ある記憶、そして旅立ち
何もない白い空間。いや、何もないということはない。白い壁、白い天井、所々見える黒い穴、そして…白い服を着た自分。物心ついた時から見た光景はこの場所と後一箇所だけ。その2つを往復する日々。この様な状況、当然自我というものが芽生えるわけがない。自分が何なのか、それすらも分からず時が過ぎていく。
「…この検体は中々適性が面白い。」
「それならば1つ進めましょう。」
「そうか。…よし第2段階に移行する。これよりお前はS-4だ。分かったか。」
ある日突然話しかけられた。
「あ、あぁ?、…う、うぁ、」
今までコミニケーションを必要としない生活を続けていたのだから当然返答は出来ない。というより話しかけられた内容も理解できない。
「…ちっ、言語能力もないのか。研究に差し支えるぞ。適当に会話ぐらいできる様にしておけ。それからこれからの検体にもコミニケーションが取れるようにしておけ。」
「…この研究が実を結べばこの世界は変わる。生まれながらの才能などに左右されない。素晴らしき世界に。」
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魔族の撃退から数日たったある日。オウギは次の街に向かう準備を終え別れを告げようとしていた。
「オウギさん、もう行っちゃうんですか?。リリィ寂しいよ。」
街の端で少女、リリィがオウギに声をかける。この数日で余程オウギに懐いたのであろうその顔は寂しさを隠しきれずオウギの腰元に抱きついている。
「うん、僕は…世界を見て回りたいんだ。色んな物を見て、色んなことを知りたい。それが僕のやりたいこと、そして約束なんだよ。だからごめんね。」
そんな少女の頭を撫でながらオウギが言う。その言葉には何故か誓いのような雰囲気があった。
「約束……約束なら、仕方ないね。ごめんなさい、我儘言っちゃって。」
約束…、オウギは自分が助けを求めたら現れるという約束を守った。オウギが約束を大事にしていることはわかっている。だから引き止めることは出来ないと幼いながらに悟ったのだ。リリィはオウギから離れる。
「…そうだ、約束をしよう。僕は世界を見て回るつもりだ。だけどそれもいつかは終わりが来るはずだ。その時、その時はもう一度この街に来るよ。そして君に色んな話をしてあげる。」
オウギはしゃがみこみリリィと目線を合わせ言う。そして右手を前に差し出す。
「うん、わかった。約束だね。……報酬を前払いしてあげる。…『チュッ』…またね。」
リリィがオウギの頬にキスをする。そして顔を少し赤くしながら走り去ってしまう。
「…先払いで貰っちゃったらなんとしてでも来ないとダメだね。」
「…オウギ殿、そなたの活躍により街は魔族の脅威から救われた。本当に感謝している。これはその礼だ、どうか受け取って欲しい。」
冒険者ギルドマスターであるハイドがオウギに袋を差し出す。
「本来ならこんな物ではなく国からの勲章を授与されてもおかしくないのだがな。」
「中身は『治癒の丸薬』。その中でも最上位の物だ。体の欠損でさえある程度なら治癒してくれる物だ。と言ってもオウギ殿ほどの魔法を使えれば必要ない物かもしれんがな。」
「いえいえ、こういう道具はあればあるだけ良いですからね。ありがたく頂きます。」
オウギが胸元に袋をしまう…仕草をしながら亜空間に収納する。
「オウギ!。お前には大きな借りがある。何かあれば言ってくれ。俺たちはお前の為なら命ですら差し出す。」
コール達からも声がかかる。当初オウギに絡み、圧倒され生かされ、更に魔族の脅威からも助けられた。その恩義を彼らが忘れることはないだろう。
「…ありがとうございます。でも、命は大切にしてくださいね。」
「それでは皆さんまた会いましょう。」
こうしてオウギの旅は続く。