襲撃の後
さすがに二日連続で襲撃者が来たとなると、宿屋の主人も俺たちが泊まっている事に難色を示し始めた。
その空気は嫌でも察知できたため、
トリヴィアが来た次の日の昼には、宿屋を出る事にした。
迷惑を掛けてしまった気持ちも無いわけでは無いので、
本来なら5日ほど泊まる予定で料金も前払いしていたので、差額分の返金は断った。
宿を出る直前、ほんの短い間だったが、馬を世話してくれていた小さな女の子=スーネルに謝られてしまった。
理由を聞くと、どうやらシガーが彼女のいる孤児院に訪ねてきていたらしい。
全く…子供は関係無いってのに。
変な巻き込み方しやがって。
スーネルは賢い子だ。
レイラの事を聞かれたがシラを切ったらしい。
しかし、実際シガーは俺らの所に来た。
故に、スーネルは「もっと自分が上手くごまかせたら」と悔やんでいるようだった。
「本当に…ごめんなさい…」
スーネルは心底反省しているような感じだったが…正直言って彼女は何も悪い事をしていない。
むしろ、亜人迫害が常のこの世界で、レイラの事など知らないと言ってくれていた。
つまりは亜人の為に嘘をついてくれたのだ。
なのに非難するほど、俺はクズじゃ無い。
でもこの落ち込みようは・・・よし、仕方ない。
「んんん…それじゃスーネル、1つ俺たちのワガママを聞いてもらって良いかな?」
「えっと…できることなら」
「俺たちはホントは5日ほどここに泊まる予定だったけど、迷惑を掛けてしまったから今日の内に出て行くんだ。
けど、今晩寝るところはまだ決めてなくてね。
君のいる孤児院に、今日だけでも僕たちを泊めてくれないか交渉してくれないか?」
ホントは泊まるところなんて無くても良い。
馬車があるからそれで事足りる。
重ねて言うがスーネルは賢い。
自分が「亜人を庇った」と言う事が世間的にどう見られるのか理解していた。
だから宿の主人にもこの話はしていないのだとか。
それならそのまま黙っていれば良いのに、わざわざ俺らに言いに来たって事は…
強い言い方をすれば、罰が欲しいのだろう。
自分が上手くごまかせなかったから襲撃者が来た。
その落ち度に対して、贖罪できる機会が欲しい。
そんなもんじゃ無いかな。
「わかりました!シスターに聞いてみます!!」
どうやら俺の予想は当たりらしい。
俺が出した提案を聞き、スーネルは贖罪のチャンスと言わんばかりに真っ直ぐな瞳で俺を見つめてきた。
いやぁ…子供の真っ直ぐな瞳は綺麗だなぁ…。
おっと、おっさん臭い感じになってしまった。
俺はまだ20代だっての。
いや、現状身体は15歳だけどさ。
「兄さんってもしかして少女好きな気来がある?」
「ねぇよ」
顔を巻く赤い布の隙間から、ジト目がこちらを見ていた。
「それに、ファンタジーな世界で孤児院にお世話になるってちょっと憧れるしねぇ」
「ふぁ…たん…じ?何?」
微妙に間違ってるぞ。
〜〜〜
カダルファの街をアニスとぷらぷら歩いている。
まぁ夕飯の買い出しというちゃんとした理由があるのだが、まぁ観光とかしたいじゃない。
ちなみに、マリシテンにレイラを守るよう言っているので2人はお留守番である。
ホントはレイラにも街を見せてあげたいんだが…どうもこの国は亜人に対する風当たりが強いからな…。
どうしようもない。
港町でもあるため、街中はほとんどが魚介類をメインに様々な物が売られている。
中でも珍しかったのが、魚ではなく「地図」。
「地図屋」が有ったのだ。
これも港町だからと言う理由らしく、
航海先などの地図や海図などを売っているのだ。
その中で一番縮尺の広いものを購入した。
なにせ、俺が持ってる地図で一番広いのはせいぜい国内のみだからだ。
頭の中にはチート能力「電子遊戯感覚」の1つ「マップ」があるが…大抵俺をある程度中心として何キロか先が見れるくらいだ。
ちなみに、地図1枚で金貨2枚…。
高いわ。
「そんな紙に金貨2枚…」
「さすがに俺も高いと思うんだが…かなり広い範囲の地図だったから、珍しいんじゃないか?」
そう言ってアニスに地図を見せる。
「あぁ…確かに。
こんなに広い地図は初めて見たかも…うん、初めて」
地図に書かれた範囲は、おそらくこの大陸の北西部に位置すると思われる地域一帯だ。
この国…つまり「エルクール王国」はどうやら最北の国らしい。
今が冬か夏かはなんとも言えないが、寒いと言うわけではないので「北に行くほど寒い」みたいな気候ではないんだろうか?
「エルクール王国」に隣接しているのが、「アーキルット王国」と「リンクル王国」、そして「ドラウス帝国」
「アーキルット王国」と「リンクル王国」は、どちらも小さな国の様で、地図を見る限り「エルクール王国」の5分の1くらいの国土だ。
対して「ドラウス帝国」の方は「エルクール王国」と大差ない。
なんなら何パーセントかは「ドラウス帝国」の方が大きいかも知れない。
ちなみに、
「アーキルット王国」は、「エルクール王国」の西側に位置し「エルクール王国」以外に隣接する国はない。
「リンクル王国」は「エルクール王国」の南西側にあり、同時に「ドラウス帝国」とも隣接し、つまり大きな国2つに挟まれている様だ。
そして、「エルクール王国」の南側にある「ドラウス帝国」。
それよりさらに南側には「ハルサ大森林」と言うこれまた「ドラウス帝国」「エルクール王国」と同じくらいの大きさの森が広がっている。
これは…魔獣の温床なんじゃないか…?
マリシテンを連れて行ったら常にハイだろうな…。
「ハルサ大森林」の南側には「ハルサ山脈」が壁の様に西から東へ横たわっており、地図もそこまでしか書かれていない。
山脈の向こうは未開の地なのか?
そして地図で気になったのが、
「ドラウス帝国」の南西側。
「エバ大渓谷」と言う渓谷を挟んで更に西側にあったのが
「魔王国」
と言う「如何にも」な感じの国だ。
大きさとしては「アーキルット王国」の1.5〜2倍くらい。
隣接する国はなく、おそらく「エバ大渓谷」の影響で「ドラウス帝国」とも関わりは無いんじゃないだろうか?
まぁこれに関しては確認しないとわからんな。
それと、
「リンクル王国」の南側、「ドラウス帝国」の西側に位置する海上に、「竜の巣」と言う島が有った。
何か機会があれば行ってみたいとも思うが…流石にガチ異世界のドラゴンだ。
油断は出来ない…。
〜〜〜
アニスが地図をかなり気に入ったみたいでずっと見てる。
そんなに面白いのか…?
まぁ本来の目的である夕飯の買い出しは完了したので、馬車に戻った。
「ただいま。
変わった事は無かったか?」
「はい、何もありませんでした、ご主人様」
簡単な内容の物語…多分、元の世界で言えば、小学生の作文の課題図書くらいの比較的優しい本を読んでいたレイラはそう返事をしたのだが、
「レイラ…マリシテンってずっとそれか?」
「えっと…はい」
その向かいに座るシスターは、膝を抱えてプルプル震えている。
これは今に始まった事ではない。
時間を遡ること昨日の晩。
マリシテンがトリヴィアを葬り、警備兵の事情聴取やら現場検証やらが終わった後になる…。
〜〜〜〜〜
「その服で寝るつもりなの!?」
「コレしかありませんから」
「いや、それは流石にダメだって!!」
二日連続で襲撃者があったとなれば、警備兵も俺を疑っていた。
なので、シガーの時よりも若干入念に事情聴取をされたのだが、レイラの説明と、相手が「スレイブキリング」である事を伝えると、納得した様に帰って行った。
俺も馬車で寝ることにし、一度部屋に戻ったのだが、聞こえてきたのはアニスとマリシテンの言い争いだった。
「まったく…今度は何さ?」
「あ!ちょっと兄さん!このシスターがこの格好のまま寝るとか言ってるんだけど!!」
「寝ることに支障はありませんから」
そういうマリシテンの服装。
いつもとなんら変わらない修道女服なのだが…血みどろだ。
トリヴィアに剥がれたベールも被り直していたが…まさか髪も洗ってないのか?
「おい…マリシテン。ちょっとベール取ってみろ」
「・・・シスターは髪を見せません」
確か…キリスト教かなんかだとそんな話があったな?
パウロかなんかの言葉だったか?
「お前…何教だ…」
「・・・」
黙っちゃったよ…。
「アニス。マリシテンを捕まえてろ」
「ラジャ」
「ちょ!猫!話しなさい!!人間の成りそこないが!!汚れます!!」
「亜人でも風呂入るし、今のシスターのがよっぽど汚れてるわ!!」
アニスに気を取られているマリシテンのベールを「反射」スキルでしっかりとタイミングを見計らって奪取した。
「あぁ!!」
「やっぱりなこのやろう!!真っ赤っかじゃねぇか!!」
てか、毛先に至っては血が固まってハードワックスでも着けたみたいになってるし。
てか、魔獣でも数百に一がベールを取れるかどうかとか言ってたがすんなり取れた。
俺はマリシテンを米俵よろしく担ぐと、窓から馬車のある裏庭に飛び降りた。
「レイラ!コイツの頭を洗え!!」
「え!?あ、はい!!」
「や、やめろ!亜人にされるくらいなら自分で!!
冷た!!!き、急に水をかけないで下さい!!」
遅れてやって来たアニスも加え、完全に3対1。
頭を洗い終わる頃には、シスターは意気消沈しグデッとしていた。
洗髪時にマリシテンがそれなりに暴れたため、修道女服もびしゃびしゃに濡れている。
取り敢えずアニスとレイラに頼んで、マリシテンを着替えさせたのだが…。
〜〜〜
「まさか修道女服を引き剥がしたら膝抱えるとか…予想外過ぎるわ」
俺は取り敢えず溜息をついてレイラに向き直った。
「一応アレは終わってる?」
「はい。今は乾かしているところです」
そう言ってレイラは立ち上がり、馬車の前の方に行き、すぐに戻ってきた。
手にはマリシテンの修道女服がある。
「ちゃんと乾いていました」
「あぁ…じゃそれ返してあげて」
「はい。
えっと…シスター様。
服が乾きましたので…」
そこからは一瞬だった。
なんだろう。
説明できない。
バサァ!ってやったら着替えが終わってた。
なんて言うか、怪盗とかが正体を現す時に「マントを翻したら着替えてる」みたいな、そんな感じ。
つまり、それくらいのスピードでマリシテンは修道女服に着替え終えていた。
まったく…わけがわからん。
一撃で人を殺したり、魔獣と遊ぶ様に戦ったり。
かと思えば、着替えただけで膝を抱えたり、手合わせに負けたら廃人になったり…。
もぅ、ほっとこう。
「さて、そろそろ孤児院に行ってみるか」
俺がそう言うと、3人の美少女は馬車の荷台に乗り込んだ。




