが売りだけど、それだけじゃ中々やってけないんだよ」
「そうなんですね。確かにお客さんもちょっと少ないですね」
あれから入って来た客も2、3人で繁盛とは言えないようだ。
「単価が高いからね。でも、そういう料理を取り入れればちょっとはましになるかもね。ありがとう、小さな救世主様」
「そんな~。でも、本当にお魚料理美味しいです。もっといろんな料理が食べてみたいです!」
「そうだね。あんたの言う通り、新鮮なだけじゃない料理も作らせるとするよ。美味しいことやこだわりも大事だけど、喜ばれるのが一番だからね」
その後もちょっとだけ追加して会計を済ませる。合計は銀貨2枚ほどだった。
「やっぱり高かったですね」
「まあ、毎日じゃないしね。それより、明日のメニューが心配だよ。これよりは一気に落ちると思うからね」
「そこはしょうがないです。でも、街の探索が楽しみです」
宿に戻って、ティタたちと合流する。
「キシャルもご飯だよね。はいどうぞ~」
んにゃ~
キシャルは魔力の扱いがちょっとずつ上手くなった。今ではひんやり冷感抱き枕のような感じでとっても気持ちいい。ただ、私の体温がちょっと高いのか、もっぱらジャネットさんの方に行っちゃうんだけどね。
「明日はどこから回ろうかな~」
「回るにしても買うものは選びなよ。アントレスの物がいいね。バルディック関連のものは向こうで買えるんだから」
「そうですね!でも、帝国って大丈夫でしょうか?あんまりいいイメージないんですけど」
「ダメならすぐにおさらばすればいいさ。別に滞在しないといけないってことはないんだしね」
「そうですね。僕もちょっと不安です。特にこの国とは長年戦争してた国が前身ですし」
「ガザル帝国だね。あんな無謀なことはもうしないと思うけどね。ただ、あえてまだ帝国だし、そこそこ武力主義なのは注意だねぇ」
「武力があっても滅んだのにこだわるんですね」
「そりゃあ、国土をごっそり持ってかれたからね。狭くなった分、戦力の増加に精鋭をってところだね」
「今度はそっちなんですね。バルドーさんのいる国…デグラス王国でしたっけ?そこに早く着いた方がいいかも」
「今から言っててもしょうがないね。なるように成れだ。覚悟は必要だけどね」
そんな会話をしながらのんびり過ごしてお風呂にも入った。船の中では流石に遠慮したし、久しぶりのお風呂は気持ちよかった。
「リュート、お風呂空いたから次どうぞ」
「うん。そ、そうだ!アスカは明日どうするの?」
「明日?普通に店を見ていく感じだよ。あれ?みんな一緒じゃないの」
「え、ああ、そうだよね!じゃあ、僕入ってくるね」
「変なリュート」
「んん」
ジャネットはおかしいのはお前だというのをこらえて咳をする。
「アスカ、明日なんだけど…」
「明日どこ行きましょうね!折角ですし、やっぱり海のものを見たいですよね~」
「ああ、そうだね!どこから回ろうか。すまんリュート、一緒に回りそうだ…」
「何か言いました?」
「いや、魔道具関連はいいのかい?」
「う~ん。流通がそこまで変わると思いませんし、普通に市ですね」
「分かった。そんじゃ、早めに起きるよ」
「はい!」
かくして次の日…。
「いい天気ですね~」
「そうだね。リュートはどうだい?」
「程々です」
「一部屋じゃ、少年にはちょっと狭すぎたかねぇ」
「な、何言ってるんですかジャネットさん!」
「さあ、市を見るんだろ?ぐずぐずしてないで行くよ」
「は~い。リュートも行こうよ」
「分かったよ」
「キシャルも今日こそは一緒に行くんだよ」
んにゃ
いくら大丈夫だといっても、本当に外に出ないので今日こそはキシャルも外に出てもらう。ついでにティタもついて来た。何でも旧ガザル帝国の方はいい石が多いから輸入品に期待している様だ。
「じゃあ、みんなも迷子にならないでよね」
「アスカ、ちゃんとみてる」
「どうして私なの!?」
「ほら、アスカも行くよ。つかまって」
「うん!」
楽しみな朝市に私は掛けていった。
「うわぁ~、色々あるなぁ~」
「交易品は直ぐに王都に行くけど、他にもちょっとしたものや、旬を過ぎたものなんかはこっちですぐに処分してるみたいだね」
「もうちょっと待つとかないんですね」
「倉庫を借りるのも金がかかるし、また船に積み込みとなったら無駄だからね」
「その代わりに安いですよね。僕が見ても品質が高いものだと思います」
「それはあるね。ある意味処分市みたいなもんだし」
「それなら、良いもの探しましょう!私も興味あります」
ささっと並べてあるものを見ていく。中には細工のコーナーもあったので見てみた。
「うう~ん。こっちは値段よりいいなぁ。でも、これはちょっと…あっ、これは傷だね。ここまで目立つなら打ち直しの方がいいなぁ」
「お嬢ちゃん、冷やかしかい?」
「ご、ごめんなさい!ちょっと細工をしてるので…」
「ふぅん。なら、こいつはどうだい?向こうじゃ名の知れたグリディアって神様の像だ。木像だが出来がいいから銀貨4枚でどうだ!」
「アスカ…」
「いいんです。ジャネットさん、言わないでください」
そのグリディア様の像の裏側には私のサインがしてあった。恐らく、ドーマン商会からバルドーさんの店に行って、さらにこっちに帰ってきたのだろう。
「それよりこっちの飾り素敵ですね。これ下さい」
「はいよそれは銀貨…3枚だ」
「あれっ?もうちょっとしません」
「その代わり、この市にいる間は付けておいてくれ。聞かれたらオルトゥンの店っていやいいから」
「分かりました」
早速、私は髪飾りをつけて市の散策を再開する。おじさんの言う通り何度か声もかけられたので約束通り店の名前を言っておいた。
「ん?この塊なんだろ?」
「おや、ここはお嬢ちゃんの好きそうなものは無いよ」
店のおじさんがそういうのも納得の武器を扱ってるお店だ。今の私の恰好は街行きの恰好だからしょうがない。
「大丈夫です。でも、他のはナイフとか鞭とかあるのに何でこれは金属の塊なんですか?」
「こいつはなミスリルって言うんだ。魔力の通りはあの銀以上なんだぞ!といってもお嬢ちゃんにはわからんか。ただ、加工も手間だし、実はこれも塊全部じゃなくてな。精錬が必要なんだよ」
「わかります!これでも冒険者ですから。それで…これおいくらですか?」
「一応、金貨3枚ってことにしてる。ただ、採掘されたままだから割合はわからんぞ?」
「そうなんですね。ティタ、わかったりする?」
「ん、ちょっとまつ」
ティタは私の肩から降りるとぐるっとミスリルを見ている。たまにてしてしと塊を叩いている姿がとってもかわいい。
「はんぶんぐらい?」
鑑定結果をティタが教えてくれる。でも、私もミスリルの相場はわからないのでジャネットさんに耳打ちする。
「あの塊、半分ぐらいミスリルだそうですけど、どうなんですか?」
「なにっ!?直ぐ買いな。ただ、おっさんには知り合いに見てもらうからって適当言うんだよ」
「は、はい。おじさん、鑑定できる知り合いがいるので買ってもいいですか?」
「ん?おお、いいぞ!なら、金貨3枚だな。毎度」
えらく機嫌のいいおじさんからミスリルの塊を買ってその場を去る。
「何であのおじさん、嬉しそうだったんですか?」
「アスカ、鑑定ってのは純度とかわかると思うかい?もっと、大雑把というかどんな金属で出来てるとかその程度だろ?」
「あっ!?そういえば…。でも、それとおじさんの態度に何の関係が?」
「おっさんの中じゃ、あの塊は外れなんだよ。だから、売りたいがあたしらのような人間は簡単には買わない。だから、鑑定出来ないのにそれを知らない、アスカみたいなのに端から売り付けるつもりだったのさ」
「じゃあ、あのおじさん本当のことを知ったら悔しいでしょうね」
「そうだな。だけど、リュート。売ったのはおっさんの方だよ。見る目がなかったんだよ」
こうして、市も見終えた私たちは宿のやや味気ない食事を取って、乗船の日を迎えたのだった。




