第八話:Don’t Go 幼馴染
「ねね、須賀くん」
「何?」
昼休み、売店でアイスを買ってから教室に帰るまでの渡り廊下。
横には小佐田がブリックパックのアクアブルガリアを飲みながら歩いていた。別に誘ったわけではないのだが、昼飯を食べ終わった頃に食堂にやってきたので、なりゆきというやつだ。
「あの2人、見てみて」
小佐田が立ち止まっておれの裾を引っ張る。つられておれも歩みを止めた。
小佐田がブリックパックを持った手で指す先には、中庭を早足で歩く金髪のきれいな女子生徒とその後ろを歩く困ったような顔をした男子生徒がいた。ネクタイの色から察するに、2年生だろうか。
「クラスの子が教えてくれたんだけど、あの先輩たち、本物の幼馴染なんだってさ。小学校からずーっと一緒らしくて」
「へーそうなんだ。……で?」
「うん、あの2人を見てたら、幼馴染のなんたるかが分かるかなって思ってね……」
そう言いながらじーっと目を細めて眺めている。そんなバードウォッチングみたいな見方して何が分かるんだ? 模様?
そんなやりとりをしている間に先輩2人は段々とこちらに近づいてきた。
「……いや、だから待てって。話を聞けよ」「うっさい、もう知らない。バカ」「話せば分かるのにそういうことするからまた……」「聞きたくない」「いやだから、さ……」
そして、遠ざかっていき、その後ろ姿と共に声もフェードアウトしていく。
「……ただの痴話ゲンカっぽかったけど」
「だ、だね……! やっぱり幼馴染ってスゴイ……!」
瞳を輝かせている。いや、内容は知らんが人のケンカをみてスゴイはねえだろ。
「幼馴染っていうか、ただ単に付き合ってるんじゃねえの?」
「ううん、それはないみたい! 同じクラスにあの先輩たちと仲良しの子がいて、その子に聞いてみたんだけど、『あのお2人ですか? んー、信頼はし合ってるかもですが、お付き合いはされていません! 自分にはそれくらいのことは見るだけでしっかりばっちり分かるのですよっ!』って言ってたから……」
「出たよ、クラスの子……」
前もカルピスのペットボトルを小佐田に売ってたのがそいつだったはずだ。そんな話し方のやつが同じクラスに2人もいるとは考えにくい。おれの入学した高校がそんな学校ではないと思いたい。
「……なるほど、そっかっ!」
おれがあきれている間に、小佐田が小さく声をあげた。またなんか思いついたのか。
するとその次の瞬間には、アクアブルガリアをストローで吸いながら「んんー……」と眉間にしわを寄せて何かを考え込んでいる。
いつも通り、よく表情の変わるやつだな……。
そう思ったのもつかの間、「おぉっ!」とか言って、パッと表情が明るくなる。また変わった。すげえな。
「コホン……ねね、須賀くん」
かと思ったら、下を俯いて表情が分からなくなる。百面相すぎるぞ……。
「ああ、何……?」
こいつは、おれに見られている感覚はあまりないのだろうか。
「須賀くん、わたしに、本物の幼馴染がいること、隠してたよね……?」
「いや、別に隠してないけど」
「えっ?」
顔を上げて、戸惑った顔を向けてくる。
「……で、でも、黙ってたよね? 言ってはなかったよね?」
「まあ、結果的には……?」
一向に何がしたいのかよく分からんぞ、と首をかしげていると、
「……もう、知らない」
と、いきなり一段低い声を出して、
「は?」
いきなり中庭を先ほどの先輩2人が立ち去った方向へと少し早足で歩き始めた。
あまりの意味不明ぶりに身動きも取れず、アイスを手にぼーっと眺めていると、小佐田は10メートルくらい進んだところで立ち止まり、そろーっと振り返り、ビクッと体全体を跳ねさせていた。
まじで何やってんだ……?
奇怪すぎる行動を観察し続けていると、何やら顔を真っ赤にしてカツカツと早足で戻って来る。
「追いかけて来てよっ!?」
つばでも飛んできそうなくらいの勢いでそんなことを言って来た。
「はあ?」
「な、なんで追いかけてこないの!? 今は、『……もう、知らない』って歩き始めたわたしのことを須賀くんが追いかけてきて、歩きながら、『ちょ、待てよ! 話を聞けよ!』『うるさい、聞きたくない、蓮くんのバカ』『誤解なんだって、おれにとって幼馴染は菜摘だけだよ!』『でも、梓ちゃんと凛子ちゃんの方が付き合い長いじゃん!』『物理的にはそうかもしれないけど、精神的な幼馴染は菜摘だけだって……』『…………そんなこと言ったって、許さないんだから!』『じゃ、じゃあどうしたら信じてくれるんだよ!?』の流れでしょ!?」
「うわあ……」
またいきなり寸劇が始まった……。今回も前回同様、落語のようにちゃんと首を振り分けている。ていうかコントが長いよ怖いよ……。
「っていうかそんな課題、いつ決まったんだよ?」
あまりに圧倒されたおれがやっと思いついた、小佐田にもギリギリ伝わりそうな抗議をなんとか口に出す。
すると、「はあ……」とわざとらしくため息をつかれてしまう。
「あのね、須賀くん。課題は、ノートの中にしかないと思ってない? 現実で起こっている色々なことから、自分で課題をちゃんと拾って、それをこなしていってこそ、本当に実戦で使える力が身につくんだよ? さっきの先輩たちを見て須賀くんは何も感じなかったの?」
新人に仕事を教える先輩みたいなことを言い始めた……。おい、その「これだから須賀くんは……」みたいな顔やめろ。
「それじゃ、もっかいいくよ?」
「いや、やらなくていいよ……」
「ううん、やるから! ポイントは、『付き合ってもないのに痴話げんかをする』だよっ!」
ピン、と人差し指を立てて説明してくれる。……いや、『してくれる』ってなんだ自分。してくれなくていいよ。
おれの中での謎の葛藤もつゆしらず、小佐田は仕切り直すように、こほん、と軽く咳払いをして、
「須賀くん、本当はわたしのこと嫌いなんでしょ?」
と質問して来た。
「いや、嫌いではねえよ……」
「ふぇっ!?」
と意外そうに目を丸くする。
「そ、そうなの……?」
「さすがに嫌いだったらここまでの奇行には付き合いきれないだろ。やばいとは思ってるけど、別に嫌いではない」
「え、え、あ、そ、そうなんだ……」
やがて頬を染めてうつむいてしまった。
「……で?」
意味不明なので先を促すと、
「あ、うん、ごめん。今のは『本当はわたしのこと嫌いなんでしょ?』に、須賀くんが『ああ、うん……』みたいなことを言って、『もう知らない!』からの以下略って流れだったんだけど……」
いや、その前提ってことは……。
「なんだそれ……。え、本気でおれが小佐田のこと嫌いって言うと思ったのか?」
「うん……」
なんか、そう思わせてるのはさすがに悪い気がするな……。
「いや、小佐田はまじでやばいやつだけど、行動力とかあるし、執念深さとかもある意味では尊敬してるんだからな? あとは……」
おれがせめて、小佐田の長所(とギリギリ言えなくもないところ)を伝えると、どんどんその頬が赤くなっていく。
「あとは、えーと、その髪型? も似合ってると思うし……」
「……もう知らない!」
そう叫んで、スタスタと早足で歩き出してしまった。
「ちょっと待てって」
「やだ、聞きたくない! 死んじゃう!」
耳まで真っ赤にして立ち去る小佐田をおれは追いかけることになった。
「もーっ、追いかけて来ないでっ!」
「さっきと言ってることが逆なんだけど……!?」