ギルドの呼び出し
カルナさんから詳しい日取りや運搬経路など話を聞いた。
まぁ聞いたとはいえ、軽く説明された程度で詳細は紙にまとめられた物を貰ったのだが。
「ま、取り敢えずこっちからの話は以上だな。
んじゃ、次はそっちの話も聞かせてもらおうか」
「俺らの…ですか?」
「あぁそうだよ。当たり前じゃないか。
アタイらは仕事をアンタらに任せるんだ。それも王都の騎士団からの仕事をね。
アンタらの素性はギルドに聞けば分かるけど、まずは直接聞きたい。
それに…おチビの方も、その布を取って貰おうか」
応接室に緊張が走った。
「あ、えぇっと…」
「仕事を頼む相手の顔も知らないなんて…オカシイとは思わないのかい?」
あっけらかんとした女性という先ほどまでの印象とは全く違う…凄味を効かせた強い声。
有無を言わせない意思を感じる。
さすがは商会の主人…ってか。
こうなれば…仕方がない。
「分かりました…。
アニス、布を取って」
「兄さん!?」
「カルナさんが言ってる事は最もだ。素顔も見せられないような相手を信頼は出来ない」
「…兄ちゃんの方は話が分かるようだね。
さ、おチビ…取りな」
カルナさんだけならまだしも、俺からも「顔の布を取れ」と言われ、アニスはゆっくりとその赤い布に手を伸ばした。
布をつかむ直前、俺はその手を押さえカルナさんに視線を向けた。
「ただし、条件があります。
俺はアニスがなんで顔を隠しているのか理由を知っています。
だから、この条件を飲んでいただかないと布を取らせるようには出来ません」
カルナさんの眉がピクリと動く。
「…どんな条件があるんだい?」
「簡単です。
あなたは俺らに「護衛と運搬」を頼みたいだけで、それ以外には何も求めないし、関与もしないという事で間違いないですか?」
「あぁ…そうだね。その通りだ」
「なら…その言葉。絶対に忘れないで下さい。
それが条件です」
カルナさんは一瞬キョトンとしたが、直ぐに口角を上げ、まさに「ニヤリ」とした。
「面白いね…いいよ、その条件で。
と言うか、アタイは商人以前に出した言葉は反故にしない、それが信条だ。
条件に出されるまでもないけどね」
俺はその顔を見て頷き、アニスに顔を向ける。
アニスも何が言いたかったか分かった様で、先ほどよりも速やかに顔の布を取り外した。
アニスの明るく茶色い髪の毛。
その頭頂部から生えた猫耳。
顔立ち自体は人と対して変わりは無いが、亜人なのは一目瞭然である。
「あぁ…なるほどね…そうゆう…」
最初は驚いた表情を見せたカルナさんは、目は驚いた表情のまま、また口の端をクイっと上げ、顎をさすりながら呟いた。
「兄ちゃん…別にその程度の事ぁアタイにとっちゃ問題にする様な事じゃないね。
てか、おチビ…えっとアニスって言ったか?
亜人なのにアンタは別に貧しい生活を送ってる様には見えないし、むしろこの亜人差別の蔓延する世界でよく普通に溶け込んで生きてると思うよ。
むしろ、その強さは見習いたいくらいだね!」
意外だった…。
最悪この依頼は無しになる可能性も考えていたからだ。
そんな予想をするくらい、アニスや、孤児院のロディーナさん、キャメリアの宿屋のカトリーンさんに亜人差別について聞いていた。
だが、そんな予想に反して、カルナさんはむしろアニスを「見習いたい」とまで言ってきた。
俺よりもアニスの方が面食らっている。
まぁ当たり前か。
「あ、ああ、あああんた、お、オカシイんじゃないのか!!??」
おいおい…アニス…お前の方が、「予想してた最悪のカルナさん」みたいな反応すんなや…。
「あっははは!!そりゃそうだな!!
じゃなきゃ商会なんか立ち上げないわ!!」
カルナさん…普通に良い人だわ…腹抱えて大笑いしてるし。
「あぁ〜ははは!面白いおチビだねぇ。
亜人と面と向かって話すのは初めてだけど、存外普通だね〜。
いやぁ〜世の中の噂程度の差別なんてやっぱ馬鹿げてるね、あははは」
これなら…まぁ大丈夫かな。
俺はカルナさんに改めてレイラやランの話をしてみたところ、
「このご時世に亜人が3人も!あっははははは!アンタの方がよっぽどオカシイわ!あははははは」
めっちゃ笑われた。
これ…一応良いんだよね?
〜〜〜〜〜
「あ、ヤマト様。先ほど、ギルドの方がいらして、なるべく早めに来て欲しいと伝言がありました」
カルナさんとの話しは結局円満に終わり、俺たちは孤児院に帰宅した。
そこでロディーナさんからそんなことを言われたわけである。
なるべく早めにって…今帰ってきたんだけど…。
んんん…まぁ十中八九「スレイブキリング」の事だろうなぁ…。
正式依頼でも無いのにランクを3まで上げてくれたり、なんかちょっと違和感を感じる。
単純に好意かも知れないけど…さすがに疑いすぎかな。
正直カルナさんのとこでちょっと気を張っちゃったし精神的に疲れているのだが…。
…いや、むしろ依頼の事もあるし早めに野暮用は済ませておくか。
俺はアニスにカルナさんから貰った資料を渡し、ギルドの方に向かった。
〜〜〜
ギルドの職員に確認し待つ事数分。
やって来たのは美人なグレー髪の人だった。
美人…?
女の人か?
いや…キレイな…男?
「いやぁ、こんなにすぐ来てくれるとは。仕事の早い人は好きだよ」
めっちゃ声低い!男だった!!
「あ、いえ…」
「自己紹介をさせてもらいましょう。
僕はユキカゼ・フォルデンスタイン。
一応このギルドでは管理者にあたる…まぁ自分で言うのもなんだけど、ここのトップだね」
なんと!?
「あ、えっと、俺…あ、私はヤマト・クロードと申します」
「あはは、そんな硬くならないで欲しいかな。
肩書きこそ管理者だが、そこまで大したものでは無いからね。
砕けた言葉でも怒ったりしないよ。
取り敢えず付いておいで」
「あ、どうも」
このギルドのトップ…か。
なんちゅう人が出てきたもんか…。
促されるままユキカゼさんに着いてい…ん?ユキカゼ?
なんか久々に和風な名前を聞いたわ。
通された部屋は意外と狭い部屋で、入り口のある面以外の壁は全て本棚であった。
向かいの壁の前には高級そうなテーブルがあり、なんならその上にもいろいろな本や紙束が積まれていた。
いかにも「仕事場」という感じだ。
まぁそれ以外にもなんかいろいろ置いてあるけど。
「ここはこのギルドで僕が使っている私室でね、まぁ気を楽にして欲しい」
私室か。
どうりで雑貨もいろいろあるわけだ。
でも楽にって…。
若干無理があるわ。
「何か飲むかい?」
「いえ、おかまいなく」
「そうか」
ホントになんなんだろ…。
「あの…なぜ俺は呼ばれたんでしょうか?」
本棚の中に隠すように仕舞われていたお酒の瓶を取り出しながらユキカゼさんは答えた。
良いのか…?職場だよね?
「そうだね…何から話したものか…。
現状君に対して話す事が幾つかあるんだけどね…
そうだなぁ…まずは1つ質問してもいいかな?
その答えによって話す事が変わってくるからね」
この人は、なんか裏ばっかりがありそうだな…。
良い意味でも悪い意味でも。
「質問ですか?」
ユキカゼさんはお酒の瓶があった棚の2段下からグラスを2つ取り出した。
「あぁ。別に答えなくても良いんだが…でも、あまり黙秘は好きじゃ無いかな。
うん。
単刀直入に言おう。
君は「転生者」かい?」
おい…おいおいおい…。
こう日に何度もドキリとするイベントは起きなくて良いんだよ!!
グラスにお酒を注ぎ終えたユキカゼさんは、その1つを俺に差し出して来た。
さっき要らないって言ったの聞いてなかったのか?
さすがに出されたものを受け取らないのは失礼かと思い受け取りはした。
さて…ここはどう答えるのが正解か…。
「ユキカゼ・フォルデンスタイン 46歳 Lv238 人間」
保持スキル
・「反射」5
・「索敵」7
・「危機感知」8
・「大剣」9
・「剣」7
・「鑑定」9
・「ポーカーフェイス」7
能力
・「情報収集付与」
・「記憶渡」
ステータスを見て確信した。
この人は「同じ」なのだ。
俺は一呼吸置いて改めてユキカゼさんに目を向けた。
「はい」
ユキカゼさんは満足そうに微笑むとグラスのお酒を一口飲んだ。
「やっぱりね。
そうじゃなかったらどうしようかと思ったよ。
僕は「雪風 薫」と言う名前だった。
18の時に脱線事故に巻き込まれて死んだと思ったら、この世界に生まれていたよ。
君も似たような?」
「まぁ…そうですね」
まだ俺は警戒していた。
彼のレベルは「238」…俺ほどでは無いもののこの世界で言えば破格のレベルだ。
一瞬だけ、ユキカゼさんが品定めをする様な眼差しを向けた。
ほんとに一瞬だったのですぐに微笑みに戻ったのだが。
「…先に言っておくけど、僕は君に何か嫌がらせをする為に呼んだんじゃないよ?
むしろ逆だ。
君をバックアップしようと思っているからね、その為に呼んだんだ」
「バックアップ?」
俺がまだ警戒しているのを読んだのか…。
「あぁそうだ。
君の話を聞く前に、僕の話をしておこうかな。
そもそも根底の話から始めると…正直な話僕は戦闘はしたくないんだよ。
死神さんには「邪神」をどうにかしてって言われたけどもね、どうにかってアバウトだし、「邪神」なんてそんな聞くからに危ない物に手を出したいなんて思わなかったんだ」
まぁ…その気持ちは分かる。めっちゃ分かる。
「それに反則級の特殊能力を授けて貰ったんだけどね…それ自体も戦闘向きとは言えない代物だったからねぇ…」
ステータスにあった「能力」という今までで初めて見た項目。
それがその反則級特殊能力ってヤツだろう。
でも…2つ?
「元の世界の死神さんには「情報収集付与」という情報を分析したり情報を付与したりできる能力を、
こっちの世界の死神さんには「記憶渡」と言う触れた相手の記憶を、ランダムで幾つか見れる能力を授かった。
…ちなみに君の能力は教えて貰えるのかな?」
「あぁ〜相手のレベルが見れたりとか、ですかね」
「なるほど…それは確かに重要だね。
それならもう僕のレベルは分かるんだね。
説明の手間が省けたよ」
そう言って微笑むと、ユキカゼさんは更に一口お酒を飲んだ。
俺の能力「電子遊戯感覚」はレベルを見るだけではないが…まぁ嘘でも無いから大丈夫だろ。
「たださすがに何もしないでこの世界に骨を埋めるのは、転生して貰った身としては申し訳無くてね。
そこで目を付けたのがギルドだったんだよ。
冒険者ギルドは「転生者」が気軽に職を手にするのに適しているからね。
そこからは勉強漬けの毎日だったなぁ…おっと話が逸れてしまうね。
まぁギルドで働いていれば自ずと別の「転生者」に会えると思ったんだよ。
「転生者」は僕だけではないという事は、死神さんの話で予想できたからね」
確かにそれは俺も予想できた。
だが、俺の場合ちょっと特殊な転生だった。
新生…つまり「元の世界の記憶を持った赤ちゃんとして新たに生まれる」という転生ではなく、
「死にたての人間に成り替わる」という感じだ。
…それは今あまり関係なさそうだな。
「まぁ結論から言うと僕の選択は間違っていなかった。
ギルドで働き始めて、実に6人の転生者に出会ったからね」
6人…その数字が多いのか少ないのか…。
正直何人の人間が転生しているのかも分からないのでなんとも言えない。
ただ、ユキカゼさんを含めて計7人の転生者が俺以外にも居るのに…「邪神」とやらはどうにもなってないんだろうな…。
だから俺が今この世界にいるわけだ…。
「ちなみにその6人は…?」
「そう…だね。
その話もするかな。
立ち話もなんだからソファにでも座りなよ」
訪問先のソファに座るのは今日で2回目だな…とは言え、カルナさんとの話よりはコッチの話の方がより俺に関連している。
俺がソファに座ると、ユキカゼさんは部屋の奥の方に置かれていたロッキングチェアを引っ張ってきてそれに座った。
ゆったりと揺れながらユキカゼさんはその出会った6人の転生者について話し始めた。




