カルナの妹/亜人の今後
「テレシアー!いるかーい?」
勢いよく商会の扉が開け放たれた。
こんな風に入店…と言うか、帰ってくるのはウチの主人くらいだ。
「カルナ、いつも言っているでしょう。
そんな蹴破るみたいにドアを開けないでください。
既にカルナのせいで4回も修理してるんですから!」
「え?あれ?3回じゃなかった?」
「4回です!!」
バルバトス商会。
その主人であるカルナは、アタシの姉である。
正直…ホントに姉なのか怪しくなるほどアタシとは性格が異なるわけだけど。
「で、今回は帰りが遅かったですね。
まったく…従業員のスケジュール管理をするアタシの身にもなって欲しいものです!」
「悪かったって!
面白い少年に会ったり、捕まったりしてたからさぁ」
「捕まった!?
なんですか?遂に法を犯したんですか!?」
「いや違うって…
あ、そうだ、コイツら紹介するわ。
しばらくココで働いてもらうから」
よく見るとカルナの後ろに2人の人影が見える。
カルナに諭された2人は前に出てきて、お辞儀をしてきた。
カルナに引けを取らないくらいの装飾過多な少女と、
にこやかに微笑む好青年。
「…ってその2人って奴隷!?」
奴隷首輪つけてるし!
「お!そうじゃ!外すのを忘れていたわ」
少女の方が言うと、青年も「あぁ、そうでした」と微笑んだ。
てか、この女の子「〜じゃ」って言った?
何歳なのよ?
すると、なにがどうなっているのか…2人とも、難なくその首輪をカチャリと外した。
「え?ちょ…は!?」
それと同時に気が付いたのだが…青年の方、亜人?!
「あはは!アタイも忘れてたわ」
「ちょちょ、ちょっと待ってネェさん!
あ、ああ、あ、亜人じゃないの!!」
驚きすぎてカルナを「ネェさん」と呼んでしまった。
「ん?そだよ?」
「そだよ…って、亜人を雇うっての!?しかもこの王都で!?」
後で気が付いたけど、完全に素が出てしまっている。
変な姉の妹として見られない様、言葉遣いとか気をつけてたんだけど…さすがにそんな配慮は出来ないくらいに驚いていたし…。
「ま、ちょっといろいろあってねぇ…
詳しく話すと長くなっちゃうんだけど、いいかい?」
「むしろ詳しく話しなさいよ!!」
〜〜〜〜〜
時は数日前に遡る。
カルナはフェリオルに呼ばれ、彼の個人テントに来訪していた。
「んで、団長様が何の話だい?
言っちゃなんだけど、アタイはしがない駆け出し商人だからね。
それに「武器を手配しろ」とか、扱う品的に無理だって事を先に言っとくよ」
「構わない。元より、私は人間にせよ亜人にせよ、血が流れる様な事態はできる限り避けたいのだ」
ウェーターのテントやヤマト達に手配されているテントとも違い、こじんまりとしていて、誰よりも質素な内装だった。
「まず、今回の手荒な歓迎についてだが…こちらとしても、苦心して入手した結界を急に破られた事もあるので、お互い不問にして頂こう」
「それは別にいいよ」
カルナはキセルを取り出して、おもむろに火を点けた。
「ありがたい。
では、本題に入りたいと思う。
ウェーターから聞いただろうが、我々はこの国の摂政、エドモンテを狙って集まっている。
元は人間社会から逃げたり追い出された亜人の集団と言うだけだったのだが…現状は見ての通り反政府集団同然の集団だ…」
語り始めたフクロウ頭の団長の表情は憂いを帯びており、その表情が本心から来るものである事は、「鑑定:人間」のスキルを持つカルナには何となく理解できた。
「正直に答えて頂きたい、商人よ。
お前を話の通じる人間として問いたい。
我々「亜人」と呼ばれる種族が、人間社会と上手く共存する事は出来ると思うか?」
カルナの表情は難しいものであった。
ウェーターとの話にも出た「クリスニア教」…。
国教でもあるこの教えがある事と、
先走った亜人犯罪集団が犯した罪による、亜人に対する不信感。
この2つがやはりネックである。
暫く考え込んだカルナはいつもの調子で答えを出した。
「現状は無理だね。今すぐ何かをしたからって変わる様な問題じゃない」
フェリオルの要求通り、正直に答えた。
要求した本人も、その答えは予想していた様で、さほど落胆した様子はなかったが、それでも残念そうな表情は漏れていた。
「そうか…」
「でもまぁ…現状の打破についてなら、長期的に考えれば可能性はあるかね。微塵の可能性とも言えるけど」
その言葉にフェリオルの目が改めてカルナを向く。
カルナはその視線を「話を続けろ」と言うか 意思だと汲み取り、キセルを1度吹かしてから口を開いた。
「まず、簡単な方法で言うなら下のドラウス帝国を越えて魔王国まで行く方法。
コレは個人とか家族程度の規模で行くなら何とかなりそうっちゃなりそうだけど、距離があるね。
それにドラウス帝国は、こっちほど亜人迫害は強くないけど、治安は良くないし。
人攫いなんかしょっちゅうで、戦争大好き。
結果途中で捕まれば、戦闘奴隷になる事も考えられる。
でも一番早い方法はコレかな」
「それは何度か話に出ている事なのだが、エドモンテを討つ事の賛成派が多数なのだ」
カルナはキセルを吹かしながら続けた。
「だったら…やっぱ長期的な方かね?
今から話すのは、あくまでアタイが考えついた事であって、この話に乗ったとしても上手くいく保証はない「賭け」要素の強い提案だけど…いいかい?」
「・・・聞こう。それから判断する」
今までテントの中をふらふらと歩いていたカルナは、フェリオルの前のテーブルを挟んだ向かいに座った。
「まず、何人かアタイの商会で雇う」
「…なに?」
フェリオルは突拍子もないカルナの発言に怪訝な声を漏らした。
「あぁ、ま、最後までちゃんと聞きなよ。
亜人迫害の問題は大きく2つの原因があると思う。
1つは宗教問題。
正直言ってコレはアタイにはどうしようもないから、まずは置いとく。
2つ目は、「ニューオーダー」がやらかした事を起因とする「亜人は野蛮で暴力的」と言うマイナスイメージ。
この2つ目をどうにかする事は、頑張ればアタイにも出来そうだからね」
「それと、亜人を雇うと言うのは…どういう関係が…」
「アタイの商会は「魔獣素材」を扱ってる商会で、実際のところ「商会」としてはまだ駆け出しだ。
でも、ありがたい事に、日毎業績は右肩上がりを続けている。
「亜人」を雇い真面目に働き、社会貢献している所をしっかりと見せつける。
まずはアタイの商会の従業員。
次に取引相手。
更にはそこから噂は広まり、一般の人たちにも話が回れば、
「亜人」に対する見方は変わるはずさ」
カルナの考えをフェリオルは顎に右手を当てながら聞いていた。
「確かに無い話では無いと思う。
だが…何年かかるつもりだ?」
「まぁ…自分で言うのもなんだけど…現在の「バルバトス商会」の業績から算出するに、アタイの商会の今後の成長率などから見れば、早くて2年しないか下手すりゃ1年くらいかな。
でも、そこら辺は何があるか分からないからもっと掛かる可能性も全然ある。
商会自体が無くなるなんて事は、アタイが絶対にしないつもりだけど…そこは信じてもらうしか無いかね」
フェリオルは深く、そして慎重に思考を巡らせた。
亜人に対する現状。
目の前の可能性。
今後の亜人の未来。
「亜人に対する世間の風当たりが、ある程度でも緩和出来た後はどう考える?」
「取り敢えず…アタイが商会を立ち上げるに当たって、協力してくれたギルドのお偉いさんが居るからね。
そのお偉いさんはギルドの仕組みを改革したり出来る様な人間で、それなりに貴族とか高官にも繋がりのある人らしいし、
風当たりが緩和したと感じたら、そいつも交えて改めて計画を立てる感じかね。
ま、アタイの商会で出来るのは、今ざっと考えただけでこんな感じかな。
一応、それ以外に何か方法があれば適宜調整するけどね」
フェリオルは驚いていた。
本音を言えば、自分の利益のみを考えた様な提案を出されると思っていたからだ。
もう1人の少年も、亜人に対する偏見は無い様子であったが、「冒険者」と「商人」と職種が違うことに加え、彼はどことなくまだ「世間を知らない」様な雰囲気がある…フェリオルはそう感じていた。
ヤマトは確かにこの世界に転生して半年もしないので、その見方は概ね合っているとも言える…。
結果として、商人であり恐らく見聞も広いであろうカルナとは、元々話をしたいと考えていた。
ただ、ウェーターとのやり取りを聞いたがために、それが早まったに過ぎない。
そしていざ話をしてみると、予想に反して真摯にこの問題について考えてくれている様子である。
結局、フェリオルは耐え切れずにカルナに問いを投げた。
「ここまで考えてもらった上であれだが…
お前にどの様な益があるのだ?
今の所私は、我々に都合がいいのみにしか解釈できていない」
キセルを吹かしたカルナは口の端を片方、クイっと上げて笑った。
「アタイらの取扱う品は「魔獣素材」だ。
てことは魔獣を倒して、その角やら皮やらを集めたりする必要がある。
聞くところによると、亜人は人間より身体能力が総じて高いらしいじゃないか?
なので、その魔獣討伐班に入って働いて欲しいわけ。
まぁちゃんと向き不向きは配慮して、戦闘が苦手なヤツなら雑務をこなしてもらったりするけどね。
詰まる所、アンタらを雇う事が出来れば、アタイの商会での働き手が増える。
働き手が増えれば、事業拡大が出来るの。
それとさっき言ったけど、ありがたい事にアタイの商会は日々右肩上がりが続いているからね。
つまり忙しい。
なのに、ここんとこ従業員の不足が目立ってきたからねぇ…。
少年…ヤマトと一緒にここを通ったのも、従業員不足が原因とも言えるし。
取り敢えず、
長い目で見りゃ、アタイらにもちゃんと益はあるって事さ」
フェリオルは納得を得た顔をした。
「商人…いやカルナよ。
この話は、まだ全体には話さないでおこうと思う。
できるだけ内密に…。
今の話を踏まえ、元から人間社会に興味が向いていた数名から同行者を選ぼうと思う。
同行者は、「見張り」の役割も担うが、先んじてそちらの商会に馴染んでもらう…布石という事にもなる。
よろしいか?」
カルナもキセルを仕舞った。
「いいよ!
まぁそれ以外の部分で気になるところがあれば、追々煮詰めていこうじゃないか…フェリオルの旦那!」
〜〜〜〜〜
「亜人のクーデターもあれだけど、それを止めるためにウチの商会で亜人を雇うって…どうしたらそんな話が…」
頭が痛くなってきたわ…。
やはりと言うか、さすがと言うか…ネェさんはネェさんだわ。
と言うか、まさかネェさんが連れてきた2人の内、女の子の方も亜人だったとは…。
でも…そう考えると、以外とバレない?
いや、でもさすがに隠し通すのはアレだし…。
最初は少ない出勤から、徐々に顔馴染みにしていきつつ…あぁでもそれだと不意に知れた時が大変か…。
だとしたらいっそ先に言っておいた方がやっぱり…。
「あぁ…テレシアが考え始めたわ…。
こりゃ長いね。
んじゃ取り敢えず建物の中を案内するかね。
2人とも着いといで」
〜〜〜
カルナやフォルグス、ミーアが目の前からいなくなっている事にテレシアが気がついたのは、
それから40分程後である。




