第十四話:キミは幼馴染
どうする、須賀蓮。
夜、家、自分の部屋。
おれはスマホを床に置いて、その前であぐらをかき、腕組みして考え込んでいた。
『また明日も、幼馴染してくれますか?』
小佐田の甘い声が頭の中で反芻されている。思い出すだけで心のどこかがくすぐったくなる。
それだけなら、まあいい。本当はあんまりよくないけど、まあいい。
問題は、この留守電が質問形になっていることだ。
質問があるのなら、電話を切った後に雑談していたあの時間のどこかで言ってくれればよかったのに、なぜか小佐田はそれをせず、研究成果がどうのこうのと言っていた。
いや、分かってはいる。
おそらく、この質問に大した意味はないのだろう。
小佐田の目的はあくまでも自分の電話番号を伝えることだ。
もしかしたら『留守電を入れたら幼馴染っぽい』などというトンチキな研究結果が出ていてそれを実践した、とかはあるかも知れないけど、それでもメッセージ内容自体はただ単に、事前に許可を取っていればおれが嫌な顔をしないということを学習したから入れてみただけのことで、返事が来るとも思っていないと思う。
そもそも、ラインの既読機能とは違い、おれがこの留守電を聞いたということ自体、小佐田には伝わっていないのだ。
だから、このまま無視して明日を迎え『え? 留守電なんか入れたのかい? 僕は気づかなかったよ』と三文芝居を披露するという手もある。
でも、だけど。
小佐田が何らかの強い覚悟をしてこの留守電を入れていて、『返事、来ないなあ……』と今不安に思っていたとしたらどうだ?
それはあまりにも可哀想だ。申し訳ない。
たしかに小佐田の奇行は眼に余るものがあるが、それでも、あいつの心を踏みにじっていい理由にはならない。
そう思ったら、返事の電話をかけるべきだろう。
いや、だが、しかし!
全然そんなこと覚えてなくてやっぱり大した意味もないのに、さぞかし自分の返事を待ちわびているだろうという体で『もしもし、待たせてごめんね。明日、幼馴染しよう!』などと言い、その結果小佐田に『ほぇ? あ、ああ、うん、ありがと……なんか、うん、そこまでのことでもなかったんだけどw 前のめりワロタw』と言われたらどうだ!?
立ち直れるか? いや、ない!(反語)
ていうか、ていうか……。
「おれは何をこんなに悩んでるんだ!」
我慢できず、つい声に出てしまう。
「うるせーよ、蓮」「大声出さないで、蓮君」
「ああ、すまん……」
背後から2つの声がして、おれは反射的に謝る。
「いや、ていうか、ここ、おれの家で、おれの部屋なんだけど……?」
そうなのだ。帰ったらなぜか梓と凛子が家にいて、2人で背中合わせでお互いにもたれあいながら漫画を読んでいた。
「んー」「そうだね」
2人とも漫画に集中しているのか、返事が上の空だ。
読んでいる漫画は、もちろん『もう一度、恋した。』。
おれの妹の部屋に全巻揃っているというのを聞きつけて、一気読みのために夕飯を食べた後に約束してやって来たということらしい。その約束におれ入ってないんだけどな。
「つーか、その漫画、幼馴染ものだから読むの気持ち悪いんじゃなかったっけ……?」
「んー」「そうだね」
ダメだ。上の空が継続している。漫画を読み始めた人はこういう状態になる。知っている。もうおれの声は届かない。
せっかく来たならおれの相談に乗ってくれたらいいのに、と思うが、2人は別におれと話しに来たわけではないのだ。いや、じゃあおれの部屋じゃなくて妹の部屋で読めばいいじゃねえか。
何はさておきとりあえず、この課題は自分で解決しないといけないものらしい。
さあ、どうすればいいのだろうか……?
ラインさえ交換していれば『留守電のこと、了解』とか送っておけば話は済むのに。なんで電話番号しか交換しなかったんだ……それは単純に小佐田の謎の研究のせいだな。
くそー、電話番号がわかっても仕方ねえんだよ……。
……ん? そうでもないか?
そうでもないな!
その瞬間、閃いた。
「ショートメッセージがあるじゃねえか!」
そうだ、電話番号さえ分かれば、ショートメッセージが送れる。こんなのほぼラインみたいなもんだ!
ナイスアイデア! と自分を褒めながら意気揚々とスマホを手に取ると、
「そりゃねーだろ」「うん、それはないね」
と漫画から目を離さないままに2つの声がおれを諌めた。
「あの、人の思考を読むのやめてくんない?」
ジト目で注意する。
「読んでねーよ、お前、口に出てんだよ」
「そうだよ、悩みが全部筒抜けになってる」
「え、まじ?」
「「うん」」
2人は依然として漫画から目をそらさない。でも、会話は成立した。よし、今がチャンスだ。
「……それじゃ、どうしたらいいと思う?」
「んー」「そうだね」
……撃沈。一瞬だけ開いたっぽい扉はもう閉まってしまったらしい。
「はあ……」とため息をついたその時。
『着信中 小佐田菜摘』
スマホが震えはじめた。
「え、え」
慌てておれはスマホを手に取り2人の背中の間をまたいで部屋の外に出た。
「……来たか?」「……かもね」
背中からそんな声が聞こえた気がした。
部屋を出てすぐ、扉の前で通話ボタンを押す。
「……もしもし?」
『す、須賀くん! こ、こんばんは!』
「おう、こんばんは……」
照れくさそうな声が向こうからする。
『あ、あの、留守番のこと、謝らなきゃって思って……』
「謝らなきゃって……なんで?」
『わたし、最後質問にしちゃったから……。答え、困ったよね?』
「ああ、いや、別に……」
おいおい、どうした小佐田。いつからそんな気遣いが出来る子になったんだ。
そして、どうしたおれ。昼間と調子が全然違うじゃねえか。何をドギマギしている?
『へ、返事は大丈夫だから! どちらにしても須賀くんのとこ押しかけちゃうと思うし……』
「あ、いや、というか、予定的に大丈夫は大丈夫なんだけど……」
なんだけどなんだよ、と自分にツッコミを入れていると、
『ほんとっ!?』
電話の向こうで声が跳ねた。小佐田が今日の食堂でおれを見つけた時の明るい顔が浮かんだ。
『そっか、良かったあ……。じゃ、じゃあ、また明日、だね?』
「おう、また明日……」
『うん……おやすみなさい、須賀くん』
「お、おやすみ」
ブツ、と途切れてしまわないように、なるべく優しく終話ボタンを押す。
意外とあっさりした会話でよかった……と、扉に手をかけた瞬間。
ガタガタガタッ! と部屋の中で音がした。
「……聞いてただろ?」
扉を開けながら部屋の中でさっきと同じ体勢をとっている2人に問いかける。
「いや、別に」「何のこと?」
「2人とも、さっき読んでたのと違う巻読んでますけど」
「んー」「そうだね」
……それで通すつもりか。無理があるだろ。
おれが呆れていると、梓がわざとらしくあくびをし始める。
「ふわー……、つーか、あたしそろそろ帰るわ、ねみーし」
「そうね、私もお暇しようかしら、まだそんなに動きは無さそうだし」
「そうだな、今日あたりコクられるかと思ったけどな」
「まだまだみたいだね。まあ、再会してまだ数日しか経っていないものね」
「いや、でもあの変人だぜー? やりかねねーっつーか……」
そんな得体の知れない会話をしながら、梓と凛子は笑い合いながら玄関を後にした。
「いや、一応、来た意図は最後まで隠していけよ……」
ていうか……。
「あれ? あずちゃんとりんちゃん、帰ったのー?」
妹が部屋から出て来て、言う。
「小学生の時以来2人でうちに来たことなんかないのにねー。なんでいきなり幼馴染のテンプレみたいなことし始めたんだろね?」
「いや、本当それなんだよ……」




