第四十一話:幼馴染写真
「じゃあね、蓮君」
「おう」
ホームセンターでの意味深な発言を『本当に冗談だからね?』としつこいくらいに撤回したあと、凛子は本当にマスキングテープを5本だけ購入して、クラスへと戻っていった。
おれはおれで教室に戻り、ガムテープの入った袋を立川に渡す。
「ありがとうオリゴ糖!」
「どういたしまして。他、何すれば良い?」
「ああ、ほんじゃ、そのガムテープをこっちに貼ってくれるかな」
「わかった」
指示された作業をこなしながら午前中が過ぎていく。
頭を捻るような作業と違い、こういう単純作業は無心になれていいな。
一時間ほどするとチャイムが鳴り、昼休みになった。
それと、同時。
「須賀くんっ! ヘルプ!」
小柄な幼馴染(仮)が教室に飛び込んでくる。
「どうした?」
「写真部の活動だよっ!」
クラス内の人に迷惑をかけまいと廊下に出るおれに向けて、小佐田はまぶしいくらいの笑顔を見せながら、首から提げた大仰な一眼レフカメラを胸元に掲げる。
「おれは写真部じゃないんだけど」
「知ってるよっ! あのね、わたしのクラスに温井くんっていう、学園祭実行委員の人がいるんだけど、その人がミスコンを担当してるらしくて。ミスコンって分かる?」
「いや、今年初めての学園祭だから分かんないけど……女子の人気投票みたいなやつか?」
突然経緯を話し始める小佐田におれが尋ねると、大きくうなずいた。
「そそ! なんかね、わたしも温井くんに聞いただけだから詳しいルールとかはよくわからないんだけど、事前に学年ごとに『可愛いと思う人は?』ってアンケートを取ってて、それで選ばれた候補者4人の写真を学園祭の間掲載して、学園祭に来てくれた人も含めて投票を募るんだって! ここまでわかった?」
「まあ」
とりあえず学年から4人選ばれた可愛い女子の写真を見てみんなが投票するということはわかった。それが3学年それぞれにあるということだろう。
「でねでね、なんと! 1年生の1人にわたしが選ばれたのっ! すごい?」
「はいはい、すごいすごい。さすがだな。じゃあな」
「ちょっと待ってちょっと待って、別に自慢しにきたわけじゃないんだってばっ!」
教室に引っ込もうとするおれの腕を小佐田が両手で掴んで引き止める。
「てゆか、なんで須賀くん不機嫌なのー……?」
「……別に不機嫌じゃないけど」
うるんだ瞳で見上げられて、たしかになんでちょっとイラついてるんだろうな、とおれも内心で首をかしげる。
「むー……まあいいやあ。それでね、その温井くんって人がわたしを撮影しに来てくれたんだけど、温井くんは当たり前だけど写真のこと全然わかってなくて、あんまり上手じゃないの。それで、わたし以外の候補者はわたしが撮ることにしたんだ! ほら、わたし、写真部だから!」
うるんだ瞳はどこへやら、えっへんと胸を張った。
「知ってるよ……。で、またおれが助手? この間、レフ板の出番一回もなかったんだけど……」
「違うの、助手じゃなくて! そのミスコンの4人のうち2人が梓ちゃんと凛子ちゃんなんだよ!」
「おお、ツートップ」
久しぶりにその呼称を意識したな。
「そそ。でね、2人の撮影の時、須賀くんにも一緒に来て欲しいの!」
「なんでだよ?」
「あの2人は須賀くんといる時が一番可愛いから!」
「はあ? 何言ってんだ? 顔が変わるわけでもないし……」
呆れ目で指摘すると、
「須賀くんこそ、何言ってるの?」
本気で怪訝そうな顔をしてこちらをみてくる。
「女の子は、幼馴染といる時が一番可愛いに決まってるよ?」
怖い怖い……。幼馴染に夢見すぎっていうか信じすぎだよ宗教だよ……。
「わかったよ……。で、あと1人の候補者は?」
「須賀くんの知らない人! わたしのクラスの可愛い子。あ、教えてあげないし会わせてあげないからね?」
「なんで?」
「なんでもだよっ! なに、須賀くん、可愛い子と知り合いたいの?」
小佐田がにわかに口をとがらせる。
「別にそういうわけじゃないけど、ただ気になっただけだよ」
「そんなことは気にしなくていいんですー。それで、2人は何組だっけ?」
どうだったかな、と腕を組む。
「梓が3組で凛子が4組。えーっと、ここが1組だから……」
「ここが1組なのはわざわざ口に出さなくても分かるよ?」
「……じゃ、3組の梓から訪問するか」
「おー!」
3組で「正木梓ちゃんはいますかー?」と小佐田が聞くと、「家庭科室でタピオカミルクティー作る練習してるよ」と言われたので、家庭科室に向かうことにする。1年3組はタピオカ屋やるのかー……梓、タピオカ似合わないな。
家庭科室に向かう道中、小佐田は上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いている。
「楽しそうだな、小佐田」
「うんっ、写真撮るの好き!」
幼馴染への執着ばかり見せられているからか、小佐田の健全な趣味を知り、なんとなく興味が湧いた。
「写真、いつから始めたんだ?」
「んー、小3の頃かな。なんか、引っ越した直後にわたし、ホームシックみたいな感じになっちゃってて。見かねたおかあさんが、お古のデジカメをくれたんだ。『写真を始めた』って言えるほどちゃんと始めたわけじゃないけど、初めてカメラを触ったのはその時だね」
「そうなのか。何を撮るんだ? そういえば、小佐田の写真って見たことないな……」
「わあ、なんか今までで一番須賀くんが食いついてくれてる気がする……! えーとね、人を撮るのも、風景を撮るのも好きだよ。でも一番好きなのは、」
えへへ、と小佐田は笑う。
「それを見返す時、かなあ」
「そう、なんだ」
おれの下手なあいづちに頷きを返して、小佐田は続けた。
「わたし、5回も転校してて。ずっと仮住まいっていうか、故郷だなって思える場所もなかったし、今も続いてる友達って全然いないんだよね」
寂しそうに笑う小佐田に、
『あの子には、『地元』って呼べる場所がないの』
小佐田の母さんの申し訳なさそうな顔がふと重なる。
「でもね。写真には、わたしがそこにいたんだって証拠がちゃんと残るんだよ。わたしが写ってなくても、撮ったわたしの視点が、そこにあるから。そしたら、なんにも残らないよりは、ずっと寂しくないんだ」
「そっか……」
それが、小佐田が写真を撮る理由。
そして、多分、小佐田が『幼馴染』にこだわる理由。
「……じゃあ、小2までの景色は、あんまり覚えてないのか?」
「そうだったね。写真はあんまりないから。ちっちゃい頃のことだしね。一応、一番長くいた場所のことなんだけどなあ」
小佐田は困ったように微笑む。
おれが当たり前のように今も帰っているあの町が、小佐田にとっては特別な場所になっている。
だとしたら、もしかしたら何の気なしにしているおれの地元の話が、知らず知らずのうちに小佐田に寂しい思いをさせているのかもしれない。
「なあ、小佐田」「でも、もう大丈夫だよっ!」
尋ねようとしたおれの問いかけを吹っ切るようにニコッと笑う。
そしてまたくるりと表情を変え、意味ありげにおれを見上げてくる。
「ねね、須賀くん」
「ん?」
「写真部の展示、楽しみにしててね」




