はじめに
◆書こうと思ったきっかけ◆
私の小学生のころの思い出です。
夏休み。学校で種から育てたアサガオを、家に持ち帰って世話しました。毎朝サンダルを履いて庭に出て、じょうろで水をやります。
昼間の熱い空気が、夜のうちにちょっぴり冷やされています。涼しい風が吹き、私のTシャツをなびかせました。くすぐったくて、でも心地のよい風でした。
私はじょうろを置き、寝ぼけた頭で考えました。
「どうして涼しいと感じるんだろう」
「どうして心地よいと思うんだろう」
じょうろもアサガオも人間も、大ざっぱにいえばただの物です。それなのに、どうして私だけが感じたり、思ったりできるのでしょう。私の肌にどんな仕掛があるのでしょう。私と同じように、アサガオも涼しいと感じているのでしょうか。――私の頭は疑問でいっぱいになりました。
その夏は博物館に連れていってもらいました。恐竜の特別展があったのです。もともと大昔の動物に興味があったので、私の心は浮き立っていました。
骨骼を見上げて驚きました。テレビや図鑑を見て想像していたものより、ずっと大きく感じたのです。これが生きて動いていたらどんなに楽しいだろうと、頭の中で想いを巡らせました。
私にとって、生き物は不思議なものでした。同時に、ちょっと怖くなるくらい凄いものでした。
私は生き物が大好きになりました。
ですから、高校に生物の授業があるとうかがって、とてもわくわくしたものです。踏み込んだ内容に触れることで、私の疑問にけりがつくのではないか。私の大好きなものについて、もっと深く知ることができるのではないか。私は期待を胸に教科書を開きました。
そして、戸惑いました。
はじめの方の頁に、丸い部屋のようなものが2つ描いてありました。1つは動物の細胞で、もう1つは植物の細胞なのだそうです。
教科書や先生は、これがとても大切なのだと力説します。ですが、どこがどういうふうに大切なのか、私には今ひとつわかりませんでした。そもそも、こんな小部屋は生き物に見えません。
「生物の環境応答」という編がありました。どうやら、私の疑問へのこたえが書いてあるようです。
授業中の先生の口から、聞きなれない言葉がわんさか溢れ出ました。友達はせっせとそれを諳記しています。私も一所懸命おぼえようと努めました。そのうちに、幼い私の疑問は記憶のかなたへと葬り去られました。
おわりの方の頁に、生き物の歴史が載っていました。恐竜や、獣や、不思議な姿をした海の生き物が登場しました。私はうきうきしながら授業を受けました。
ところが、大学受験が迫っていました。ぎゅうぎゅう詰めの予定のなかで、生き物の歴史や、分類や、進化の仕組は、あっという間に済まされてしまいました。
私は生物が嫌いになりました。
それでも、私は大学で生物学を学びました。生物という科目は嫌いなままでしたが、生き物そのものはずっと大好きだったからです。
学び直すなかで、高校の教科書を何度も読み返し、授業を振り返りました。
「こういう順序で教えてくれたら、すんなり解ったのに」
「こういうふうに言いかえたら、もっと解りやすくなるかも」
そういう部分をいくつも見つけました。
そこで私は、生物の教科書を書きかえようと思い立ちました。これから生物を学ぶみなさんには、私のような遠廻りな道を歩んでほしくありません。自分の疑問や興味をまっすぐ学びにつなげてほしいと考えています。今ある教科書を、これからの高校生のためにわかりやすく書きかえようではありませんか。
この参考書はそんな思いから作られました。
◆高校の教科書との違い◆
書くにあたって、私は2つの工夫をこらしました。1つは章を組みかえたこと。もう1つが言葉を言いかえたことです。
まず、章立です。
生物の教科書のいちばんの特徴は、「小さなものから大きなものへ」とお話が進んでいくところです。
私が高校で実際に使っていたのは、東京書籍の教科書です。「生物基礎」と「生物」の2冊があります。目次を開くと、どちらも「細胞→個体→生態系」というように、小さなものから大きなものへと章が並んでいるんです。これは、学習指導要領に沿った流れです。
同じような構成は、海外の教科書にも見られます。『キャンベル生物学』は、日本語にも訳されて大学などで使われています。構成は、学習指導要領の中身とだいたい同じです。
日本も世界も、教科書の構成はほぼ同じなんです。
▲構成の比較。内容がかぶっているところを同じ色で表しました。
ですが、私はこの章立に納得していません。
どうして小さなものと大きなものを別々の章に分けるのでしょう。どちらも同じ生き物です。小さなものも大きなものも、もといは同じだと私は考えています。
・第1章 生命史
・第2章 生物圏
・第3章 環境
・第4章 代謝
・第5章 生殖
これが、この参考書の構成です。
・第1章では、時間を追って生き物を見ていきます。
・第2章では、空間に沿って生き物を見ていきます。
・第3章では、生き物と環境の関りについてまとめます。
・第4章では、物質とエネルギーの流れについてまとめます。
・第5章では、親が子を作る過程についてまとめます。
教科書と読み比べられるように、次の頁に対応表を載せておきます。
次に、言葉遣いです。
東京書籍の教科書は「だ・である調」を使っていました。一方、この参考書では「です・ます調」を使っています。そのほうが読みやすいと思ったからです。
やさしい言葉に言いかえられるものは、なるべくそうしました。むつかしい言葉をわざわざ使う必要がないからです。
カタカナ語のかわりに新しい訳語も考えました。理由は2つあります。私が日本語、とりわけ和語を好いているからです。そして何より、和訳を考えるのが楽しいからです。
チャネルは「漉樋」で、フィードバックは「戻打」です。デオキシリボースの訳語「脱酸核糖」は、中国語を参考にしています。ミトコンドリアは「糸粒体」としました。これは、前に日本で使われていた訳語を復活させたものです。
糸粒体はともかく、その他の訳語は私の独創です。試験で書いても先生には伝わりません。
教科書と比べられるように、用語の後ろに英語表記を添えておきます。