奴隷の解放
固く握り締められた拳を構えたアニスが俺の前に立っている。
人を殴るという行為はなかなか経験した事は無い様で、ど素人っぷりが目に付くが…。
「う…うりゃぁ!!」
掛け声カワイイかよ。
振り下ろされた拳は、素人のヘロヘロパンチながらも、亜人の身体能力故かそれなりのスピードで俺の顔面に向かって突き進み、間も無く激突した。
「いっ…たぁ!」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だけどさ…普通に手が痛いよ」
これは別にそう言うプレイとかじゃねぇよ?
マリシテンとの手合わせ中、俺は彼女のマジ蹴りを側頭部に食らったのだが…まぁ全然効いてなかった。
暫定的に、自分の中では「レベル差」のためだろう、と思っていたわけだが、ちょっとそれを実験していた。
先ほどからマリシテンに蹴って貰ったり、アニスに殴ってもらったりと、側から見たらまぁ結構過激なSMみたいな感じがしないでも無いんだが…。
実は、手合わせの後にこの実験はすぐやりたかったんだが、レイラにめっちゃ拒否された。
「実験とはいえ、ご主人様が暴行されるのを黙って見ていられるわけありません!」
と、もはやアレは説教だったな。
なので、現在部屋にはマリシテンとアニスしかいないので、予てより考えていた実験を行っているわけだ。
最初は手足へのキックやパンチ。
次に腰、背中、腹、胸、後頭部…そして今の顔面、という感じで攻撃箇所を変更していき、ダメージに何か変化はあるか確認した。
結果として、どこも大差は無くまずダメージが無かった。
腹は力を入れてる状態と入れてない状態で殴ってもらい、違いを確認したりしたが、力を入れて無い方が若干違和感を感じたぐらいで、ダメージと言えるほどでも無かった。
「よし、取り敢えず肉弾戦の実験は終了だな」
「ヤマト様を殴っていると、何か…そう何かに目覚めそうな感覚がありました」
「絶対目覚めないでくれ」
ただでさえ戦闘狂なんだから…。
「…よし。
それじゃアニス、次の実験をお願い」
「はぁ…分かったよ」
溜息をつきつつ、アニスはカバンの中からいくつかの道具を取り出した。
「ほい。んじゃやるよ。
一応改めて言っとくけど、麻酔は今無いからね」
「了解」
アニスは小さな医療用のナイフを握った。
メスのような扱いなんだろうけど、形としてはバターナイフとかに近い。
俺は腕をアニスに差し出した。
一息ついて、アニスはそのナイフを俺の腕に突き立てる。
「ぐっ…!」
そしてそのままゆっくりとスライドして、俺の腕を切っていく。
目の前の光景はかなりグロい…というか見てて「痛い」感じだが、想定していた痛みよりは弱い。
つっても痛いものは痛い。
なんと言うか…耐えられない程じゃ無いんだが…耐えたくはないくらいには痛い。
「す、ストップ!!」
俺の声に、すぐアニスはナイフを腕から離した。
なんだろ、取り敢えず傷口からは血がドクドクと流れており、今は痛いと言うより熱い気がする。
1分ほど観察してみたところで血は止まってきた。
傷の大きさの割に早いな。
それなりに回復力…とゆうか自己治癒力も高くなっているみたいだな。
肉弾戦…つまり、レベル差のある相手の直接攻撃は余り効かないのが分かったが、
今の腕を切りつけた実験は、レベル差のある相手の武器攻撃については効くのかどうか?というものだ。
結果はまぁ普通に効くよね。
品質の良し悪しはあれど、武器にレベルの概念が無いからな。
よく手入れされた良い武器なら、600のレベル差があっても普通に斬られるわけか。
そう思考を巡らせている間に、アニスが傷口の手当てを終わらせていた。
「よし、次は「耐性」スキルを使った状態でどうか…」
不意に脳内で警鐘が鳴る。
なんと無く感じるのだが、俺に向けられた敵意…ではない?
脳内で「マップ」を確認しつつ、「索敵」スキルを使う。
本来の「索敵」スキルは敵意を持つ相手の気配を探ると言うものだが、
「マップ」を使う事で「マップ内検索」も併用され、俺やパーティーメンバーに対して害意を持った者を特定できる。
つまり、「マップ」に敵の位置情報が表示される。
こいつ…!
即座に窓を開け、そこから飛び降りた。
「ちょ!?兄さん!?」
後ろでアニスの声が聞こえたが今はそんな事より…レイラが狙われている!!
目下には、宿の裏庭…つまり俺たちの馬車が止めてある場所があり、
同時に目視した。
黒い外套に身を包んだ長身の人影。
俺は着地するまでに「アイテムボックス」から「虎断」を取り出した。
「シガー・クーラ 32歳 Lv31 人間」
「殺人/強姦/詐欺」
決めた。殺す。
着地と同時に「反射」スキルと「疾走」スキルで、男への距離を詰める。
「な!おまえは!」
何か言いかけたが知らん。
一瞬で「虎断」を振る…おうとした瞬間、変に力がこもったせいか、右腕のさっきの傷がズキ!と痛んだ。
故に太刀筋がブレ、男はそれを見逃さずに紙一重でかわした。
「ほぉ〜危ないね。
全くもって急に斬りかかるなんてさ」
「ここで何をしていた…いや、何をしようとしていた」
「質問を変えるって事は、なんとなく分かってるんじゃないの?」
やっぱり…コイツはレイラを狙ってたのか。
「…何者だ」
「それに答える人って居るのかな?」
「答えろ」
「おぉ怖い。
いいよ、教えてあげよう。
僕は亜人奴隷解放集団「スレイブキリング」の1人シガー・クーラ。
そこの馬車に隠れている亜人を解放しに来たんだよ」
外套を羽織り、フードを目深に被っているが、
「暗視」スキルで普通に見える。
その顔は、柔和かつ飄々とした口調とは程遠い醜悪な笑みを浮かべており、
戦闘時のマリシテンとは、また違う「狂気」を感じた。
「そんな集団聞いたことないな」
「そりゃぁこの「エルクール王国」じゃぁ亜人自体があんまりいないからね。
活動拠点は基本ここじゃないさ」
「…どこで俺たちに目を付けた」
「いやぁそれがホント偶然でねぇ〜!
…「キャメリア」で竜人を見たって聞いたんだぁ。
それも「黒龍人」の奴隷を」
こいつ…!!
そこから情報を…いやそもそもそんな最初から辿ってきたのか!?
「金髪の少年と赤い布で顔を覆った少年が一緒だったって聞いたんだけどねぇ…。
「アルマナ」ではシスターも一緒って聞いて間違えたかと思ったよ」
「お前…!」
「さて!
そろそろお喋りは済んだかな?
…んじゃとっとと「亜人奴隷に安楽」を与えないと」
「安楽…?
…ッ!!?」
ノーモーションで何かを投げてきやがった。
「危機感知」スキルで一瞬早く気が付いたため、回避は出来たものの…。
投げてきたのは…ニードル?
15cmくらいの針だな。棒手裏剣…ってヤツか?
それよりコイツ今…安楽って言ったな。
まさかとは思うが、奴隷解放なんて名ばかりで、単純に殺しまくってる集団ってわけじゃないだろうな…?
「あちゃぁ〜避けられるのか!それは想定外」
更に数本のニードルが飛んできたが、次は回避せずに「虎断」で弾く。
そして、隙をついて改めて外套の男…シガーへと接近し…「虎断」の一閃をお見舞いした。
手応えは…あった。
「…は、はは。
早すぎでしょ…」
静かにそう呟いた男は、そのままその場に崩れ落ち、2度と動かなくなった。




