5 夢の時間
「ええと。ホテルは確保。小学校の校庭も提供。そうだ、瑠奈、野外用のトイレは?」
「仮設トイレを用意しました」
「よっしゃ。あとは天気は」
週末の星の観測も増えてきたが、いよいよ流星群の日に近づいていた。
瑠奈は必死で確認していた。
「ええと。ウエザーニュースで教えてもらっていますが、予報通り、今夜は晴れです」
「それでいい」
「この他にも市営公園の開放や、道の駅の協力もオッケーです」
「ありがとな。よし!では始めましょう」
慌ただしい事務所の朝。瑠奈は仕事に向かって走り出そうとしたが、待てと陽介に腕を掴まれた。
「新井君?」
「あのさ、その」
「?」
「今夜はその……くそ?電話だ」
話があった雰囲気であったが、時間なので瑠奈は外へ出て行った。
星を見るのは夜のイベントである。しかし夜の移動は事故の元なので、首都圏から電車で来る人以外の自家用車や、夏休み親子連れには明るい時間から対応していた。
彼らの車を停める場所や、星の見る場所などを瑠奈はどんどん客を案内していた。
「瑠奈!ボランティアにきたよ」
「え?みんな」
陽介の依頼もあり、地元の同級生達がボランティアで参加してくれた。瑠奈はみんなに星のイラストのジャンパーを預けていった。
「可愛いい?瑠奈のそれは星のイヤリングなの?」
「そうなの。スタッフは星をつけようって」
同僚の藤井は星のピアス。館長はガラスのない星型のメガネをしていると彼女は話した。
「陽介もなの?」
「新井君は、星のバッチを付けてるよ」
「……ねえ。今夜はがんばろうね?」
「う?うん」
なぜかハイテンションの同級生達が不思議であったが、瑠奈は仕事に走っていた。
「あ。瑠奈?さっき市長が観て行ったぞ」
「そんなのどうでもいいの。向こうのトイレが詰まったみたいなの!」
本部を陽介に任せると瑠奈は現場を走り回っていた。
落とし物、迷子が発生する大騒ぎであったが、10時を過ぎた頃、静かになっていた。今夜は天文台のスタッフも家族が来ており、各自時間を見つけては自分の家族のところに顔を出していた。独身の瑠奈は一人本部でポツンとしていると、陽介は友人達のところに顔を出していた。
……あれは。彼女かな?仲良さそうだし。
彼と親しく話す女子を見つけた瑠奈は胸が痛んだが、今はそんなことを言ってる場合じゃなかった。
……あ、始まった。流れ星。
夜の11時。草原に星が流れ始めた。山に降る雨のような閃光は見ている人にため息をつかせていた。そんな中を瑠奈だけは別のところを見ていた。
……ええと。星を見ている人の表情。あの子供可愛いなぁ?
広報やメディア向けのために瑠奈は星を見ることなく、ひたすら星を見ている人を撮っていた。そして今後は、懐中電灯を持った。
……バッグや、貴重品。泥棒、注意っと!。
皆が上を見るので手元が疎かになるこの夜。スリの恐れありと言われていた瑠奈は、警察のパトロールの他に、自分も巡回していた。途中、怪しいおじさんがいたが、瑠奈と目が合うと去って行った。これを警察に伝えたりしていると、流れ星タイムは過ぎていった。
「瑠奈。ここにいたの?」
「葉子ちゃん。どうしたの」
「いいから。ゆっくり少し星を見なさいよ」
流れ星のショーは夜明けまでの予定だった。今の朝の2時。天体ショーに落ち着いた草原は人々に静かな時を流していた。
瑠奈は同級生達と空を見上げていた。
「……瑠奈。見てるか」
「新井君?お疲れ様。あのね、花火をしていた人は警察が連行してくれたよ」
「瑠奈!いいからこっちに来いよ」
そう言って陽介は瑠奈の肩を抱き、あの日と同じ草の上のマットにやってきた。
「ここで観よう」
「いいよ?そこまでしなくても」
「みんなも寝転んでるぞ?ほら」
「本当だ」
二人と間が空いていたが、月明かりに見るとあの夜と同じように同級生達も家族と共に草の上に寝転んでいた。
「な?こっちだ」
「わかったよ。よいしょ、と」
瑠奈は恥ずかしかったが、暗さに勇気をもらい、そっと寝そべって空を観た。
「うわ?……」
「なあ。すげえだろう」
「すぐそばにあるみたいだね」
「ああ」
普段天文台にいる瑠奈でさえも、感動の星の海であった。
「あ。流れ星だよ?」
「瑠奈と彼女になれますように瑠奈と彼女になれますように」
隣の陽介の言葉に瑠奈は思わず笑ってすぐ横の彼に囁いた。
「ふふふ。違うでしょう?」
「そう?」
「うん。それを言うなら瑠奈が彼女になってくれますように、だよ」
「……なってくれるか、俺の彼女に」
陽介はそっと瑠奈の手を握ってきた。
「ずっと好きだった。これからもずっと一緒にいたいんだ」
「陽介君」
「あの日の流れ星も、そう願ったんだ。あの時も二回しか言えなかったけどな」
星の大パノラマの中。瑠奈も勇気を出して手を握り返した。
「でも、いつも電話で話をしている人は?彼女なんじゃないの」
「あれは上司。そうか、お前、やきもち焼いてくれていたんだ?」
嬉しそうに頭をくっつけてきた彼に瑠奈は恥ずかしくなった。
「……あ?流れ星だよ」
「瑠奈。もっとこっちに、寒いだろう」
夏の夜明け前。二人は優しい気持ちで星が流れる様子を見ていたのだった。