信頼を示す
「あのーオウギ様…この石みたいなのってなんなんですか?。ずっと持っていらっしゃるようなのですけど。」
ユーリがオウギが部屋の机に置いた黒い球体を見つめながら尋ねる。空間魔法が使えるオウギがいつも肌身離さず携帯している物体。気になっても仕方ない。
「んー?。んーそれは…なんなんだろ。龍から預けられたんだよね。」
(リュウ?。リュウさん…。オウギ様と親交のある人なのかな。)
オウギの発言を聞き見当違いな感想を抱くユーリ。しかしそれも仕方のないこと。誰がこの状況で最強種である龍を思い浮かべるだろうか。
「…なら大事にしないとダメですね。磨いておきましょう。」
認識を間違えたままユーリが同じく机の上に置いてある布巾で球体を撫でる。
『…良きに計らえ。…もっと撫でて。』
「え⁉︎、あ、あのオウギ様何かおっしゃいました?。」
突如聞こえた声に驚くユーリ。偉そうで、でもどこか甘えるような声が聞こえた気がした。聞こえた気がしたというのは実際には音が聞こえた訳ではない。なんらかの方法で直接伝えられていた。しかしそんな知識など無いユーリは自分以外に唯一部屋にいるオウギが発したのかと思い尋ねる。
「いや、別に何も言ってないけど。」
「…そうですか。(外の声が聞こえたのかな。)よしっ、綺麗になりました。」
オウギの返事に自分の聞き間違いかなと考えを改めるユーリ。やり取りの間も拭いていた球体はピカピカになる。
『…褒めてつかわす。…気持ちよかった。』
「…?。(また…んー…)」
またもや響いた謎の声。ユーリが疑いの視線を球体に向ける。
「あ、そうだ。ユーリこっちにおいで。」
ユーリの思考はオウギの声によって遮られる。自分が仕える主人の言葉より優先されるものはない。ユーリはオウギの方へと向かう。
「はい、オウギ様。何か御用ですか。買い物ですか、マッサージですか!。」
オウギがユーリに指示することはあまりない。その為気合が入るユーリ。
「いや、なんかごめん。そんな用事ってことじゃないんだけどさ。」
思いの外の張り切りを見せるユーリに申し訳なさを感じながらオウギがユーリを抱き上げ自分の膝の上に座らせる。
「へ?…あうあうあう、お、オウギ様⁉︎。何を…」
「ユーリに見せたい物があるんだ。これを見てくれる?。」
そう言いオウギが取り出したのは自身のアビリティカード。
「これは…オウギ様のカード、ですか?。私なんが見てもいいのでしょうか。」
主人が奴隷のカードを見ることはあってもその逆はない。わざわざ奴隷に自身の情報を開示する必要などないからである。
「僕がユーリに見て欲しいんだ。」
「は、はい。では……え、え?これは…オウギ様!。」
オウギのカードを見たユーリ。見た瞬間は書いてある内容が理解出来ない。1つあるだけで英雄とされる適性が3つ。更には未だ発現していない適性が2つ。日替わりという謎の項目まである。理解しろという方が無理である。
「これが僕の秘密。僕は…なんなんだろうね。それを探すために旅をしているんだ。まぁ、約束もしているしね。」
オウギの口から語られる旅をする秘密。自分が何者かを知る為の旅。
「…私は…オウギ様のお邪魔になりますよね。だからオウギ様は私を解放…しようと…」
カードを見たユーリは声を震わせ言う。オウギのカードに書かれている適性なら余程の事態でも切り抜けられる。しかしこの先も自分がついて行くなら邪魔になるのは確実。ユーリは胸が締め付けられるような思いがした。
(…私は自分が満足出来ないから…オウギ様に尽くそうといた。でも…いるだけで足を引っ張ってる。オウギ様は優しいから自分から私が邪魔とはおっしゃらない。…甘えちゃダメだ。)
「私…オウギ様の役に立てないだけじゃなくて…足を引っ張ってたんですね。…解放して捨ててくれても構いません。」
ユーリが下を向いたまま呟くように言う。その目には涙が滲んでいた。自分の意思に反してでもオウギの為の行動を取ろうとしていた。
「いや、待って待って。僕がユーリにカードを見せたのは信頼しているから。これからも一緒にいて欲しいからだよ。…もうユーリが望まない限り解放しようとしたりなんてしないよ。」
突然泣き出したユーリに慌てたのはオウギ。ユーリへの信頼の証として提示したカードが逆効果で落ち込ませてしまった。何とか説得をする。
「…本当ですか?。…私…いっしょにいてもいいですか?。」、
「もちろん。ユーリが望む限り一緒にいるよ。約束だ。」
オウギの口から発せられる約束という言葉。1度オウギが約束に込める思いを体験するユーリは涙を止め顔を上げる。そして、
「私は…オウギ様が望まれる限りお側で力を尽くします。…その、約束します。」
ユーリもオウギに対し約束をするのだった。