第十九話:全力幼馴染
なあ、小佐田。
『1年と2年まで一緒で、3年の時にはいなかったやつって……もしかして……?』
あのかくれんぼ大会の時、一緒に隠れていたのは、お前なのか?
それで、今日の課題にかくれんぼを選んだのか?
おれが気づく可能性にかけたのか?
なんだよ、いきなりクライマックスみたいなことしやがって。
あんな妄想小芝居まで用意して。
だったらなんでそれを最初に出さなかったんだよ……?
こんなに必死に、幼馴染の研究なんかしなくたって、おれたちには……!
井の頭公園の生垣という生垣の根っこを、走りながら、それでもくまなく見て回る。
子供2人がきっかり入るくらいの、……小佐田なら収まるくらいの生垣が、きっとこの中にあるはずなんだ。
なんでこんなに急いでるんだろうな、なんてことをふと思う。
そんなのは分からない。分からないけど、とにかく胸が高鳴っているんだ。
探し始めて10分くらい経った頃だろうか。いや、もう時間の感覚なんかないから、もしかしたら5分かもしれないし、30分かもしれない。
「……いた」
少し奥まったところの生垣にうずくまっている小柄な女子高生の姿を見つけた。
おれは息を整えながら少しずつ近づく。
小佐田は少し緊張したような表情で、地面を見つめている。
「見つけた」
そう声をかけると、顔をあげて、パッと嬉しそうに笑う。
「わあ!……見つけてくれたね、蓮くん!」
そう言いながら微笑んで、立ち上がる。
「いてて……ひざ痛い……」
うずくまった姿勢がきつかったのだろう、ひざの関節を撫でている。
「……待たせたか?」
「ん? ううん、電話してから10分くらいだから、早かったんじゃないかなっ! すごいね、どうして分かったの?」
「生垣の中だって、思ったから」
「生垣? ああ……」
そして小佐田は照れたように頬をかいた。
「わたしじゃないと、入れないもんね……?」
意味ありげな視線を向けてくる。
ふう、と息を吐いて、おれは緊張を外に逃がす。くそ、なんで緊張なんかしなきゃいけなんだ。
「なあ、小佐田」
「ん? どしたのそんな怖い顔して?」
「小1と小2のかくれんぼ大会」
「かくれんぼ大会?」
先を促すように首をかしげる小佐田におれはそっとうなずく。
「かくれんぼ大会で……一緒に隠れてたのって、小佐田なんだろ?」
ぐっと唾を飲み込んで、伝えた。
そのおれの真顔を見てから、小佐田はそっと目を閉じる。
ややあって、少しずつ再度目を開き、眉をハの字にして微笑んで、そっと口を開いた。
「ごめん……なんの話?」
「……はあーーーーーーーー!?」
相当に気の抜けた声が出たことだろう。
「はぇっ!? え、えっ、あれ、須賀くん、怒ってるの?」
大声を出したおれに、小佐田が身体をビクリと跳ねさせた。
「は? いや、怒ってるとかじゃなくて……は? あれ? どういうことだ?」
「え? わたしも分からない……なに?」
予想外の結末に混乱しているおれと、おれが混乱している理由すら分からずもっと混乱している小佐田。
落ち着け落ち着け……おれは深呼吸をする。
ふう……よし、整理して一つ一つ話してみよう……。
「小1と小2のかくれんぼ大会、覚えてるだろ?」
「あ、うん、覚えてるよ? 小学校の時の、みんなでバスで公園行ってやったやつでしょ? それがどしたの?」
ここまでは大丈夫だ。小佐田も覚えている。
「おれが小1と小2の時に、生垣に一緒に隠れてたやつがいて、そいつは小3の時は一緒に隠れてなくて……。おれはそれが小佐田なんじゃないかって……それで……それで今日かくれんぼなんじゃないかって……思ったんだけど……」
「あー……」
小佐田は頬をかく。
「残念だけど、それ、わたしじゃないな……」
「まじで……?」
「だってわたし、1年生の時も2年生の時も、オニだったもん……」
小佐田は本当に残念そうにうなだれる。
「そっか……え? おれ、梓に3年の時『1年と2年まで一緒だったやつなのにもう一緒じゃない』って言ってたらしいんだけど、それは……?」
「わたしと遊んでるこの間に梓ちゃんと話したの……? まあいいけど……。それは分からないけど……多分、3年生の時その子はオニだったんじゃない?」
「えっ……あ、そういうこと!?」
……なんてこった。
なんてこったなんてこったなんてこった!!
だとしたら、相当やらかしてるぞ!?
さっきまでの自分の言動の数々がフラッシュバックする。
『1年と2年まで一緒で、3年の時にはいなかったやつって……もしかして……?』
『見つけたら、その時話すわ』
『……おう、行ってくる』
うわうわうわうわ……。
そして何より、極め付けは。
『……すぐに見つけてやる』
「うわああああああああ!」
「ふぇっ!? どしたの須賀くん!? 大丈夫!?」
「大丈夫じゃないいい!」
「えっ!? こんな須賀くん初めて見たよ!?」
顔から火が出そうだ。のたうち回りたい衝動をどうにか抑え、頭を抱えてうずくまる。
「おれは、その一緒に隠れてたやつが小佐田なんじゃないかって思い込んで、だから今日『かくれんぼ』なんだと思って、それで、ここまで走ってきて……!」
ひいいいい……なんと恐ろしいことを……!
「大丈夫大丈夫」
すぐ横で声がして、顔をあげると、小佐田も腰を落として、優しく微笑んでいる。
「わたしなんて、そんな次元じゃないくらい恥ずかしいことばっかりしてるもん」
そして、照れたみたいに自分の頭を触る。
それは説得力がないこともないんだが、今のおれはちょっと別方向で小佐田とどっこいどっこいでは!?
相変わらず落ち着かない鼓動と会話をしていると、
「ねね、蓮くん?」
と、その大きな瞳を輝かせて小佐田がおれを呼びかけてくる。
「なんでしょうか……」
「あんな顔するくらい、嬉しいって思ってくれたの?」
「……え?」
小佐田は赤く頬を染めて、それでもじっとおれの顔を覗き込んでいる。
「だから、その……一緒に隠れてたのがわたしだと思った時、嬉しいって思ってくれたの?」
「嬉しいって言うか……」
問われて思い返す。あの時の感情は、なんだろう。
「まあ……嫌ではなかったと言うか、なんか、テンション上がったというか、」
テンパっているからだろうか、自分でも驚くほど素直に言葉がするりと出てくる。
「そうだったらいいな、と思ったっていうか……」
すると、小佐田は『くぅうう……!』と悶えるような表情になってから、
「蓮くん、わたし、すーっごく嬉しい!」
全身から喜びを溢れさせて笑うのだった。
* * *
「あ」
ケーキ屋で母親から頼まれたケーキを買って店を出た頃。
あのかくれんぼ大会のことを一つ一つ思い出していたあたしは、その結果に思い当たった。
「あの時、蓮のやつ、絶対見つかんねーとか言ってたくせに、普通に見つかったんだよなー……」
そして、おかしくなって、ふっと笑みがこぼれる。
「まじで締まんねーやつだな、あいつは」
* * *




