エルクール王国の亜人迫害
エルクール王国…現王は「マギニア・ヴァレンティア・エルクール」。
彼は4歳の頃に、王位に即位したと言う。
ちょうど、先代の王に兄弟もなく、親類にも男子が居ないなど、様々な要因が重なった結果そんな年齢で王冠を被る事になったとかで、国の運営は摂政の「エドモンテ・クリストファー」が行うこととなるのだが、
それが53年前の話だ。
今年で57歳となったエルクール王だが、幼少期から摂政の指示を受けていた事もあり、実質「お飾り」な部分が目立つのだとか。
「私たち亜人に対する迫害が強くなったのは、この現エルクール王が即位してからなんだよ」
コーヒーを啜りながら、ウェーターさんはそう話をしてくれた。
コーヒーが出来上がって話し始めた内容が、現在の王国の…しかも王様の話だとは、予想外だった。
「なぜ…そんな迫害が?」
「それは君達も知っているだろう?」
俺の質問にウェーターさんは鼻で笑いつつ呟いた。
「クリスニア教…」
ランがボソッと呟いた。
「そう。
人間至上主義であり、亜人は魔獣との混血として汚れているという教えだ。
加えてタチが悪いのは、クリスニア教徒にとって魔獣は絶対的な悪であり、その混血とされる亜人に関わる事も悪である事だ。
そんな教えが国教なのだから、国民が亜人を迫害するのは自然な事だよ。
現王が即位して1〜2年でクリスニア教が国教になり、それと同時に、異国のクリスニア教徒が流入してきたことも理由だな。
感化された国民はクリスニア教の考えに染まり、今まで付き合いのあった亜人でさえも、敵の様に迫害し始めたからね」
この国での亜人迫害は…50年ちょっと前からだったのか…。
意外に浅いな…。
「人間との付き合いを覚えている亜人は、これを摂政の「エドモンテ」が原因だと見ている」
まぁ…そうなるよな。
彼は実質王様より実権を握ってるわけだし、考えられるとしたら、その摂政が「クリスニア教徒」で、布教の為にクリスニア教を国教にしたって感じか。
「エドモンテは恐らくクリスニア教徒。これは少し考えれば思い当たる事だ…」
そう言ってウェーターさんはコーヒーを飲み、空のカップをテーブルに置いた。
「ここからが本題になる。
私たちは、このエドモンテを討とうと考えている」
「な…!?」
「本気っ!?」
アニスとカルナさんが、ウェーターさんの言葉に反応した。
ランやレイラはある程度予想していた様で、分かりやすい驚きは無かったが、
それでも、本当にそんな事を考えていたと知り、それなりに驚いた様な表情をしていた。
マリシテンは無表情…だけどいつの間に手斧を取り出した…?!
慌ててマリシテンに手斧をしまうよう諭したが、なんかすげぇ不服そうだった…。
「その為に、危険を承知で王国から目と鼻の先にあるこの森に本陣を構え、仲間を集めているわけだ。
今この段階で君たちを解放し、情報が漏れでもしたら、それこそ水の泡だからね」
口調自体は変わらないものの、今までの柔和な目は鋭くなり、顔が蜥蜴なせいか獰猛なハンターの様にも思える。
正直な話をここで1つ。
面倒臭い。
国への反乱?
やりゃいいじゃん。
ぶっちゃけ思い入れとか無いし。
だが、長い目で見た場合…
亜人が反乱→亜人への風当たりが今より強くなる→レイラ達との行動が更に難しくなるという事がある。
これが何より面倒臭い。
こりゃ…どうしたものかな…。
「なぁトカゲさん」
不意にカルナさんが口を開いた。
「仮の話をしよう。
仮に、
あんたらの反逆が成功…つまり、エドモンテを討ち果たしたとする。
その後はどうする?」
「その後だと?
そんなもの、これまでの迫害の歴史を知っている亜人が手を取りあい、人間との付き合いを以前同様の普遍的な物とし、亜人の平和な日常を築く事に決まっている」
ウェーターさんの言葉を聞いたカルナさんは、小さく1つ頷き、目を閉じた。
数秒後、開いたカルナさんの目は、ウェーターさんの目に負けないくらい鋭利な印象に変わっていた。
「アンタらのそんな未来なんてあり得ないね」
「・・・なに?」
ウェーターさんの瞼がピクリと動くのが見えた。
うぅわぁ…この場に居たくねぇ…。
一触即発って言葉がしっくりき過ぎる。
レイラ、アニス、ランも同じ感情の様だ。
そして護衛で来ていたタルナスとセルディアに至っては、見た事も無い顔面蒼白になってるし。
「君たちは、他の人間とは違うと思っていたが…勘違いだったかな…?」
「それはアンタの見解であって、そんな意見はどうでもいい。
本題はそこじゃない。
トカゲさん。
アンタも知ってるはずだよ?
そもそも亜人迫害が強くなったのは今からだいたい40年くらい前だ」
ん?クリスニア教が事もになったのって50年くらい前じゃなかった?
「その起爆剤は「亜人犯罪集団ニューオーダー」の大規模な犯罪行為ってのを飛ばしちゃダメだね。
公のギルド図書館にもある資料で、そんなものは分かる。
確かに亜人に損しかない様な宗教が国教になった事も、亜人迫害の理由だろうけど、50年で国を飲み込むほどに信者が増えると思うかい?
教えを変えるなんて、宗教によっては禁忌レベルだよ?」
「あの犯罪集団と私たちは違う!」
「でも同じ亜人だよね」
ウェーターさんが言葉に詰まった。
「ニューオーダー」…新秩序か?
にしてもそんな事件があったとは…。
ギルド図書館…見かけたら行ってみよう。
「実際にあんたらの考えが成功しようが失敗しようが、やってる事は「国家反逆」だし、
ニューオーダーの行いのせいでクリスニア教に改宗したほとんどの国民は、あんたらを見て「あぁやっぱり亜人ってこんな存在なのか」と考えつく。
結果、今より酷い迫害が待ってるだけだね」
「どうとでも言えばいい。
だが、私たちはエドモンテ討伐は必ず成功させる!
そうすれば次の王と親交を深め、亜人に良い国をー」
「ほら、そこも問題。
自分達の国を作る!くらいの気概も無い。
あくまで次の王頼りじゃないか」
「ならば私たちが王になり、元凶であるクリスニア教をこの国から追放するー」
「だとしたら、ほとんどの国民がいなくなるねぇ。
国民がいない国なんてただのごっこ遊びだし。
それに知ってるかい?
下のドラウス帝国は最近人口が増加気味だからね、近々コッチに攻め込んでくるかも知れないと商人界隈では情報が回ってるんだよ?
そんな中で、国民がガッツリいなくなり土地を持て余してる大きな国が現れたら…どうなるかね?」
「・・・」
ウェーターさんは口を噤んだ。
まぁそうだよねぇ…。
言うならば、
今まで楽器に触れたこともない人間が「来年の紅白歌合戦に出る!」と言ってるレベルの無謀だ。
さらに言えば、元凶は確かにエドモンテという摂政だったかも知れないが、
今や国民のほとんどは亜人迫害を是としている。
つまり、最初の木を切ったとしても、既に周りに同じ木が増殖しているわけだ。
「だが…君たちを解放する事は出来ない。
ここまで話した以上、私たちの目的が露見するわけにはいかないのだ…!」
ウェーターさんが絞り出す様に呟いた。
「それなんだけどね、1つ取引をしないかい?」
うわ、出た、商人モード。
「アタイはただの商人なんだよ。そんでもってこっちの少年はギルド登録をしてる冒険者だ。
そんなアタイらが確実に信用してるのはなんだと思う?」
「君たちが…信用するもの?」
「んっふ〜分かんないかなぁ?
正解は、お金。
アタイは金でものを売る商人だし、
少年は、金で雇われる冒険者。
それなりにお金を払ってくれたら口封じは簡単だよ」
先ほどとは打って変わってニンマリ顔。
「そんな口約束で信用するほど、私も馬鹿ではない!」
さっきの口撃からの「金払え」である。
さすがに沸点を超えているのか、ウェーターさんはテーブルを力強く叩いた。
「ま、そりゃそうだよねぇ?
だから、アンタらから誰か見張りを付けてくれて良いよ?
1人でも2人でも。
あ、出来るだけ亜人ってバレにくい人ね?
まぁ…見張りを付けてもいいのにそれもダメって言われたら、それはそれで、
「そんな大胆さも無い人達が国家反逆できるの?」って話になるけどねぇ?」
うわぁ…煽りながら交渉してるこの人…。
「んで、どうなんだい?」
カルナさんはキセルを取り出しつつ、ウェーターさんを見た。
にやけ顔なのは変わらないが、目が本気だ。
「そういった話は私にしてくれないかな、商人よ」
不意に聞こえた声に、テントの入口の方を見た。
そこにはフクロウ頭の男が立っていた。




