1-1. 冥王累代
◆冥王累代◆
さあ、私たちは大昔へやってきました。
今から約46億年前にはじまり、40億年前におわった時代を冥王累代 (Hadean) といいます。地球の最初の時代です。
暗い宇宙に、真っ赤な星が浮かんでいます。これが生れたての地球です。
地球は、太陽をまわる岩の塊がぶつかり合って、少しづつ大きくなって出来上がったと考えられています。生れたばかりの地球には、まだ岩の塊 (隕石) がたくさんぶつかっていました。地面は熱いマグマで覆われています。とても生き物が暮せるような世界ではありませんでした。
地球にぶつかる隕石が少くなってきました。ちょっと近づいてみましょう。
まだまだ暑いですが、さっきに比べたらだいぶ地面が冷めています。見上げると、空をみんな隠してしまうような暗い雲が流れています。空気のなかの水蒸気から生れたものです。この雲がやがて、世界中で大雨を降らせます。雨水は地面の低いところに溜まって、大きな大きな水たまりになりました。この水たまりを海といいます。地球の初めの生き物は、この海のなかで生れたと考えられています。
◆化学進化◆
大昔の海の水をすくってきて、顕微鏡で見てみましょう。
今の地球の海には植物や動物がうじゃうじゃいますが、この頃は細菌類のような小さな生き物すらいません。ただし、生き物のタネになるものはたくさん溶け込んでいます。
生き物が生れるには、まず材料がなければなりません。生き物の材料になるものを有機物 (organic matter) といいます。生き物が生れる前の、有機物が形作られてゆく成り行きを化学進化 (chemical evolution) といいます。
有機物がどこでどうやってできたのかは、世界中の先生方がいろんな説を唱えていて、まだはっきりしていません。海の浅いところで稲妻のせいで作られたとも、深い海の熱いお湯が噴き出すところ (熱水噴出孔) で生れたとも、隕石にのって宇宙からやってきたともいわれています。
とにかく、生き物のおおもとの材料は意外と簡単にできるとわかっています。このあと、簡単な有機物が組み合さって、だんだんと複雑な有機物になっていきます。
◆生命誕生◆
生き物の材料があるといっても、それはただの物です。まだ生き物ではありません。生き物でないものが生き物になるには、少くとも「紐」と「袋」が要ります。
・紐……RNA
・袋……細胞
地球で初めて生れた生き物は、核糖核酸 (ribonucleic acid; RNA) という細い紐が、細胞 (cell) という小さな袋に入ったものだったと考えられています。
紐は、物質をばらばらにしたり、組み合せたりする力を持っています。その力を使えば、自分と同じ姿の紐を作れます。この紐はひとりでに増えるのです。物質をばらばらにしたり、組み合せたりすることを代謝 (metabolism) といいます。自分の特徴が伝わることを遺伝 (heredity) といいます。
袋でも箱でも、とにかく入れ物がないと生き物は成り立ちません。さもないと、まわりの海の水と混ざってしまうからです。体の中と外を仕切る膜 (細胞膜 [cell membrane]) があるから、新しい紐の材料をなくさずに、体の中に取っておけるのです。体の中の状態を保とうとする性質を、恒常性 (homeostasis) といいます。
今、顕微鏡のレンズ越しに袋が見えました。袋の中で、紐が2本に分れつつあります。紐が2本に分れるのにともなって、袋も2つに分れてしまいました。1本づつ紐の入った2つの袋が、水にゆらゆらと漂っています。
このようにして、今から約40億年前には地球最初の生物 (living being) が生れたと考えられています。私たちのご先祖さまが生れた瞬間です。
◆RNA世界からDNA世界へ◆
私たちのご先祖さまはどんどん増えて、少しづつ仕組の違ったいろんな子孫に枝分かれました。ある子孫は滅びてしまいましたが、別の子孫は生き延びて、また違った子孫を生み出します。これが繰り返されて、生き物の増える仕組も移り変っていきました。生き物の歴史の初めには、生き物の増え方に着目すると、3つの段階があったと考えられています。
1つ目が、RNAの時代です。細胞の中のRNAが、自分で自分の分身を作っていた時代です。これをRNA世界 (RNA world) といいます。
2つ目が、RNAと蛋白質の時代です。RNAが物質を組み合せる力を使って、蛋白質 (protein) という別の物質を作るようになったのです。蛋白質のなかには、RNAが代謝をおこなうのを手伝ってくれるものがあります。RNAは蛋白質と力を合せて、RNAや蛋白質を作るようになりました。
3つ目が、DNAと蛋白質の時代です。RNAは壊れやすい紐でした。そこで、RNAよりも壊れにくい紐を作る子孫が生れたのです。この新型の紐を、脱酸核糖核酸 (deoxyribonucleic acid; DNA) といいます。昔のRNAのように、DNAはひとりでには増えてくれません。蛋白質がDNAをもとにして、DNAや蛋白質を作るようになりました。これをDNA世界 (DNA world) といいます。
こうしてRNAのもともとの役割は、蛋白質とDNAがそれぞれ受け持つことになりました。