第十三話:コードレス☆照れ☆幼馴染
「ねね、須賀くん」
「おお、小佐田か。こんにちは」
放課後、予想通り教室にやってきた小柄なお客さんにおれが挨拶を返すと、
「えへへ、こんにちはぁーっ! って、す、須賀くんっ!?」
小佐田はノリツッコミ気味にびくりと全身を跳ねさせた。
「なんだよ?」
「い、いや、いつもはもっと嫌そうな顔してるのに、今回は爽やかに返事してくれたから……どしたの? なんかあった?」
「あー、いや……」
なるほど、たしかにいつもはもっと塩対応だったか。
「……今日は、あらかじめ来るって分かってたから」
「ほぇー……」
……まさか、昼休みにストーキングしてて表の顔を知ったからなどとは口が裂けても言えまい。言っても意味わかんないだろうし。実際おれも意味わかんないし。
「じゃあ、これからは会いに来る前に『行くよ』って言ったらいいのかな。……って、そうだ!」
それで思い出した! とばかりにパチンと手を叩く。
それから、「むう……」と拗ねたような顔になり、
「……わたし、須賀くんのライン知らないんだけど」
と、上目遣いで頬を膨らませる。
いや、別に悪いのおれじゃないんだけど……。
「おれも小佐田のラインは知らないけど」
「そりゃそうでしょっ! 片方だけ知ってることなんかないよっ!」
「いや、あるだろ」
ラインの機能上、ないことではない。
まあ、いずれにせよラインを交換しようという流れであろう。
そう思って、スマホをポケットから取り出すと。
「あ、須賀くん。ちょっと待って」
「ん?」
「あのさ……」
そこまで言ってから、少し背伸びして、おれの耳元に口を寄せて、そっと耳打ちしてくる。
「ライン知らない方が幼馴染っぽくないかな?」
「はあ?」
「ちょっと須賀くん、声おっきいよ……!」
恥ずかしそうにする小佐田。いや、いつもの小佐田の方が声大きいし恥ずかしいこと言ってるわ。
「んで、どういうこと?」
「んん……説明するから、部室いこ?」
ということで写真部部室。
おれは写真部員じゃないんだけど、こんなに来ていいものなんだろうか。
「5時間目と6時間目で、考えたんだ。幼馴染とラインの関係について」
「え、何だって?」
「だーかーらー、幼馴染とラインの関係!」
声を大きくしてはっきりと発音してくれてありがとう小佐田。別に聞き取れなかったわけじゃない。意味がわからなかっただけだ。
心の中でツッコんでいると、小佐田はいたって真面目な顔で新品っぽい綺麗なノートを取り出す。
そして、最初の見開きページを開いて、おれに見せてくる。
「うわあ……」
おれはそれを見て、『実は完璧なメインヒロイン』なのだと改めかけていた小佐田の認識をやはり『やばいやつ』へと戻さなけばいけないのだと悟った。
……これは、やばい。
まず、ノートの上部、罫線の引いてない部分にでかでかと、
『徹底議論! 幼馴染はお互いのラインを知っているのか?』
とタイトルが書いてある。
そしてその下には……。
* * *
【議論すべき事項】
・その幼馴染はラインが普及する前に出会っているかどうか?
・ラインする間もないほどいつも一緒にいる2人にラインは必要なのか?
ex.家が隣の場合、学校も部活も一緒の場合、どちらかの親が海外出張で居候しているなどで同居状態の場合
・どちらかに恋人がいた場合、ラインは登録したままでいられるのか?
→男子側にヤキモチ焼きの女子がいたら、真っ先に消してと言われてしまう可能性
【前提】
・カカオトークはラインと同様に扱う
・「Between」「Pairy」「Couples」などのカップル用SNSはそれよりも先の関係と判断し、ラインとは別のものとして扱う
・twitter DM、facebook Messengerについては使い方によって適宜判断
【調査方法】
■少女マンガ調査(従来と同様の手法)
・『もう恋』などの幼馴染モノの少女マンガから各関係性ごとに連絡手段としてラインが使われているかを調査
→あくまで創作の世界での話であるため、鵜呑みにするのは危険。より現実に則したデータとの照合が必要。
■インタビュー調査
・蓮くん
・梓ちゃん
・凛子ちゃん
・金髪の先輩(※名前を聞く!)
→実感の伴った意見が詳しく聞けるが、母数が少ないのでデータとしての信ぴょう性に欠ける。
■インターネット調査
・幼馴染100組に聞きました、相手のラインを知っていますか?
→データとしての信ぴょう性はあるが、そのような調査が存在するかから調べる必要がある。
* * *
などと、何かの論文の出来かけみたいなものがつらつらと並んでいた。
ちなみに、これはほんの一部抜粋でしかなく、めまいがするほどの情報がそこには書き込まれている。
「えーっと……何、その、ノート……?」
あまりのやばさに頭がくらくらしてしまい、自分でも若干ピントの合っていない質問だと分かっていながらも、とりあえず投げかけた。
「『幼馴染ノート〜研究編〜』です」
「はあ……?」
「あ、ごめんごめん。今日作ったノートだから分からないよねっ! 今日お昼休みに須賀くんのラインを知らないことに気づいてから、ちょっとこれは研究するべきだと思ったから、新しく作ったの! 今までのは『幼馴染ノート〜課題編〜』って呼ぶことにしたから、覚えておいてもらえると、ちょっと話がしやすくなるかも。あっ、強制じゃないから無理はしないでねっ!」
うわあ……。
「これに、5限と6限を、まるまる、使ったのか……?」
「うんうんっ! あっ、バカを見る目で見てるねっ!? わたし、成績は結構良い方なんだよ?」
「そうですか……」
いや、成績はさぞかし良い方だろう。
こんな論文を趣味で作り上げるようなやつの頭が悪いはずがない。
ただ、その内容があまりにも……。
「小佐田、おれ、お前のことが心配だよ……」
「なんでっ!? 成績がいいって話してるのにっ!?」
才能の無駄遣いとはまさしくこのことだ。
「まあいいや、それで、これについて、おれに何か話したいことがあるのか……?」
おれにそれを受け入れる器があるのかは分からないが、とりあえずは聞こう。そして、これ以上小佐田が道を踏み外しそうな時には、おれに出来る範囲で軌道修正をしてやろう。
「あ、うん! 色々研究した結果としてはね、まだ調査前なんだけど、『電話番号だけ知っている』が一番幼馴染っぽいんじゃないかって!」
「お、おお……」
結論が出ていて助かった……!
そこに至るまでの過程をすべて聞かされていたらおれは枯れてしまっていたかも知れない。
おれはしっかりとうなずく。
「分かった、じゃあ、電話番号を教えればいいんだな?」
「うんうんっ!」
天真爛漫、キラキラした満面の笑みでスマホを取り出す。やってることは普通の女子なのに、そこまでの過程を知ってるからなんだか恐ろしいんだよなあ……。
「じゃあ、おれの電話番号言うから……」
そうして11桁の番号を伝えると、小さな手指で小佐田は自分のスマホに打ち込んでいる。
「うん、ありがとっ!」
「それじゃ、小佐田の番号教えて」
おれはスマホを電話番号を打ち込む画面に移行する。
すると、おもむろに小佐田が立ち上がり、
「ちょっと待っててね」
と言って、部屋から出ていった。なに、トイレ……?
呼び止める気力もないまま見送ると、扉がしまった後におれの手元でスマホが震えた。
知らない電話番号からの着信だった。これはどう考えても小佐田だな。
こういう時は出てしまうと、小佐田に通話料金がかかってしまうから出るべきじゃない。
ていうか小佐田も別に外に出なくてもいいのに……あと、ワン切りでいいのにずっとかけ続けている。電話の使い方知らないのか?
まあいいや、放っておこう……と思ってスマホをポケットに戻して放置した。
スマホの振動が止まって少ししてから、小佐田が戻ってくる。
「戻りましたー……」
なぜか頬を赤く染めている小佐田は、席に座って、
「あ、あのっ、もしよろしければ研究の過程を説明しますけどっ?」
とノートをめくる動作をしてみせた。
「すまん、また今度にしてくれ……」
「あはは、そうだよね」
と笑う。
そのあとはまあまあ常識的な他愛ない話をひとしきりしたあと、解散となった。
「じゃあな」
「うん、ばいばい」
自転車を持っていない小佐田と、学校を出るところまで一緒に歩き、それから手を振る。
1人になったのでスマホを取り出すと、画面には、
『留守番電話:1件』
と表示されていた。
あいつ、なんで留守電になるまで電話かけ続けてるんだよ……。
なかば呆れながら削除しようとボタンを押すと、何やら再生が始まったので、耳にスマホをあてる。
『……もしもし、須賀くんですか? こちら、菜摘の番号です』
うっ……?
『えーっと……。蓮くん、いつも、わたしのバカなことに付き合ってくれてありがとうね』
くすぐったくなるほど甘い声が電話越しにそう囁きかける。
そして、その留守番電話は、こう締めくくられていた。
『また明日も、幼馴染してくれますか?』
その照れたようにはにかむ声におれは胸をぎゅうっと締め付けられながら、おれは思う。
なんで質問で終えるんだよ……返事の電話しないといけないだろ……!




