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[中止中]伯爵の次男に転生したけど旅に出ます。  作者: 椎茸 霞
「そうだ、王都へ行こう」
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本気のパンチ

「主殿、少しよろしいだろうか?」


ヒビキさんが「紅茶を飲みますか?」と聞いてきたのでお願いしたところ、わんこ蕎麦を彷彿とさせる「おかわり攻撃」にそろそろ悲鳴を上げそうになった頃、ランに声をかけられた。


彼女から何かに誘ってくる、という事が余り無いので快諾し部屋を後にしたのだが、その時ヒビキさんは泣きそうな顔になり、

結局ランと落ち着いて話が出来るようになったのは、彼女が声を掛けてきてから30分程あとだった。


「どうしたんだ?」


「いえ…あの…えっと…だな…」


もじもじしている。

なんなら話方がヒビキさんばりに途切れ途切れである。


「何だよ?


…あ、スレイブキリングの事なら一応ちょっとずつだけど情報は集まっているよ?」


「え!?あ!そう!!そっちな!


うん!それはよかった!」


…スレイブキリングの話じゃなかったのか?


まぁ奴らの情報が集まって来ているのは嘘じゃ無い。

スレイブキリングには拠点…というか、そう言った「集会所」の様なところがあるらしいという事が分かってきた。

スレイブキリングと思われるメンバーの微々たる目撃情報を、信憑性無視で改めて細かく精査した。

その結果に出てきた可能性だ。

流石に徹夜でヒビキさんと仕事をしてた時は、何というか元の世界での残業を思い出して悲しくなったが…。


「スレイブキリングの事もそうなんだが、主殿。

折り入って頼みがある…」


「頼み?」


「あの…そのぉ…だな…


じ、自分と…手合わせしていただけないだろうか!!」


「断る」


「即答は酷いぞ!!!???」


いやぁ…だって、明後日には兄上サマのとこでも手合わせとかやるんだよ…?

マジで嫌なんだけど…。

てか、本当にこっちの世界の人はもぅ事あるごとに手合わせ手合わせ…なんなのさ…!


「こ、ここ、これでも自分は女郎蜘蛛(アラクネ)族でも、こ、好意をよく寄せて貰っていたが、誰とも手合わせしていないんだぞ!!」


「なに、お前の言う手合わせって「夜の手合わせ」的なエロい意味だったの…?」


「違う!そうじゃない!」


なぜか赤面し、シドロモドロなランの話は要領を得ず、最終的に意図が分かるまでかなり時間がかかったが、改めて説明するとこうなる。


ランは、ヒビキさんの家に来た時、俺が「殴る」と言っただけで止まったマリシテンを、かなり不思議に思ったらしい。

何度か手合わせをしたり、レイラへの指導を見ていたランからすればマリシテンの実力は火を見るよりも明らかだったにも関わらず、俺の言葉で引いたのだ。


そしてその頃から「俺の実力」について思考を巡らせ、かなり悶々としていたらしい。


ギルドでお世話になったユキカゼは、


「結構強いですよ、恐らくね」


と言っていたらしい。

あの人、そこは濁してたんだ…というか分かってたのかな?


レイラやアニスにも聞いたらしいが、


「兄さんは…そのぉ…規格外だから、戦いたいとか思わない方がいいよ…?」


「ご主人様ですか…?

何というか…ヒュッ!ドン!っていう感じです」


という返答だったとか。

レイラかわいいな。


苦肉の策として声を掛けたマリシテンに至っては、


「蜘蛛女は寸止めではなく、打ちのめされた方が良いんじゃないですか?」


と言って来たので、その後喧嘩したんだとか。

…一昨日の喧嘩の原因はそれか。


そして…考えあぐねた結果、俺に手合わせを頼んだ。


という事らしいのだが、

なぜシドロモドロだったのかと言うと、それは女郎蜘蛛(アラクネ)族のある風潮のせいだった。


元来、女郎蜘蛛(アラクネ)族は「蜘蛛」という比較的獰猛な虫の特色が色濃く反映されている為、全体的に見ても戦闘力が高いらしい。

アシダカアラクネはその中でも更に戦闘に特化していると言うのだから恐れ多い。


ただし、戦闘力が高い「にも関わらず」または「故に」…戦いをとても大事な行為と考える風潮があるとかで、

異性に「手合わせ」を申し込む、という行為は、

すなわち人間で言えば、異性を「ラブホテル」に誘うのと同じレベルで勇気が要るらしい。


ラン自身、それは女郎蜘蛛(アラクネ)同士の話であって、人間には関係のない風潮である事は理解していたものの、さすがにいざ言うとなると急に恥ずかしくなったんだと。


その上俺が即答で断ったのだ。


人間の風潮で考えてみる。


女「私とラブホテルに行きましょう!」


男「断る(即答)」


・・・うわぁ。

コレは怒るわ。


「ラン、事情は分かった…けど手合わせはマジで勘弁してくれ。

そもそも俺は戦闘は得意じゃない。

誰かに何か習ったわけでもないし、第一人を本気でぶん殴った事もないんだよ?」


人を一刀両断した事はあるけど…。


「でも、自分はシスターモドキ達の話や反応を見るほどに、主殿の事を思考し、

動きや技術を想像し、持久力や速度を空想し、悶々としてしまうのだ!!」


この人、ホントに「手合わせ」ってエロい意味じゃないんだよな?

言葉だけみたら勘違いしそうな言い方すんなよ。


「あぁ…手合わせって言うけど…要は俺の実力が見たい…って事で良いわけだな?」


「…そう、なるな?」


「よし…分かった」


俺はそう言って一旦ルーシーさんの元へ行き、ランの元に戻ってきた。


「んじゃ行くか」


ランは輝きに満ちた顔でコクコクとうなづいた。

キレイな顔の女性が、子供のみたいに嬉しそうな顔で頷くのはギャップ萌えと言うか…かわいいな。

…下半身はがっつり蜘蛛だから…まぁそれもある意味ギャップだけど。


〜〜〜〜〜


やって来たのはヒビキさんの家の地下である。

元は酒蔵だったらしいが、ヒビキさんは酒を飲まないと言う事で、ここにあった酒樽は全て売り払ってしまい、無駄に広い…それこそ家の敷地面積分のただの空間が空いている。


建築の構造上、どうやってこの上の家を支えているのか不思議になるくらい、柱も何もない広い空間だ。

更に言えば、この空間いっぱいに酒樽が有ったと言う話だから恐ろしい。


…いや、よくよく考えたら、ユキカゼさんが用意した家なんだよな?

…あの人、初めて会った時もガブガブワインを飲んでたっけ。

やっぱ飲んべぇ…もといかなりの酒好きか。


ちなみに、この空間はマリシテンとレイラが良く訓練に使っているし、薪や丸太も置いてあり倉庫のようにも使われているが…物置部屋は家の中にあるし、

丸太が置いてあっても余裕の広さだ。


…とりあえずこの丸太を使うか。


「ルーシーさんは、この丸太って素手で1発殴って折ったり出来る?」


俺は何本か置かれた丸太中で、手近な1本を指差して言った。

目測で直径30…いや40cmくらい、長さは2m程度かな。

本来ならある程度更に切ってから薪にするための丸太だし、いいか。


「素手で…ですか?

身体強化系のスキルや魔法の話をしているんでしょうか?」


「いや、それも無し。純粋な腕力」


「無理です。私のレベルはやがて40ですが、せいぜい表面を少し割る程度だと思います。

それに、そこの木は昨日買い付け、乾燥させていない生木ですから、1発の殴打で折るとなると、尚更に無理ですね」


Lv37のルーシーさんが無理か…。


「亜人の方が人間より強いと言っても…生木か…。

スキルもなく折るのには、さすがに何回かは殴らないとダメだと思う。

それに何回もと言うのも、下手すれば何十回かも知れない…」


Lv32で亜人のランも無理…。


「コレ、1発で殴り折ったら凄い?」


「無理ですね」


「ああ、凄いと思う」


お互い諦めてるな。

さて…そこまで否定されるとやってやりたい気もするけど、出来るか不安になってきた。

ま、自分のレベル…と言うか、「チートなレベル」を信じようか。


俺は丸太を立て、その前で1つ深呼吸をした。


何も考えず、ただただ目の前の丸太に向かって全力で拳を撃ち放った。


結果は…ぶっちゃけ俺の予想とも違ってた…。


「ぁ…ぇ…主殿…?」


「えぇっと…あはははは。」


笑って誤魔化そうにも…これはなぁ…。


俺の全力のパンチ。

スキルの発動は無し。

レベル657の人間が放った「ただのパンチ」。


それは直径40cmの丸太を小枝くらいの細かさに粉砕した。


今、俺の周りに落ちているのは木の破片だ。

そして、丸太の後ろにある壁には、その大半の木屑が全てめり込む様に張り付いていた。


ふと見ると、ランもルーシーさんも耳を塞いでいた。


「えっと…そんなにうるさかった?」


確かに、バコーン!みたいな音は鳴ったけど…そんなにか?


・「聴覚保護」10


あれ…スキルが付いてる…。


「ぁ、主殿…なんだその力は!

スキルも魔法も使って無いって…そんなわけ…!

それに…あの音!

何か…なんと言うか…あの凄まじい音は!」


凄まじい音って…俺からしたらそんなに酷いものじゃ無いと思ったんだけど…このスキルのおかげか?


「いったい何が…あったんです…か?!」


慌てた様子でヒビキさんとレイラが地下室に降りてきた。


「…いや、丸太を全力で殴ったら…なんかこんな事に」


俺の説明を聞きながら、白髪の女性は地下室全体を見渡した。


「ヤマトくんが…全力で…丸太を殴った…だけ…なんです…か?」


俺はなんかすごく悪い事をした気分になりながら、黙ってうなづいた。


「そうですか…わかりました…。

でも…余り家を…壊さないで…下さい…ね?」


ヒビキさんはそう微笑むと他の皆を地下室から連れて行った。


「でも…掃除は…して下さい…ね」


去り際にもう一度微笑んでヒビキさんも地下室を去った。


同じ転生者として、何か察してくれたんだろうか…。

よく考えれば彼女もレベルは99だ。

それなりに「常人」離れしてるはずなわけだしな。


俺は甘んじて地下室のお掃除指令を受け入れた。

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