第十六話:土曜日の幼馴染
「あの……須賀くん?」
放課後、予告通り、小佐田はおれのクラスまでやってきた。
教室の入り口から顔だけを出して、おれに問いかけてくる。
「小佐田、かしこまるのをやめてくれ……」
いつもずけずけとおれを呼び出すくせに、頬を染めて照れた感じで入ってくるから、なんか妙な感じになってしまう。
そんなおれたちの脇を立川がカバンを持って通り過ぎざま、
「おっ、若いお二人は、ランデブーかな? 今日土曜だから半ドンだもんねー! ニクいねえ!」
とか、からかいながらどこかへ去って行った。
「らんでぶー……? はんどん……? ねね、須賀くん、わたし、あの子の言ってること、いつも全然理解できない……」
「立川も小佐田には言われたくないと思うけど……」
おれは、小佐田がいつも熱く語ってることの方が全然理解できない。違う意味で。
「ん、どして?」
「自覚を持て自覚を……。まあ、とにかく、『半ドン』ってのは午後休ってことで、今日は土曜日だから午後は休みだねって言ってて、『ランデブー』ってのは、その……2人で、デ……、で、出かけるのか? ってことを聞かれてたんだよ」
「ふーん……?」
ランデブーの説明でつっかえてしまう自分の思春期脳が憎い。
「ねね、最後の『ニクいね』っていうのは?」
「憎まれてんだよ」
「え、わたし憎まれてるのっ!? なんで!?」
恥ずかしいやら照れくさいやらめんどくさいやらでテキトーに答えたら小佐田が全身を跳ねさせた。
「なんでだろうねー……」
「なんでか分からないと謝るにも謝れないじゃんかぁ……! っていうかなんで須賀くんはあの子の話すこと分かるの?」
「なんでだろうな、親の影響で昭和の漫画読んでたからかな」
「昭和の漫画って、『タッチ』とか?」
「小佐田はぶれねえな……」
小佐田が今日も幼馴染脳過ぎてやばい。
「えへへ……じゃ、いこっか?」
おれたちは新小金井駅までの道を2人並んでつらつらと歩いていた。ていうか、小佐田が自転車で来なかった理由って、今日これに誘おうと思ってたからか……。
「それで、なんで吉祥寺?」
おれは今日ぼんやりと疑問に思っていたことを問いかける。
別に吉祥寺という名前のお寺に行きたいと小佐田は言っているわけではないだろう。っていうか吉祥寺駅付近に吉祥寺というお寺はないらしい。なんだそりゃ。
「んん、あのね、井の頭公園に行きたいんだよ」
吉祥寺駅からほど近い井の頭公園はかなり大きい公園だ。真ん中に大きな池があり、その周りを囲うように道やベンチがあり、そのさらに外には林やら何に使うのか分からない舞台やらある。ちなみに池をすべるボートにカップルで乗ると別れる、というネガティブなジンクスもある。
「ほう、で、そこで何すんの?」
いわくつきのボートにでも乗るのだろうか、と思ったら、小佐田はあいかわらず真面目な顔で、言う。
「かくれんぼ」
「…………はあ?」
「か、く、れ、ん、ぼ」
自分の口を指差して、はっきりと口を動かしながら再度言ってくれる。いやだから聞き取れてないわけじゃないんだってば。
「かくれんぼって……あのかくれんぼ?」
「うん、片方が隠れてもう片方が探す競技のこと」
「競技ではねえだろ……」
いや、分かっている。ツッコむべきはそこじゃない。
「凡人のおれには理解できないだろうけど一応聞くわ……なんで?」
「またまた、わたしを天才みたいに言ってー」
「変人だって言ってんだよ」
「へっ!? ま、まあいいか……」
だから自覚を持て自覚を……。呆れているおれを置いて、小佐田は説明を始めた。
「あのね、幼馴染もののマンガで多いシチュエーションなんだけど。好きな男の子、あ、この男の子は幼馴染の男の子じゃなくてクラスのイケメンとかそういう男の子ね? 付き合ってたとかでもいいかも。それで、その好きな男の子にフラれた主人公の女の子がふさぎこんで、ふらふらとどっかに行っちゃうの。スマホも自分の部屋かなんかに置きっ放しにして『誰にも、見つかりたくない……』って。その時に雨とか降ってきちゃって……」
あれ、例のやつが始まってる?
「で、雨宿りとかしながら、好きだった男の子との良かった思い出とか、嬉しかったこととかが浮かんできちゃうんだよね。『ねえ、わたし、あなたの”一番”にはなれなかったんだね……』どんどん雨は強くなってきて、秋口だから日が暮れると寒くて……薄着で出てきちゃった女の子は薄手のパーカーをかき合わせて……」
そんで、ちょっと今日のはいつもよりも長そうですね……。
「寒くて、『何やってんだろ、わたし……』って虚しくなって、寂しくなって、その時に、なんでだろうね、わたしは好きだった男の子じゃなくて、幼馴染の男の子の名前を呼んじゃうの。『苦しいよぉ、蓮くん……』って。その時だよ! 雨と汗でびしょびしょな幼馴染がかけつけるの! 『何やってんだよ、菜摘!』って」
……もうこの際名前が蓮と菜摘なのは置いておこう。
「『蓮……くん……? なんで……?』わたしが泣きそうになりながら問いかけると、『お前がいそうなところなんて、分かるっつーの、バカ』って。『違うよ、なんで、なんで来てくれたの……?』蓮くんにわたしがいる場所が分かるのは、もうわたしにとっても当然なんだね、すごいね」
うん、すごいね……。
「そしたら、蓮くんは言うんだよ。『……約束しただろ、お前が泣いてる時、おれは絶対に駆けつけるって』って! あの10年前に飼ってた犬が死んじゃって泣いちゃった時に泣きやませようとして言っただけのその場しのぎの約束を覚えててくれたの!『なんでそんなの、覚えてんのよ、ばかぁ……!』もう、わたし、大泣き。『もう、泣くなよ、おれが来た意味ねえだろうが……』」
迫真の演技を見せた後、不意にけろっとした表情に戻り。
「これがやりたいんだよね」
「なげえよ!!!!!!!!」
おれが大声でツッコミを入れると、「ふぇっ!?」と目を丸くする。
「なげえし、蓮くんかっこよすぎておれには荷が重いし、泣いてる時にかけつける約束してねえし、そもそもおれは菜摘が隠れてる場所なんか皆目見当がつかねえっての!」
「び、びっくりするから、そんな突然下の名前で呼ばないでっ……!」
頬を赤らめる小佐田。
「いや、今そういうのいいから!」
今日のはまじでやばいぞ。ていうか日に日にやばくなってないか?
「それで、今の話でなんでかくれんぼ!?」
「それは、わたしの隠れそうなところを知ってもらえたらなって思って……」
「え、おれ、そんな調教をされんの?」
小佐田専用幼馴染じゃねえか。
「あ、あとね、」
緊張したように小佐田はふぅー……と大きく息を吐く。
「……わたし、ずっと蓮くんに見つけてもらいたくて……ダメかな?」
上目遣いで見つめられて、こんな時にも関わらずおれはうっ……と胸を詰まらせる。
「ダメ、っつーか……ダメってわけじゃ、ねえけど……」
「ほんとっ!?」
『ちょろいなあ、蓮君は』
昨日凛子が言っていた言葉が浮かぶ。分かる、さすがにちょろい。ちょろいってかもう脳が仕事をしていない。
「それじゃ、よろしくね?」
ということで……このあと、高校生男女2人で井の頭公園でかくれんぼをすることになるのだった。
……やばいのは小佐田だけじゃないな、これ。




