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2-⑥ 余は……余はそんなつもりじゃなかったのじゃ……

 最初に心配したのは毒の存在だった。食べさせることに執着しているのは自白剤か殺害するための何かがあるのではないか、そう考えた。

 しかしそんなものは杞憂、とでも語り掛ける様に味が口の中を満たす。待ち望んだ、味噌、肉、野菜、様々な食べ物が混ざり合い奏でる、豚汁の味。

 だがそれを堪能することは無かった。それらをかき消すある一点の感情がブリアにあった。


「あっっつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 舌を焦がす熱量の存在だ。感覚神経が集中している粘膜を焦がす。

 沸騰寸前とまではいかないが、かなり熱エネルギーを持つ豚汁を流し込まれれば当然と言えば当然の話であるのだが。

 が、それをシコロモートは気付いていなかった。からからと笑いながら


「どうじゃ? うまかろう? 何せギムコの奴が作ったもの。じゃからうまいのは当然である。たくさん味わうと……」

「熱いっていってんですよバカ!」

 至近距離にいたため、さらには本人は良いことをしたと思っているので油断していたから、シコロモートはブリアのどつきをもろに受けた。


「な、何をする!」

「何をするだー!? それはこっちの台詞ですよ! あんたアホでしょ! 思考も行動も何もかも!」

 目を吊り上げ、口元をひくつかせる。血管という血管を浮き立たせた状態はまさに怒髪天を衝く。このブリアにシコロモートは先ほどまでの余裕は何処かへ投げ捨てたようだ。

 恐怖で引き気味になりながら尋ねてくる。


「な……何がじゃ? 何が問題が……?」

「全てですよ全て! 豚汁飲ませようとするのも方法も! その頭も! あんたバカでしょ!」

「ば、バカは酷かろう! 余だって一生懸命考えたんじゃぞ! 頑張ったんじゃぞ!」

「考えたって結果が伴っていないんじゃだめです! ガキのやることじゃないんですか……」


 そこで少しだけ冷静にブリアはシコロモートを見つめた。

 果たして彼女はどちらに分類すべきなのか。実年齢だけを見れば確かに子供ではないが、見た目と中身の点からどう判断すればよいか迷ったからだ。

 しかしシコロモートはここが攻め時とばかり、自論を広げてきた。


「だ、第一、豚汁おいしかったじゃろ? 熱々な方が食べてておいしいじゃろ? 腹をすかした奴にご飯を渡すのは悪いことではない! よって余は正しい!」

 本人にそのつもりは無かったのだが、彼女にしてみるとこれは開き直っているかのように見える。そして彼女もそのように見た。だから再び怒りが燃え上がった。


「限度があります! あんたは口に熱湯入れられて感謝するんですか! しませんよ普通!」

「で、でもお腹が膨れたじゃろ? 満腹になったじゃろ?」

「大体口からこぼれましたよ! 噛ませもせずに流し込もうとするのに飲めるわけないでしょ!」


 先のギムコのときと同様、反論をことごとく返される。しかも彼と違いかなりの剣幕で迫ってくるため、シコロモートはたじたじと後ずさる。


「あんたにどんな意図があったにせよ、私にはそれは全く伝わっていない! こういうのを独りよがりって言うんです!」

「!!」

「全く! 元魔王がどんな奴かと思っていたらこんな奴だったなんて! こんな自己中心的で自分勝手! 誰も喜ばせることもできない奴に率いられる部下も可哀想です!」


 吐き捨てるように言うとブリアは横を向いてしまった。見ていられない、という思いを代弁するかのようであった。

 そしてこの程度では怒りは静まらない。まだ続けていく。


「私の上司にもそういう人がいますけどね! 実力もあって尊敬もしていますけど人の悪口を言わずにはいられない人! 長所があっても短所で全てを台無しにしている人! 真面目な場面なのにふざけまくってくる最低な人!」

「あの……」


「『権力を持つものが頂点にいると調子こくから私がこき下ろして、上には上がいると暗に教えている』とか言ってますけど、あれはやりすぎです! 第一言うことを本人も楽しみまくってて、罵倒博物館と化している!」

「もしもし……」


「人の悪口を聞いていていい気になるわけないでしょう! 私はそういうのが大嫌いなのに! 確かにそれで盛り上がる人がいるのも理解はしていますけど、自分がそんな風に言われていたらとか、そんなん考えたらとても言う気には……」

「あの、本当にそこらへんにしておいてやってください。シコロモート様はもう泣いちゃってますので。あなたの話聞いてませんので」

「え?」


 ブリアが気が付いたら会話相手が交代していた。

 先ほどまでで追及していたシコロモートの姿は無く、そこには眼鏡をかけた一人の男、ギムコがいた。

 魔王であることは当然知っていたブリアは警戒するように一歩引くが、それはすぐ霧散した。

 すぐ側にいる泣いてばかりいるシコロモートを見たからだ。


「……………………」


 地面に蹲り、片手で渦巻き模様をいくつもいくつも書いていく。涙だろう、いくつもいくつも地面に水滴が落ちて色を土気色を変えていく。

 その様は、意気消沈を体現しきっていた。


「何ですあれ……?」

 自分は魔王と元魔王の近くにいる。それが事実なのだがそれを忘れて思わず尋ねていた。

 ギムコはため息混じりに答えた。

「……独りよがりって言われたのがすごく堪えたんですかね。あーなると長いんですよねえ……だから落ち込ませたくなかったんです……」


 芸に関わるものが言われたくない言葉。その頂点に君臨しているとさえいえるもの。『独りよがり』。それを真正面から浴びたら、少なくない衝撃を受けることは確実だ。

 そしてそれはシコロモートとて例外ではない。というかむしろそれは最も聞きたくなかったのだろう。だからこそ落胆、喪心、絶望の極致に沈んだ。


「余は……余はそんなつもりじゃなかったのじゃ……『あいつここんところずっとこっちを見ておるのう。ろくなものも食べてないようじゃし。いくら何でも可哀想じゃ。ようし、ここは今日の夕食を一緒に食べるのじゃ! あいつもお腹いっぱいになるし、そうすれば仲良くなれる!』そう思っておったのじゃ……そしてあいつに喜んでもらって、『お腹が膨れたじゃろう? 次は心を満たさねばなのう! 余の余興を見るがよい!』と言ってその後漫才やショートコントを見てもらって大ウケ! その後もっともっと仲良くなって口コミで色んな人族に広まり、そしてもっともっと多くの人族に新たなお笑いを見てもらって、そしていずれは人族全員に余のお笑いを……! それで戦争を防ぐのじゃ! と考えていただけなんじゃ……じゃから最初襲われても決して暴力での反撃は行わってはならん。この間は反撃してしまったから漫才を聞いてくれなかったのかもしれんからのう。だけど攻撃が終わるのを待っていたら熱々の豚汁が冷めてしまう。猫舌かもしれぬが、熱い方がおいしいにきまっておるのじゃ。早めに食べてもらいたいのじゃが……そうじゃ! 近づいてきたときに流し込んでしまうのはどうじゃろう! 美味しいものを食べればあいつも感動、攻撃をやめるであろう! 一石二鳥じゃ! と思っただけなんじゃ……仲良くなりたかったんじゃ……お笑いを見てほしかったんじゃ……」


 このような独り言を延々と呟きながら。それも地面を相手に。

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