暴牛の片鱗
放たれたルナプレク。背後を取られた状況下でアルタイルは未知の感覚を感じていた。
(…これが…戦士の世界。圧倒的に濃縮された時間か。)
自分の背後に迫る斬撃。自分への到達までの時間はほんの僅かなはずだった。だがアルタイルは余裕を感じていた。高速化する思考。その中で最善と思われる行動をとる。既に体勢を悪くしているならそれに逆らう必要はない。そのまま前転の要領でユーリの攻撃レンジから離れる。
「…そんな回避が!。…でもまだ…グーちゃん!お願いします。」
敵に背を向けたままの回避に驚愕するユーリ。だが相手はアルタイル。自分の予想など超えてくる存在と心を締め直す。回避したとはいえまだ万全の体勢ではない。ならばここは攻勢を強めるべき。両手のルナレイクを細かく操り更にグーちゃんの水魔法を使用する。
「…悪いな…今の俺には…遅すぎる。」
追撃をかけるユーリに届くそんな声。その瞬間ユーリの全身に悪寒が走る。それはまさしく暴牛と向き合った時の感覚と同じだった。首にルナレイクを添えていても勝ち筋が見えなかった。その記憶が呼び覚まされる。アルタイルは一度も振り向くことなくユーリとグーちゃんのコンビネーションを躱し続ける。
「…っ…私は…強くなる。」
ユーリは一瞬飲まれそうになりながらも攻撃を続ける。強くなると決意した、体でも、技術でも完全に劣る。でも心でだけは負けたくない。そんなユーリの思いを逆手に取るような行動をアルタイルが起こす。
「…きゃ⁉︎…砂が…」
ユーリの攻撃の隙をついて足元の砂を後ろに蹴り上げたのだ。不意を突かれたユーリは攻撃の手が止まる。そしてその一瞬はある種のゾーンに入っているアルタイルの前では致命的だった。即座に体を回転、その勢いのままにユーリに肘打ちを食らわせる。
「…かっ…!…まだ…え、…」
肘打ちを交差させた腕でなんとか防いだユーリ。しかしアルタイルの姿がない。戸惑うユーリ。だが答えはすぐにもたらされる。
「…ガードをする時は下への警戒を怠ってはいけない。」
アルタイルはユーリの足元にいたのだ。そのまま足払いでユーリの両足を刈るアルタイル。ユーリがガードで上げた腕。それによって生じた死角に駆け込んでいたのだ。
「…かはっ……あ、…」
足を払われ仰向けに叩きつけられるユーリ。そのまま眼前には今まさにその拳を振り下ろさんとするアルタイルの姿。
「…グーちゃん!。」
咄嗟にグーちゃんの透過を発動するユーリ。この時ユーリは気づいていない。この流れが先ほどと変わらないことを。そして目の前の男が意図的にその流れを作り出したことを。
「…君のそれは一度見ている。だから忠告する。今の僕には触れない方がいい。風の刃で切り裂かれたくないなら。」
ユーリに対して寸でのところで拳を止めたアルタイル。一方のユーリはカウンターを狙っていたのだがその動きを止める。もし今カウンターにいけば確かにアルタイルの体自体は透過でやり過ごすことが出来ただろう。だがその身に纏われた風によってユーリは斬り裂かれていた。その事を理解したのだ。
「…参りました。」
降参を告げるユーリ。その目からは涙が流れている。途中からアルタイルの思い通りに動かされていた事に気が付いたのだ。
「…気が付いたのなら僕が言う事は何もない。ただ…一度ヒヤリとさせられた。前回はそんな事なかった。これは偽りない本心だ。」
それはアルタイルとユーリの戦力差を考えれば最大級の賛辞だった。実際ユーリの成長速度はアルタイルをもってしても予想をし難いものだったのだ。
「…足りないのは経験。それは僕と同じだ。またいつかお互いが経験を積んだ時刃を交えよう。」