第十話:幼馴染2000
「よ、よう! れ、蓮!」
「はあ……?」
翌朝も彼女は律儀に新小金井駅までおれを迎えにきていた。
「ね、眠そうだな! ガッハッハ!」
豪快風な笑い声をあげながら近づいてきて、おれの背中をバシバシと叩く。力が強くないので痛くはないけど。
「いや、全然眠くないけど……そっちこそ、頭大丈夫?」
「あ、頭っ!? こ、こほん。や、やだなー、すが……蓮ってば! いつも、あ、アタシはこんな感じだぜ? ワイルドだろー?」
「うわあ……」
おれの目の前にいるのは、御察しの通り、スギちゃんではなく、小柄な同級生、小佐田菜摘だ。
いつもと違うところといえば、自転車を持ってきていないらしいこと、カバンを右手で肩越しにぶらさげていること、左手をポケットに突っ込んでいること、そして。
「何だよ、その口調は?」
理解しようとするよりも質問した方が早い。質問したってどうせ意味不明な答えしか返ってこないんだろうけど。
「だ、だから、い、いつも通りだって言ってるだろぉー?」
「はあ……」
あまりのアホさに呆れて深くため息をつく。
「お、どうしたー? ため息なんてついてからにー! 悩みなのかー? 悩みなのだったら、わ……あたしに相談して、しろよー?」
そう言って、小佐田はポケットに入れていた左手を出して、肩でも組もうとするような動きをして、かろうじておれの左肩にタッチする。
「と、届かない……」
そう小さくつぶやいてから、むーと口をへの字にしたあと、何かを諦めたようにその左手を引っ込めて、
「あ、あたしは何があっても、蓮く……蓮の味方だからなー?」
と、ドヤ顔を作って言ってきた。相変わらず表情のくるくる変わるやつだ。
作り慣れてない不自然な笑顔を割と至近距離で眺めながら、軽くため息をつく。
おれもここ数日で学習した。
「梓の真似してんの?」
「ま、真似とかじゃねえし!?」
わかりやすくギクリと肩を跳ねさせる。
おそらく、昨日のおれと梓のやりとりを見て、『これが本物の幼馴染のやりとりか!』などと勝手に感銘を受けて、早速自分の言動にも取り込もうとでも思っているのだろう。
それにしてもクオリティが低すぎるし、何より、今それをやるのはまずい。
なぜなら。
「悪い、蓮。定期切れてるとか予想外だったわ、家からここまで全部金払ってたってことかよ……くそ……」
ふわーとあくびをしながら梓が改札から出て来た。梓は定期券が切れていることに気づかないまま家からここまで来てしまい、チャージの残額もなくなったため改札内で現金精算をしていたのだ。
「ご、ご本人登場!?」
小佐田がビクッと肩をすくめる。
「うわ、朝からやばいやつがいるな。ご本人ってなんだよ……? つーか、菜摘はチャリ通なんじゃなかったか? 駅まで何しに来たん?」
「あ、うん、須賀くんと一緒に登校しよっかなって思って……」
水を向けられて、小佐田は頬をかいて照れたように笑う。
「小佐田、さっきまでと喋り方変わってない?」
「ちょ、ちょっと須賀くんっ!?」
朝からコントに付き合わされた復讐に意地悪な指摘をすると、小佐田が『うそでしょ!?』とばかりにこちらを見上げてくる。
「ん? いつもこんな喋り方じゃねーの? 昨日と変わんねーじゃん」
「いや、おれもそう思ったんだけど、今朝、ていうかさっきまでは話し方が違っててさ。『どうした?』って言っても『いつも通りだぜー?』って」「ううん! いつもこういう、いたって普通の喋り方をしてるよっ! ねっ! 須賀くん! ねっ!」
おれの言葉をかき消すように大声を出して、こちらを見て高速でまばたきを繰り返す。……ウインクしようとしてんのか?
「そっか、じゃあ幻覚でも見てたんだな、おれは……」
まあ、本当に梓にあのモノマネを見せたら梓が不機嫌になること確実なので、ここらで収めておこう。慌てる小佐田を見てるのはちょっと楽しかったし。
「幻覚見るほど疲れてんだったら帰った方がいいんじゃねーの? 学校にはあたしが言っといてやるから……」
梓がおれの肩に手を置いて、心配というよりは可哀想なものを見る目で覗き込んでくる。
「はっ、本物だぁ……!」
横では小さな声で感激している。アホだ。
「いや、大丈夫だ。梓、ありがとう」
疲れているけど、幻覚は見てない。
微笑んでみせてから、通学路を歩き始めると、
「れ、蓮! 無理するなよなあ! あ、あたしのことも、た、頼れよなあ!」
などとアホがのたまった。
「おい、小佐田」
人がせっかくフォローしたのに何をするんだお前は、とにらむ。
「ひっ……。ま、学びはすぐに活かさないとって思って……! ごめんなさいっ……!」
「その向上心を別のことに活かせよ!」
小佐田はもともと小さい身体を縮こまらせた。
「なー、これ、あたしの真似とか言わねーよな……?」
梓が小佐田を指差しながら、怒りというよりは戸惑った表情をおれに向けて来た。




