亜人の集団
王都最寄りの森林地帯。
そこには亜人の集団が潜伏しており、ちょっとした村の様な形になっていた。
この集団。
「団長」と呼ばれるフクロウ頭の鳥人族の男を中心に、様々な種族が集結した形になっているため、かなり見た目に統一感はない。
頭以外は完全に人間の様な者もいれば、もはや人間の様な部分はほとんど無い者もいる。
亜人集落の中央。
最も大きなテントが、この集団のいわば本部である。
本部の真ん中には長テーブルが置かれ、その前にそれぞれの種族をある程度まとめる「種族長」と言う幹部連中が集まっていた。
本部入り口から一番遠い席に、フクロウの頭の鳥人族の男=フェリオルが腕を組んで座っている。
その向かい…つまり、入り口のすぐ前に並ぶのは、猫人族、女郎蜘蛛族、黒龍人族の女=アニス、ラン、レイラの3人であった。
フェリオル団長は1つ溜息を吐くと、暫くして話し始めた。
「まず、何よりも確認すべき事がある。
お前達が同行させられていた人間共はなんだ?人攫いか?」
「違うよ!」
「違う」
「違います!!」
3人一気に反論した為、団長もさすがに驚きの表情を見せた。
幹部連中も然りである。
「あ、ああ、そうか。
では…あの人間共とお前達はどの様な関係なのだ?」
「う〜ん…仕事仲間?」
「協力者だ」
「ご主人様です」
これまた3人一気に答える。
先程と違うのは、全員バラバラな答えを上げたことだ。
幹部連中がお互い確認し合っていた。
「仕事仲間と言ったか?」
「協力者とも言っていたぞ?」
「仕事の協力者?」
「ご主人様ってのは?」
「雇い主…?」
ザワザワし始めた本部内に顔をしかめたフェリオル団長は大きく2回手を叩いて場を鎮めた。
「あぁ…ではまず猫人の娘よ。名前と、あの人間との関係を」
「はい。ウチはアニスです。
頭の耳を隠して、人間としてギルドに登録もしてて、兄さんとは同じギルド仲間って事ですね。
んで、ここに来たのも、王都にギルドの仕事で行くとこでしたし、あと…」
「分かった分かった。それだけ聴ければいい。
次は女郎蜘蛛だ」
「ラン・ラクネリオス=アラクネアという者で、自分は姉が「スレイブキリング」に捕まっている為、その救出を、主殿にお願いしている身だ」
ランが口を閉じると、幹部連中はまたもザワつき始めた。
「スレイブキリングだとさ…」
「また厄介な名前をあげてきたな」
フェリオル団長は大きく咳払いをし、場を鎮めると、続いてレイラに顔を向けた。
「お前は?」
「はい。レイラと申します。ご主人様の奴隷です」
恐らく本部が一番静かになった瞬間だった。
幹部の1人、狼の頭をした男が勢いよく立ち上がった。
「嘘ついてんじゃねぇぞ!?奴隷だぁ?
テメェみたいな身なりのいい奴隷が居るかよ!!
てか、奴隷なら奴隷で身を弁えろ!
何普通にそんなとこに立ってんだよ!!」
狼頭の男はグルルルルと喉を鳴らして更に威嚇する。
レイラが何か言う前に口を開いたのは、団長でもなく、アニスだった。
「あぁん?亜人には奴隷制度なんて無いでしょおが!
それを何「人間」みたいに「奴隷は身を弁えろ」って言ってんの?!
バカなんじゃないの!?」
アニスの髪の毛は逆立ち、耳はピンと立っていた。
横から見ていたランは気付いたが、羽織っている外套の腰部分も何故か盛り上がっていた。
アニス自身、あまり人に見せないのだが、尻尾も立っていたのである。
「子猫のクセになんだその態度は、あぁ??」
「犬っころが何吠えてんのかなぁ?えぇ??」
「やめんか!!二人とも!!」
フェリオル団長の檄が飛んだ。
「ガリアよ、あの猫人の言う通り、お前が黒龍人を奴隷扱いするのは筋違いだ。
我々亜人は、人間に奴隷として攫われることもある。
亜人奴隷に同情こそすれ、虐げる理由はない」
ガリアと呼ばれた狼頭の男は、舌打ちをしたあと本部から出て行った。
「アニス、それとレイラと言ったか。
不快な思いをさせてすまない。
彼は種族長の中でも最年少であり、亜人奴隷に家族を殺された過去がある。
故に同じ亜人と言えど、命令に従うのみの人形である「奴隷」という物を酷く嫌っているのだ」
アニス達に一番近い席に座っていた蜥蜴人間がそう説明してきた。
暫く目を閉じ、思案を巡らせていた蜥蜴人間の男は、ふとフェリオル団長に顔を向けた。
「団長よ。
彼女らの様子を見る限り、あの人間は、我々が見知っている人間とどこか違うように思えます。
解放とはいかないにせよ、あの人間と話がしてみたいと私などは考えます」
蜥蜴人間の男と団長は、数秒視線を交差させた。
そして団長が口を開いた。
「ふむ…良いだろう。
ただし責任はウェーター、お前が取るのだ。
それと、思慮深いお前なら無いことだろうが…油断はしないよう」
「はい」
〜〜〜〜〜
「んでさぁ、あん時のガリアの顔ったらまぁ〜!面白いのなんのって…ぶっ!ひゃひゃひゃひゃ!!!
思い出したら笑えてきたひゃひゃひゃひゃ!!」
「タルナス、うるさい」
「なんだいアンタ面白いねぇ!あっははははは!!!」
なぁんかなぁ…ケンタウロスの見張り=タルナスは、カルナさんとめっちゃ盛り上がってるんだけど…?
「なんかウチのカルナさんがすみません…」
「あ、いえ。ウチのタルナスが申し訳ない…」
俺はもうなんと言うか…とりあえず、もう1人の見張りであるセルディアに頭を下げていた。
ついさっきまで後ろの方でモゾモゾしていたマリシテンは既に停止しており、よく聞くと寝息を立てていた。
なんつうヤツだ…。
「いやぁ〜なにか、盛り上がっているみたいだね」
そう嗄れた声がしたのでそちらに顔を向けた。
「みんな、無事だったか!」
レイラ、アニス、ランの3人が、蜥蜴の様な男と共にこちらにやってきたのだ。
「ウェーター 40歳 Lv36 亜人種/蜥蜴人間」
「あぁ…セルディア、タルナス、ご苦労様。見張りはもう大丈夫だ。
彼らの縄を解いてあげなさい」
「あ、了解でーす」
「はい。…よろしいのですか?」
タルナスの方は何も考えてないのか、すぐにカルナさんの縄を解き始めたが、
セルディアの方は蜥蜴人間=ウェーターに質問していた。
「ああ。私が彼らを預かる事になるからね」
「わかりました」
そう言ってセルディアも俺の縄を解き始めた。
やっと自由になった。
セルディアはマリシテンの縄を解く事に躊躇していたため、彼女の縄は俺が解いた。
加えて暴れない様に念を押した。
〜〜〜
亜人の…集落?村?とでも言えそうな場所だな、ここは。
「いったいここは…?」
俺たちは、この蜥蜴男…ウェーターさんが寝泊まりしていると言うテントにやって来ていた。
テントと言うか…どちらかと言えば、外観はモンゴル遊牧民が住む「ゲル」に違い。
見た目よりも内部はしっかりとした家だし。
「そうだね…その話をするには、まだ私は君を信用しきれていない」
ウェーターさんは、テーブルの前に座る俺らを柔和な目で見ながら「コーヒーミル」をガラガラと回している。
客人をもてなす様にコーヒーを淹れてくれようとしているのだが、その言葉からはまだ懐疑心が伺える。
「亜人の彼女たちに聞いたんだが、君はアニスの仕事仲間で、ランの協力者で、レイラの主人らしいけど…それは間違い無いかな?」
「そうですね…一言で説明するなら、それで相違無いかと」
「あの女性は?」
ウェーターさんが視線を移動させる。
同じところに俺も視線を向けた。
「コレは「キセル」って言ってね、ま、要するにタバコを吸う道具だね」
「タバコってのぁ…葉巻じゃないのか?」
「タバコの葉を粉々にした物を吸う感じかね?
ここん所に煙の量とか濃さを調整する濾す機構があってね」
「ほぉ〜」
カルナさんは俺らと同じ様に席には着かず、護衛として着いてきていたタルナスとセルディアに、自身の持つキセルについて説明していた。
「あぁ…まぁ一応俺の雇い主といいますか…」
「一応と言うのは?」
「そう…ですね。
あの人はバルバトス商会ってとこの主人なんですけど、王都に用事があるとの事で、俺らが護衛として雇われてるんです。
自由な感じの人で、亜人への偏見も…まぁあんな感じなので心配しないで下さい」
コーヒーミルで豆を挽き終えたウェーターさんは、コップやら何やらを取り出しながら話を聞いていた。
「なるほど。
では…そのシスターは?」
「話しかけないでください」
マリシテンよ…お願いだから愛想良くしてくれ…。
睨みつけんじゃないよ。
「あぁ…何と言うか、僕に着いてきてるシスターです。
害はないと思い・・・たいと考えていたりします。多分」
「…かなり曖昧だね。
まぁ、君たちが私たち亜人を頭ごなしに侮蔑する人間では無いことは分かった。
さて…君たちの処遇をどうするか、だなぁ…」
面白い事に、ウェーターさんが取り出したのはフラスコやらヘラやら…
確か…サイフォン?とかいう名前の器具だっけ?
おじいちゃんの家に有ったので何となく覚えている。
見た目は、フラスコのようなガラス容器が上下にある感じで、
挽いたコーヒー豆にお湯を注ぐタイプではない。
上下の容器だが、上には挽いたコーヒー豆、その間にフィルターがあり、下にはお湯が入っている。
下からこのお湯を熱すると、正直どういう原理なのか分からないが、
お湯が上の容器に上がっていき、熱するのを止めると上がっていたお湯が下の容器に降りてくるのだ。
下の容器に降りてくる際、フィルターを通って来るので、挽いたコーヒー豆は下の容器には来ない様になっているし、下の容器にはコーヒーが出来上がっている。
おじいちゃんの家で初めてこれを見たときは正直かなり見てて楽しかった。
てか、そんな事より…サイフォンがこっちの世界にあるとは…。
あ、話が逸れたな。
「処遇と言いますが…俺からしてみれば、普通に解放して頂ければそれで充分なんですが?」
「それが、そうもいかないんだよね」
ウェーターさんはサイフォンの下に小さな器を置いた。
香炉みたいな形だな?
続けて人差し指を軽く振った。
すると、香炉から小さな火が出て、サイフォンを下から熱し始めた。
あぁ…アルコールランプとかと似たようなものか?
…あれ?
てか、もしかしてこの人、今「魔法」的な事をやった?
「もう少しだからね。
コーヒーが出来てから、話を進めようか」
ウェーターさんは柔和な目で微笑んだ。




