外套の男
「奴隷か…うぅん…しかも亜人ねぇ…」
ブラシの様な口髭の店主はバツが悪そうに眉間に皺を寄せた。
「そこを何とか。
部屋にあげてほしいとまでは言わない。
基本は馬車の中にいるし、部屋代は彼女の分まで払います。
こちらとしても、他のお客さんと面倒事を起こさないよう尽力しますので」
「んん…分かったよ、ボウズ。
それじゃ4人分の代金を頂くよ。
馬車は裏手に下女が居るから、そいつに任せて下くれ。
まったく、若いのにしっかりしてるな」
「ありがとうございます」
意図的に「交渉」スキルを使ってみたら、1件目の宿で宿泊できる事になった。
なかなか有用だな。
加えておっちゃんも良い人そうだし。
でもなぁ…どの街でも毎回コレだと面倒だな…。
今後の旅の予定だが…何となく「この身体」の持ち主だった「アルキウス」の兄がいるって事だったから、
一度王都には行く気だが…
国内の亜人差別や奴隷への風当たりを考えると…その後は足早に国外に出てみようかな…。
それと、本当にカトリーンさんが言ってた通り、宿はどこも似た様な反応だし…いっその事どうにかして、馬車の居住性を上げるかな…。
まぁ今すぐの話じゃ無いからな。
後でもうちょっと考えよう…。
ちなみに今回宿泊する部屋は2人用の1部屋なのだが、
マリシテンがベッドが苦手との事で、彼女は雑魚寝をする事になる。
ありがたく俺とアニスはベッドを使わせてもらおう。
「アニスとマリシテンは先に部屋に荷物を持って行ってくれないか。
俺は馬車を預けてくる」
「うぇ!?シスターと!?」
「猫と2人きりになれと?」
おう。そんな顔すると思ったよ。
けど、現状馬車は俺しか扱えないし、ずっと宿の前に置いとくのも悪いだろう。
無理してレイラも泊めてもらってるんだから。
「頼んだよ。
あと、マリシテンはアニスの事を「猫」って呼んだらダメな。
…聞かれたら面倒だから」
「では何と?猫人間と?」
「それが一番ダメだろ。
名前で呼んでやれ」
「…腑に落ちませんが、了解です」
「あと、ケンカするなよ」
「・・・はい」
結構間があったけど…まぁいいか。
マリシテンの中で俺は「神の遣い」みたいな位置づけになったらしく、
取り敢えず言うことを聞いてくれるようになっていた。
なんか、奴隷のレイラより面倒なんですけど。
〜〜〜
「すまないね、レイラだけ馬車での寝泊まりで」
「いえ、ご主人様を私なんかに付き合わせて、馬車の床で寝かせるのは忍びないですから。
それに、宿に入れるだけで幸せです…と言うか、ご主人様に買われた事が何よりも幸せです。
売られていた時は、こんな生活が送れるとは思っていませんでしたから」
…おう。
何と言えばいいのかな。
じゃっかん気恥ずかしくなりながらも、馬車を宿の裏の方に移動させてきた。
宿の裏は馬車なら2〜3代停められそうなスペースがあり、馬を停めておける柵のようなものもある。
見た目としては、木製の駐輪場みたいな感じだ。
端の方にある井戸の前に小学生くらいの子が居るのだが…下女ってあの子か?
「えっと…ごめん。
馬車をこっちに持っていくよう言われたんだけど、当ってるかな?」
取り敢えずその子しかいないので声をかける
「あ!はいここで大丈夫です!
馬車はこちらに、馬はこちらにどうぞ!」
当たってるみたいだ。
にしてもこんな小さい子まで働いてるんだなぁ。
「スーネル 7歳 Lv4 人間」
「スーネルと言います!何か雑用があれば言ってください!
あ、でもでも!日の出頃にはここにいますが、日が沈んだら帰らなきゃいけないので!
ずぅっと居るわけじゃないです!」
元の世界じゃ、7歳なんて小学校低学年だよな…。
店主のおっちゃんは俺に「若いのにしっかりしてる」とか言ってたが、この子の方がよっぽどしっかりしてるじゃねぇの。
「てことは、どこかから出稼ぎに?」
「はい!この先にある孤児院です!」
あぁ…なるほどね。
やっぱしっかりしてるわ、この子。
あ、そうだ。
「なぁスーネル。
この馬車の事なんだけど…レイラ」
「はい」
俺はレイラに顔を出してもらった。
「…え!?あ、ああ、あじ、亜人さん…です、か?」
…やっぱりか。
「彼女はレイラ。
一応…俺の「奴隷」って事になってるんだけど…」
「一応ではありません。れっきとした奴隷です」
胸張って言うなよ…。
「あぁ…ま、そういう事だ。
さすがに部屋にはあげる事が出来ないから、この馬車で基本的に過ごしてもらうんだ。
だから、他のお客さんと面倒事を起こすのは避けたいから、黙っててくれるか?」
「えっと、あの、でも、店主さんには…」
「あ、それは大丈夫。
店主のおっちゃんには了承済みだから」
「わ、わかりました…です」
じゃっかん怯えているみたいなんだけど…ほんとに大丈夫かな…。
「あ、あのぉ…」
「ん?」
「その…噛まれたり…しないですか?」
近所の犬に怯えてるみたいな感じかよ。
「大丈夫、噛まないよ。
なんなら、時間があるときにお喋りでもしてあげてくれないか。
さすがにずっと馬車に置いとくのは、俺も気が引けてるからさ」
「そ、そうですか。
わかりまし、た。」
亜人を初めて見たって感じなのかな。
それにしても「噛む」って…どんなイメージなんだろ。
「レイラも、スーネルが何か困ってたら助けてあげて」
「はい」
微笑み混じりにレイラは頷いた。
最近になって、レイラは結構笑う様になってる。
と言っても、今みたいな微笑みレベルなんだけどね。
でも、何かが前進したみたいで気分は良いね。
その後、馬を所定の位置に連れて行き俺は部屋の方に足を運んだ。
はぁ…あいつら変な喧嘩とかしてなきゃ良いけど…。
〜〜〜
喧嘩してないのは良いけどさ…。
かと言って、お互い無言で睨み合ったまま、微動だにしないってのもどうかと思うんだわ…。
「おい、空気がピリピリし過ぎだ。てか最早、ピリピリって言うよりビリビリだよ…」
「その猫…アニサキスが変な事を企てないか見張っていただけです」
「言動が変わったと言っても、元が戦闘狂シスターだし、兄さんが居なくなった途端またナイフを取り出すかも知れないと思ったら、目が離せないよ」
お互い敵視し過ぎだろ…てか「アニサキス」は寄生虫だろ、魚とかの。
どんな間違え方だ…。
まぁ…煩いよりマシか…。
戻ってくる時に店主のおっちゃんとまた少し話をしたが、どうやらこの「カダルファ」は港町という事もあり、やってくる船の中には亜人を下働きとして使っている船もあるらしく、
だから、と言うわけじゃないが、他の町に比べると亜人を蔑む風潮は薄いらしい。
とは言え、亜人差別が無いというわけでは無い。
単純に、亜人と接触する機会が他の町より少しばかり多いので、その分慣れているだけの話なんだとか。
差別ねぇ…まぁここまで来ると、亜人の国とか街とかに行ったとしても、
「憎い人間が来たぞ!」的な対応をされないか不安だ。
ちょっと興味あるんだけどな、亜人の国。
取り敢えず日も暮れて来たからな、アニスとマリシテンを連れて、1階の食堂に行くかな。
レイラには後で何か持って行ってやろう。
〜〜〜〜〜
太陽はとっくに沈み、町に様々な光が灯って間も無い頃。
町の端にある孤児院を尋ねる人影があった。
「はい、こんな時間に何かご用でしょうか?」
「…ここにスーネルと言う女の子は居るか?」
「…はい。あの子に何か?」
「いや、大した用事では無いんですが、少しばかり訪ねたい事がありましてね。
お呼びする事はできますか?」
真っ黒な外套を羽織った背の高い人影は、柔和ながらもどこか凄みを利かせている様な声色で、孤児院から出てきた女性に言った。
声からして男性である。
やや懸念は残っている様だったが、女性はつい先程帰ってきたばかりの少女…スーネルを呼んで来た。
「やぁ。君がスーネルかな?」
「はい!なんでしょうか?」
「君は、この先の宿屋「アサガオ」で下女として働いているよね?」
「はい」
「今日そこにやって来たお客さん…そう、馬車でやって来た金髪の少年と、顔を赤い布で巻いた少年、それとシスターが居たんじゃ無いかな?」
「…はい」
スーネルは7歳ではあるものの、さすがになにかこの男が怪しい事を感じ始めた。
「…もう1人、居なかったかな?」
「え!?あ、いや、えっと、居ませんでしたよ!!はい!まったく!!」
「・・・そうか、ありがとう。これは謝礼金だ、受け取りなさい」
そう言って男は銀貨を一枚スーネルに握らせると、孤児院を後にした。
「あれで、バレていないと思っているんだろうから、子供はカワイイね」
男が醜悪な笑みを浮かべたことに、チラホラと通り過ぎる人々は気がつく事はなかった。
「亜人奴隷に安楽を…ってね」




