第二十二話:ずっと読みかけの幼馴染
「おはよう、須賀くん!」
何故かは分からないがそれまでよりも味気なく感じた日曜日を終え、月曜日がやってくる。
新小金井駅改札を出ると、自転車を携えて、元気な笑顔がおれのことを迎えてくれた。
「おはよう、小佐田。なあ、この『朝、おれの迎えにくる』課題ってずっと続くのか?」
「うんっ! こういうのって毎日するのが大事なんだよ」
「毎日?」
眉間にしわを寄せて尋ねると、
「そうそうっ。だってほら、幼馴染って『馴染む』って言葉がついてるでしょ? つまり、『習慣』になって、『当たり前』になって、やっと『馴染』って言えるわけだよ!」
ふふん、とドヤ顔で人差し指を振り振りしながら持論を展開する。
「まあ、『馴染』の説明としてはわかったけど、それを幼い時に済ませておいたから『幼馴染』なんじゃないの? 今の話だとおれと小佐田は幼馴染ではないってことにならないか?」
「うっ……! でもでも、時間は戻せないじゃん! なんでそんな意地悪言うのっ?」
むー、と頬を膨らませてこちらを見上げてくる。
「意地悪とかじゃなくて……」
そもそも小佐田はおれが幼馴染だから近付いてきたはずなのに、その因果関係がいつの間にか逆になってないか? ということが気になってるんだが……。
どう説明したものか、と考えあぐねていると、小佐田はおれの袖口をきゅっとつまんで、
「それとも……迷惑?」
と、瞳を揺らした。
「い、いや……迷惑じゃねえよ。単純に大変じゃねえのかなって。小佐田、朝強くないだろ?」
なんとなくその目を見るのが辛くて、そらしながら答える。
「ほぇ?」
……なんてあほな声を出すんだこいつは。
「須賀くん、わたしの心配してくれてるの?」
「心配じゃなくて……」
ん。心配じゃなくて……なんだ?
ていうかさっき、おれ『迷惑じゃない』って言ってたか?
えーっと……。
「と、とにかく、行くぞ」
「う、うんっ……!」
おれは耳が熱くなるのを感じて、踵を返して歩き始める。うつむき気味にカラカラと自転車を引っ張って横に小佐田が並んだ。
「……」
「……」
歩き始めたは良いものの、謎の沈黙が続く。
「「あのさ」」
耐えかねたおれが声を出すと、小佐田も同時に何かを言いかけて、
「「あ、お先にどうぞ」」
相手を促す声までかぶってしまう。
なんだ、このベタな展開は……と、自分でもあきれていると、「わぁ、やったぁ……!」と横から感激するような声が聞こえる。
「なに、どうした?」
尋ねると、キラキラした瞳をこちらに向けてくる。
「須賀くん、これ、すごいよっ! 少女マンガで何回見たかわからないよっ! こんなの朝から出来て今日わたし、すっごくツいてる!」
「はあ……?」
テンションの上がっている小佐田を見るに、どうやら何らかのスイッチが入ってしまったらしい。
「昨日電話かけるの我慢したかいがあったぁ……!」
「ん?」
今、なんて……?
例によって、聞き取れなかったわけではないが、すぐには飲み込めない言葉に戸惑っていると、
「あとあと、『図書室で同じ本を取ろうとして手が触れる』っていうのもアツいよねっ!」
小佐田は次の話に移行していた。
「『あ、どうぞ……!』『い、いや、君の方こそ……おれ、君の次でいいよ』『えっと……この本、お好きなんですか……?』『好きっていうかなんていうか……』男子の方が頭をかくんだよね。ねね、これ、恋がはじまる予感しかしないでしょ?」
「そうだなあ……」
……うん、まあいいや。聞き流そう。朝っぱらからこの寸劇に付き合うのは常人には辛いものがある。
「ところが、今回は一筋縄ではいかないんだよ! これは『恋のはじまり』じゃないの」
「へー、そうなんだ」
「そこでクイズです! 男子の方はなんでこの本を読もうと思ったでしょう?」
「あーそうなんだねー。……クイズだと?」
聞き流そうと思ったのに、巻き込む演出が加わった。小佐田劇場は日々進化しているらしい、なんて無駄な成長なんだ……!
「チッチッチッ……10、9、8……」
なんかカウントダウン始まったし……。
別におれはシンキングタイムを使い切ったところでなんの損もしないのだが、『ブッブー! ざんねんでしたぁー!』とか小佐田に言われることを想像すると腹立たしいので、何かしら答えを考える。
一筋縄ではいかない……これは『恋のはじまり』じゃない……。
いや意外とおれ小佐田の言ってること聞いてるじゃん、と自分で感心しつつ、一つの回答を思いつく。
「『別の好きな女子がいて、その子が好きって言ってた本だから興味が湧いた』とかじゃねえの?」
「はぅっ……! 何、その切ない展開! さすが須賀くんっ……!」
瞳をキラキラうるうるさせて片手で自分の胸元を掴んだ。自転車引っ張ってるのに器用なやつだ。
「ねね、その先もっと聞かせて?」
「いや続きなんかねえよ。正解か不正解か言えよ。あとこの問題何ポイントもらえるんだよ」
あきれていると、小佐田は「えぇー、聞きたいのにー」と口をとがらせる。
「んー、そーだねー……正解か不正解かでいうと、不正解、かな! というか、わたしの用意してた答えではないです! でも須賀くんの、すっごく良かったよ?」
「違うのか。それじゃ、小佐田の用意してた答えは?」
「正解は、『小さい頃に好きだったけど引っ越しちゃった女の子との思い出の本だった』でした!」
「うわあ……」
そうだった、こいつから出てくるシチュエーションはマンガの王道じゃなく、幼馴染モノの王道なんだった……。
「でねでね、ここまで言ったら分かると思うんだけど、その好きだった女の子ってもちろん、その時に手が触れ合った女の子なんだよねっ!」
「そこまで言っても分からねえよ。じゃあ、再会出来てめでたしめでたしってこと?」
おれがツッコむと、チッチッチ、と指を振る。
「一筋縄では行かないって言ったでしょ? お互いがその相手だってことには気づかないんだよ」
「え、なんで? 好きだったんじゃねえの? 気付こうよそこは」
「違うんだよ、お互いの顔は知らないの」
「は、なんでだよ?」
「えへへ、それはね、なんと2人は図書館のその本に手紙を挟んで文通してたからだよっ!」
「え、その展開って……!」
おれが身を乗り出すと、小佐田は不意に顔を赤くしてそっぽを向き、こほん、と小さく咳払いをする。
「ちょ、ちょっと」
「ん?」
なんだ? と首をかしげる。
「す、須賀くん、近いよぉ……!」
「お、おお……すまん……」
いつの間にか小佐田の作る物語に夢中になり、つい身体を近づけてしまっていたらしい。なんたる失態……。
片手で頭を抱えてため息をついていると、小佐田はぽしょりとつぶやく。
「そっか、わたし、こんな感じで凝ったお話作ればいいのか……」
「おい、変な気を起こすなよ小佐田」
あくまでもやれやれ、という態度を取りながら、内心ではただただ、さっきの話の続きが気になっているのだった。
「『それが、小佐田菜摘が小説家を目指すきっかけになったのだった——』」
「いや、自分でモノローグを追加するなっての」




