レイラの稽古
「確かにウェーターは古株だが、そういった話は団長である私にするべきだと思うがね?」
フクロウ頭の男=フェリオルが顎に手を当てながらそう言った。
入口近くに座っていたタルナスとセルディアは急いで立ち上がり身体を強張らせている。
「そういった話って事は、内容はきいてましたよね?」
キセルを咥えつつ、カルナさんは数歩フェリオルに歩み寄った。
「まぁな…」
「で、どうでしょう?アタイの提案は」
フェリオルとカルナさんが視線を交錯させる。
なんと言うか…これはこれで何かやり取りをしているみたいに見えるな…。
20秒程の後、口を開いたのはフェリオルの方だった。
「見張りはこちらで選ばせてもらう。
明日には選出するので、それまでは簡易テントで過ごしてもらう」
「団長っ!?」
「ウェーター、団長としての決定だ。
何かあれば、後で来い」
ウェーターさんは開きかけた口を閉じ、空のカップに改めてコーヒーを注いだ。
〜〜〜〜〜
簡易テントと言っていたのでどんな物かと心配していたが、思っていた程悪くは無かった。
何なら、そのテントの横には既に俺たちの馬車、そしてポチとタマも一緒に運ばれていた。
中は…さすがにこの人数だと寝るには狭そうだが…。
まぁマリシテンは大概座って寝てるし、俺は馬車で寝るとして…問題ないかな。
「それじゃぁ何かあれば彼女に言ってくれ」
団長さんは思ったよりも友好的に接してくれた。
「ピルーナです↑よろしくお願いします↑」
何だろう。
見た目は16〜17歳くらいなのに、小学校低学年の子みたいに語尾が上がる感じの喋り方。
「ピルーナ・ピピン 21歳 Lv19 亜人種/背翼人」
21歳かよ。
背翼人と言うだけあって、彼女の背中には天使のような大きな羽根が付いていたが、その色はどちらかと言うとセキセイインコの様な感じの青と白のグラデーションがあり、髪の毛も同じ様な色だ。
「商人よ」
団長さんがカルナさんに声をかけた。
「ピルーナを始め、鳥系統の亜人は特有の鳴き声で、他の亜人に悟られる事なく連絡が取れる。
私に何かあれば活用してくれて良い」
「ありがとうございます、フェリオル団長」
ウェーターさんに対してのさっきみたいな挑発的な態度ではなく、割と真摯な態度だ。
まぁあの2人はなんか凡人思考の俺にはわからんやり取りをしてるんだろうな。
〜〜〜〜〜
1日のロスが確定した。
さてと…逆にこうなると何をしようか。
最悪、レベルにものを言わせて無理矢理ここから逃げる事も可能だが、そんな無粋な事はしない。
「はぁ!!」
キン!
「ほら、また左手の握りが甘い!!」
カン!
「ハッ!!」
ギィン!!
「踏み込みが浅すぎる!!」
簡易テントに移動して約1時間くらいだろうか?
馬車の中で俺は寝っころがりながら本を読んでいたのだが、少し離れた所から稽古の様な音と声が聞こえることに気付いた。
「聞き耳」スキルで改めて声を聞いてみたが…
「レイラと….ラン?」
なんか聞き慣れた声だ。
俺は音のする方に静かに歩いて行った。
少し進んだ開けた場所。
ランとレイラが双剣の訓練を行っていた。
何か型とかの練習ではない。
実戦形式という感じだ。
ま、さすがに剣は刃が付いていないみたいだけど…でもあれは当たったら痛いだろうなぁ…。
「いつもの事です」
「うわぁ!びっくりした!!」
マリシテンが横に立っていた。
油断すると本当怖い子だわ。
「いつもああやって稽古をしています」
「思ったより本格的なんだな」
「そうでしょうか?」
いや、魔獣狩り一本のお前からしたらそうだろうけど…。
「まぁ恐らく小型の魔獣と1対1であれば問題はないと思います。
問題があるとすれば…」
そこでマリシテンは言葉を止めた。
「ん?なんだよ?」
「…いえ。なんか嫌な予感がしたので言いたくありません」
「嫌な予感って…なんか気持ち悪いから言えよ」
無表情ながらも、若干眉間にしわが寄ったのが分かった。
「…あの双剣術は女郎蜘蛛がやるには簡単でしょうが、人間の身体と近い作りの黒龍人には結構難しいと思います」
「へぇ〜…え?!」
それでもアレだけ付いていけてるのか?!
身体能力ヤバくね?
「なので、教わるとしたらもっと人間に近い亜人から習った方がまだ良いと思います」
あ。
なんとなくマリシテンの言った「嫌な予感」が分かった。
そこまで言われたら俺が言う事は決まっているからだ。
「じゃ、マリシテンが教えてー」
「嫌です」
即答かよ…。
「そんなにレイラの動きを見抜いてるんだったら、これからはもっと実戦的な動きが必要なだろ?
だとしたらお前が教えた方が効率良いと思うんだが?」
「・・・」
「返事がないって事は了承って事だな」
「え?!あ、ちょっと!!」
「おーい!ラン!レイラ!ちょっと話があるー」
「主殿?」
「ご主人様」
稽古真っ只中だった2人は俺の声に動きを止め、すぐにこっちに来た。
「マリシテンからの提案なんだけど、レイラの剣術担当をやりたいんだって」
「ちょ!ヤマト様!そんな感じでは言っていません!!」
「なんだ、シスターモドキ。また自分への当てつけか?教えるのが下手とかそう言いたいのか?」
ランが腰に収めていた本物の双剣に手をかけていた。
慌てて止めました。
マリシテンも手斧を取り出したからそれも止めました。
「いや、マリシテンが言うには、ランの双剣術は身体の構造上これ以上はレイラに難しそうなんだって。
だから、ここからはマリシテンが教えた方が効率が良いと思うんだと」
「あぁ…まぁ言われてみれば確かに自分の剣術は「アラクス」と言う女郎蜘蛛族に伝わる独特なものだしな…。
最近は孤児院にいた時よりもレイラ殿の成長が遅れている事も考えると…うむ、シスターモドキが言う事も理にかなっている」
腕を組みながら、ランはマリシテンを見下ろした。
最近はほとんど馬車で座ってたから改めて感じるけど…ランは身長が高いわぁ…。
マリシテンが小ちゃく感じる。
まぁ俺より小さいから間違ってはないんだけど。
しばらく考えた後ランは1つため息をついて、マリシテンに訓練用の剣を2本渡した。
「・・・コレが訓練で使っている模造剣だ。
死にはしないが当たれば痛い」
だろうな。
「私ならコレでもお前を殺せる」
「言ったかシスターモドキが!」
「やるか蜘蛛女!!」
「やめろ2人とも!!」
なんでこんなにも仲悪いんだか…。
「あのぉ…ご主人様、私は結局…?」
あ、当事者をおいてけぼりにしてしまった…。
〜〜〜
折角なのでマリシテンとレイラの訓練を見ていこうかと思う。
「では、始めます」
「よ、よろしくお願いします先生!」
レイラが深々と頭を下げた。
「せん…せい…。
よろしいでしょう、弟子」
「はい!先生!」
「弟子!」
「先生!」
「弟子ー」
「早くやれよ」
なんだこのコント。
てかマリシテン、なんか「先生」って呼ばれて喜んでないか?
…確か孤児院でも子供達に文字を教えてたって言うし。
もしかして「指導者」向きか?
・・・いや、あんな猟奇的な指導者はヤバイって。
「それではまず最初は、私の攻撃を避け続けて下さい。
反撃、攻撃は考えないで良いです。
避ける事だけを考えて下さい」
お?なんかそれっぽい。
それに意外だ。
あんな戦闘狂がまず教える事が「避ける事」って。
「はい、先生!」
「…行きますよ、弟子!」
「はい、先生!」
「でs…」
「その流れはもう良いから!!」
なんだあいつら。
めっちゃ仲いいじゃん。
「では…行きます」
数秒だった。
マリシテンの初撃は綺麗にレイラの腰に当たっていた。
「く…ぅ…」
左腰を抑えてレイラがその場に座り込む。
「2歩下がれば避けられましたよ。
ではもう一度行きます。立って下さい」
あらぁ〜思ったよりもスパルタ…。
「ぐ…はい!」
レイラは腰を押さえつつその場に立ち上がったが…大丈夫か?
元の位置に戻ったマリシテンは再び攻撃をはじめた。
1撃目は全く同じ左腰を狙った横振り。
レイラはそれを後ろに飛んで躱す。
2撃目は振った右腕での切り返し。
同じ腰を狙った攻撃だったので、レイラはそれもなんとか躱した。
3撃目。
左腕の突きがまっすぐ飛んできた。
レイラは寸前で、マリシテンから見て右方向に身を翻したのだが、
マリシテンはすかさず右腕で模造剣を振るい、4撃目はレイラの左肩を打った。
「今のは惜しかったです。左に躱していれば、私の口撃は少し間が空く所でした。
では初めからもう一度」
なるほど…結構ちゃんとしているみたいだ。
ちょっとスパルタ気味だけど…魔獣相手を考えたらこれくらい普通かもしれないな…。
取り敢えず傷薬が必要だろうし、アニスのとこに言いに行っておくか…。




