第十八話:COSMIC 幼馴染
「覚えてるか? 蓮」
そんな前置きのあとに、梓は問いかける。
「小3の、あたしが転校したばっかのころ『かくれんぼ大会』あったろ?」
「うわ、懐しいな『かくれんぼ大会』……」
かくれんぼ大会。それはおれと梓と凛子が通っていた小学校の行事である。
1〜3年生がバスに乗ってめちゃくちゃでかい公園(たしか、国立公園だ)に行き、公園全部を使って、探す方と隠れる方に分かれて制限時間以内に何人が見つかるかを競う、本気のかくれんぼの大会である。
詳しくは覚えていないがなにやら競技っぽいルールもあった。
探す方、隠れる方はお互いのことを知らないことも多いので、「あなたは隠れ人ですか?」「そうです」みたいなコミュニケーションを取る必要などもあり、戦略と知恵とコミュニケーション力を使い、さらには普段関わらない別クラスの生徒や別学年の生徒とも親睦が深められる、というそんな結構手の込んだレクリエーションだった。(気がする)
今思うと、教師が全員を見切れるのか、とか、保護者に突っ込まれそうなそういう要素がいくらでもあるのだが、なんとかやっていたんだろうし、実際そういった大会があったんだから仕方ない。
とにかく、秋に開催されるかくれんぼ大会に参加する最年長学年である小3の二学期の頭に梓は引っ越して来た。
「あたし、まだ誰も友達いねー時でさ。あたしは『隠れ人』の方だったんだが、どこに隠れればいいのかもよく分かんなくて、オニが動き始めてもまだオタオタしてたんだよな」
「梓がオタオタしてるところって想像つかねえな」
「はは、そーかもな。んで、どうしようと思ってたあたしの腕をぐいっと引っ張って隠してくれたのが、蓮だったろ?」
「そんなことあったかもな……」
おぼろげにではあるが、少し思い出した気がする。
「なんか、生垣の根っこの、子供がきっかり2人分しか入んねーようなとこでさ。『ここ、絶対見つかんないんだぜ。去年もその前もおれは見つからなかった』って教えてくれたんだ。今思うと、めちゃくちゃ狭かったからカラダとか密着させまくってたけど、あんま気になんなかったんだな。小3だもんな、そりゃそーか」
カカカッと威勢良く笑う梓だが、なんだか目の前にいる女子高生の梓にそう言われると、なんとなくその身体を見てはいけないような気がして、目をそらす。
「なんていうか、すまん……」
「おい、頬を染めんな。小3のあたしでやらしーこと考えてんのかよ?」
「ちげえよ……。一応ほら、……今は梓も女だし」
「別に当時から今までずっと女だっつーの……。逆に、蓮は、あの時が一番男らしかったかもなー」
へへ、と照れくさそうに笑う。
「友達のいねーあたしと色々話してくれて、嬉しかったなー。蓮にとってはちょっとしたことだったかも知んねーけど、あたしにとってはすげーでかい出来事だったよ。だから、こんなにしっかり覚えてんだろーな」
「そうかよ、そりゃよかった」
おれも数年前の功績をたたえられてなんだかむずむずしてしまう。
「蓮のおかげで、あたし、あの後小学校で上手くやれたんだろーな」
「いや、梓はそのあとすぐにクラスで十分目立ってただろ……」
梓が大人しかったのなんかかくれんぼ大会までで、そのあとは今みたいにかっこいい笑顔を振りまいてどんどんクラスのリーダー格になっていった。
「だから、そのきっかけが蓮にあるっつってんだろーが……」
照れ隠しをし合った結果、なんとなく2人とも黙ってしまったので、おれもその時のことを思い出してみようと記憶をたどってみた。
すると、違和感がふと胸をよぎる。
「……おれって、そこに1人で隠れてたんだよな?」
「そりゃそーだろ。子供2人分しか入れねーとこなんだから」
「でもおれ、一回もそこにずっと1人ではいなかったような気がするんだけど……」
たしかな記憶ではない。だけど、そのしげみには毎年隠れていたが、1回も1人の時はなかったような気がする。
でも、梓が引っ越して来たのは3年生の時。じゃあ、1年と2年の時は……?
「そういや、あたし、その時に『こんな隠れ場所、なんで知ってんの?』って聞いたんだよな」
「それで……?」
「『1年と2年の時に一緒だったやつに教えてもらったんだ』って言ってたよ」
「ん……?」
記憶の残像がちらつく。
『れん君にだけ、ここ、教えてあげる』
そんな声が、脳裏を這っていった。
「じゃ、なんで、そいつと3年生の時は一緒に隠れなかったんだ……?」
「んー、たしか、『今年はもう、離れ離れになっちゃったから』みたいなことを言ってた気がするな」
「それって……」
おれは自分の手が震えるのを感じてた。
驚愕に目を見開くおれの表情を見て、梓が「あ……」と何かに気づいたように言う。
「1年と2年まで一緒で、3年の時にはいなかったやつって……もしかして……?」
そう言った時。ポケットのスマホが震えた。
『着信中 小佐田菜摘』
「……もしもし」
震える手で着信を取ると、耳元から甘くくすぐるような声がする。
『もしもし、須賀くん? 隠れたよっ』
「お、おう……」
『あれれ、そんな声出してどしたの? なんかあった?』
「いや……見つけたら、その時話すわ」
『そ? いひひ、そんな簡単に見つかるかなー?』
「……すぐに見つけてやる」
おれはスマホの終話ボタンを押して、ポケットに入れる。
「蓮……行くのか?」
そのアーモンドの瞳は、少しだけ揺れているように感じた。
「……おう、行ってくる」
「……そっか、頑張れよ、蓮」
おれは大きくうなずきだけを返し、その場から駆け出した。




