第三十一話:マシンガンと幼馴染
「まずはね、須賀くんっ」
定食を食べ終わった小佐田は、カステラの包みを開けながら感想戦とやらを始めようとしているらしい。
「家に入るところから、一つ一つ検証していこっか。基本的にはおかあさんがいなかったらどういう流れになっていたか? ってことを考えたいかなっ」
「小佐田の母さんがいなかったら、おれはあのまま帰ってたと思うんだけど」
「えぇっ!? だって、おかあさんが帰って来なかったらやりたかった課題がいくつもあったんだよ?」
いや、『だよ?』って言われても……。
おれと小佐田の間にあるカステラは3切れ。
そのうちの一つを小佐田は「わーおいしそー」とか言って付属の小さなプラスチックのフォークを使って口に運ぶ。
「課題って、例えばどんな?」
小佐田は、おれが昨日『ものを口に入れて喋るな』と注意したのを案外真面目に聞いていたらしく、ちょっと待ってね、と手のひらをおれに向けながら、カステラを咀嚼している。
飲み込んだかと思うと、その口を、再度話すために開いた。
「さっき言ってた『部屋についてコメントされる』が一つでしょっ? あとあと……」
んーとねぇ、と一瞬だけ空を見上げてからが、壮絶だった。
「『座るところがなくてベッドの上に座る女の子に男の子がほっぺを赤くする』『しまい忘れてた下着を見られて、慌ててそれを隠す』『借りっぱなしになっている本もしくはCDを見つけて、「返せよ」と言われながら、その本またはCDにまつわるエピソードを話す』『昔一緒にやった乱闘系ゲームをやりながら、「昔、負けそうになっていたわたしを守ってくれたよね」的なエピソードを話す』『昔一緒にやったRPGゲームを久しぶりにやろうと言うことになって、起動してみたら主人公の名前を相手の幼馴染の名前にしてたということが分かって、「お、男の子が主人公なんだから仕方ないじゃんっ」とか言いながらも2人で赤面する』『部屋に男の子を置いてお茶をいれて戻ってくる間に、本棚にある少女漫画を男の子が勝手に読んでて、「お前、こういうシチュエーションが憧れなのか?」とか言われながら実際に壁ドンをされる』『一緒に勉強をしながら消しゴムを取ろうとした手が触れ合っちゃってどきどきする』『親が帰ってこないことがわかって、2人で家でご飯を作って食べることになる』『台風で男の子が帰れなくなって、親も台風で帰ってこれなくて、2人きりで一晩を明かすことになる』『昔、机に落書きして残ったままの相手の男の子との相合傘を見られていじられる』『幼稚園の卒アルを見て、将来の夢のところに「お嫁さん」と書いてるところをからかわれる』『小学校の卒アルを見て、メッセージ書くところに「中学でもよろしく」だけ書かれているのを見て、「高校まで一緒になるとはね」と、ちょっとほっこりする』『中学の卒アルを見て、「お前、この時なんかバスケ部の先輩と付き合ってなかったっけ?」「つ、付き合ってないって。告白されただけだっての……。あんただって、サッカー部のマネージャーやってた可愛い後輩ちゃんと付き合ってたじゃん」「ああ、あれは、まあ……」とか言い合う』。あとはね……」
「うーわあ……」
おびただしい量の課題(というか妄想)がその小さな口からすらすらと放出されていく。ていうか、なんか、目が据わってるんだけど……。
「あとね、『昔お祭りの射的で男の子に取ってもらった人形を机の上に大事に飾ってるのを見られて照れる』とかもあるし、」
「ゴホッゴホッ」「ちょっと、大丈夫ぅ? 今日いっぱいせき出るねぇー」「だ、大丈夫……」
小佐田の向こう側ではなぜかまた金髪の先輩が咳き込んでいる。
「あとは昨日みたいな雨のパターンだと、『ずぶ濡れになっちゃった女の子がシャワーを浴びてる間に、男の子が最近いい感じになってる別の女の子から男の子に電話がかかってきてて、男の子はその電話に出てるんだけど、女の子はそれに気づかないで部屋に入りながら、「シャワー上がったよー、次、蓮くんも入ったら?」って言っちゃう』みたいな修羅場展開もあるよね。「おいっ!」って男の子が焦るのに、電話の向こうで『須賀くん? 今の声って、菜摘ちゃん……?』とか言われて一波乱あるっていう」
「うん……」
「んー、でも、これってもしかしてちょっと悪趣味かな? なんか、そういうシチュエーションって横取り願望の現れっていうか……。でもでも、こっちからしたら、横取りしてきたのはそっちの女の子の方って感じもする? いや、思いを伝えてないわたしが悪いのか。ううーん……幼馴染っぽさはあると思うんだけどね?」
「そっすね……」
今回は、物量の多さと小佐田の本気感が結構本当に怖いな……。
『昨日はおかあさん帰ってこなければもっと色々できたのにーって!』
先ほどの小佐田の言葉を思い出すと、小佐田の母さんが帰ってこなかったらこの課題を本当に実行させられていたかもしれない。『もっと色々』の次元じゃないだろ……。
本当に小佐田の母さんが帰って来てくれてよかった。改めて感謝を捧げるとともに、
「やっぱそのカステラ、家に持って帰ってくれ」
とお願いした。
「ん? どしてカステラ? 今わたし、カステラの話してないよ?」
「うわあ……」
据わった目のまま首をかしげる小佐田がまじで怖い。
「お、小佐田の話は全部聞いてたよ。なんていうか……すごかった。だから、おれは今小佐田の母さんに感謝をしてるんだ」
「ふーん?」
さすがに曖昧すぎて納得してくれてはいないのか、小佐田がまだ訝しげな顔をしているところ、おれは別の言い訳を思いつく。
「ていうか、そういえばおれの母親と小佐田の母さん、なんか今でも連絡取り合ってるっぽいし。失礼があったら、おれの母親からおれが怒られるだろ。だから、頼むわ」
失礼があるということすらおれは今朝凛子に教わったんだけど。
「ほぇ、そなの? うちのおかあさんと須賀くんのお母様が?」
お母様って。
「うん。だっておれ、小佐田が武蔵野国際に入るらしいって、母親から聞いたし」
「そなんだっ! んん、親同士が仲良しってことは……そっか、そういう可能性も、あるのか」
「そういう可能性……?」
「んーん、なんでもない。ちょっと整理してから話すね」
「おう……?」
え、まだなんか話されることがあるの? もうお腹いっぱいなんだけど……。
「でも、カステラのことは分かった! 少なくとも、須賀くんからもらったって話はちゃんとしておくね」
にこっと優しく微笑む小佐田。そのまともな面、もっとおれにも見せてほしいな……。
「そっかぁ、親同士かぁ、なるほど……」
突然神妙な顔して何かを考え始めた小佐田に、なんだか不穏な展開を予想する昼休みであった。




