龍王の依頼
『…其方の頭の上にいるのは龍の子。どこで拾ったかは知らぬがそれなりの強さがなければ懐かぬ。…私は今困窮している。力を貸してくれ。』
空から響く声。明らかにその声の主は1人、いや一頭だけだった。
「…え、嘘。…まさか…ミシュライオン…様…ですか?。」
アネッサが戸惑いながら尋ねる。このパーティーの中で最も常識のあるアネッサは今その身に起こっていることの異常さをはっきりと理解している。
『…そうだ、私はお前たちがミシュライオンと呼ぶものである。…それはいい、だが…私が話しかけているのはそこの男だ。大いなる可能性を秘めた龍の子を連れし男。お前の名は何という。』
アネッサの問いには答えるミシュライオン。しかし自分が意図した方向に話が進んでいないと、辺りに魔力を撒き散らす。伝承では恵をもたらすとされるこの龍も一頭で国を滅ぼすとされる龍王であることに変わりはない。
「…『不可侵の封域』…。僕の名前はオウギです。その魔力を止めてください。せっかく芽吹いた命が…枯れてしまいます。」
オウギは魔力の壁を頭上に展開。ミシュライオンの魔力を散らせ雨によって芽が出たばかりの緑を守る。
『…ほぅ、私の魔力を受けて。…成る程成る程良いな人の子よ。いや、オウギよ。改めてお主に願いたくなった。私の願いを聞いてくれるか?。』
「それは内容によります。僕は唯の人間です。出来ることはその範囲でしかありません。」
『…私の格別に大事にしている土地がある。そこに異物が混ざった。私自身が介入すればそこの土地が崩壊してしまう。だからオウギにはその異物の排除を頼みたい。』
「…大事にしている土地?。僕たちは徒歩で旅をしています。あまり離れた土地だと…」
『案ずるな。その土地の名はカラッサス。この道の先にある。そこでは3年に一度私の為に供物を捧げる祭りが催されている。だが…最近カラッサスの湖がおかしい。私の魔力を含んだ雨の恩恵を…横取りされている。…頼めるか?。』
「…分かりました。出来るだけのことはしてみます。ですが僕の手の及ばない事柄の時は手を引きます。良いですね。」
『…そうか、分かった、それで良い。……因みに聞いておく。その龍の子は…無理やり連れてきたわけではないな?。もしそうなら今ここでお主を殺さねばならない。』
オウギとな交渉を終えたミシュライオン。それが突然負の魔力を身に纏う。それを見てアネッサは即座に影を展開。ユーリと一緒にいつでも潜れるように備える。オウギはいつの間にかその右手に光り輝く大剣を握りしめその切っ尖をミシュライオンに向けていた。
「…カノンはあなたと同じ龍王から預かっています。大切な仲間です。」
『龍王からだと?。…誰だ?私たちの中でそんな…』
「ガルガンディアと言う名前の龍王です。」
「…な⁉︎あの凶暴鬼畜女…いや、お姉様の子供でしたか。何と世界は狭い。私は昔お姉様にはよくいじめられて…じゃなくて世話になったものです。そうか…それでその煌めきを持つか。」
ガルガンディアの名前を聞いた瞬間取り乱すミシュライオン。体勢を崩し空中にいるのに落ちそうになる。そして身に纏っていた魔力も消える。
『…キュアキュア!。…キュアァ』
『何と!うむ、この人間はそこまでの男だというのか。…では無理やりではないのだな。』
『キュ!』
『…そうか、失礼した。…この子はあの龍王の娘とは思えぬくらい話がわかる。オウギよ、なんとしてもこの子を清いまま育てるのだぞ。絶対に母親と同じにしてはならん。それでまた何体もの龍が心と体に傷を負うことになる。良いな。それと…カラッサスのことは頼んだぞ。』
ミシュライオンはカノンとのやりとりを終えるとしみじみとしオウギに忠告をする。曰くガルガンディアと同じように育ててくれなと。そして最後にカラッサスのことを念を押し飛び去っていった。その間も雨を浴びた辺りの大地は草が生え林になっていた。
「…なんか結局何に必死だったのか分からなかったね。…でもオウギさんは助けたいんでしょ?。」
「えぇ、出来る限りのことはしたいですね。」
「オ、オウギ様、見てください。虹が出ています。」
ミシュライオンが去って行った方向には綺麗な虹が輝いていた。