とある領主の一日
やぁやぁ、どうも私はとある地方の領主をしているザラス・ノードルマンといいます。巷では大公なんて言われ方してますがただのジジイです。実はつい最近妻が病気で倒れてしまいましてね。いやいや、もう大丈夫ですよ。娘が魔法を使って治してくれましたから。え?…。はははっ、いや全く自慢の娘です。治癒の魔法に適性があったらしく聖女とも呼ばれているとか。へへ、既に長男は私の跡を継ぐべく勉強の為出払っておりますからな、ついつい甘やかしてしまいます。そうそう、その娘がこの間山賊に襲われたそうなのですよ。えぇ、物騒な話です。娘はたまたま出会わせた勇敢な若者に助けられたそうですが…。山賊の数が少なかったのでしょうな。ついておりましたよ。…ふぅ、少し喋り過ぎましたかな。…どうしてそんなに心の中で話しているのかって?。…現実逃避ですよ。目の前の現実が受け入れられません。
ある朗らかな日、ザラス・ノードルマンは自室にいた。
「…そうだ、久し振りに指輪を磨いておこう。この指輪はエリザベスの旦那となる者に授ける予定。エリザベスにも末永く付き合いたい者にしか渡さんと言ってある。しっかり手入れをしておかねばな。」
部屋の奥にある金庫を操作し中から小箱を取り出す。その小箱にも厳重に鎖が巻かれている。
「まぁ、この指輪を授ける者は儂が当代最強と認めた者だ。…暫くは現れんじゃろうな。少なくとも儂の目の黒いうちは。」
ザラスは娘を溺愛している。その為候翼の指輪を理由に手元に置いておこうと考えていた。
『…ジャラジャラ…カチッ』
巻かれた鎖が解け箱が開かれる。
「……………。」
『…カチッ』
中を見たザラス。何も言わず箱を閉じるそしておもむろに右手を眉間に伸ばし揉み始める。
(…最近忙しかったなぁ。書類も一杯読んだし目が疲れている。…それに近頃老眼も始まったようだ。眼鏡を作らねばならんな。)
心の中であれこれ言い訳がましいことを考えること暫し。
「……ごくっ…。」
『カチッ!』
「…なんでじゃ‼︎。」
覚悟を決めもう一度箱を開け中を覗き見る。しかしいくら見ようともそこには本来あるべきはずの指輪の姿はなかった。そして冒頭に戻る。
はい、現実逃避終わり。…慌てるなザラス・ノードルマン。考えるんだ。何故指輪が無いのかを。
「その指輪でしたらお嬢様が持ち出しておりましたよ。」
まず儂は厳重に保管しておった。鎖も巻かれておったし。いや、待てよ金庫の暗唱番号と鎖の鍵さえあれば…。
「更にある男に渡していましたよ。」
この鎖の鍵に関していえばこの屋敷の執事長、家政婦長クラスになると知っておるな。しかし暗唱番号か、…うーむ、これは…儂しか知らんはずなのだがな。…因みに番号はエリザベスの誕生日、絶対に忘れることはない。ありとあらゆることを忘れても妻と娘のことは忘れんぞ。
「…はぁ、…エリザベスが結婚するそうです。」
「なんだとお前!。適当なことを言っておると処刑するぞ。」
「嘘でございます。…旦那様ら候翼の指輪はお嬢様が持ち出されました。」
「エリザベスが?。何故…そのようなことを…」
「更に男性に渡したそうでございます。」
「…え、本当に?。」
「えぇ、本当にございます。」
「…………⁉︎。」
「だ、誰か!。旦那様が倒れたぞ!。早く寝室にお運びするんだ。そして今日あった事をなかったことにしろ。」
屋敷中に怒号が飛び交う。ザラス候翼の指輪がないことよりもエリザベスが結婚の証として指輪を持ち出したと勘違いし気を失ったのだった。