シスターの変貌
道中に雨が降り、安全の為にも大事をとって雨が過ぎるのを待ったりしていたら、
結局カダルファに着いたのは、俺とマリシテンの手合わせから2日後の昼前だった。
キャメロット領の一番端にあるこの「カダルファ」は、主に漁業が盛んな港町である。
広さとしては「キャメリア」の4分の3くらいと言ったところだろうか。
まぁ、中世レベルの文明でもある為か、はたまた外国な様相の為か…漁業が盛んとはいえ、さすがに寿司や刺身は無いものの、特産品や料理としてはやはり魚料理が多い様だ。
「よし、これで依頼完了だね、兄さん」
「まぁな…」
当初の目的であったギルドの依頼はつつがなく完了した。
ほんと、なんもイベント無しだ。
このカダルファの中でも1〜2を争う漁業団体「シャークス」。
その中で「リーダー」と皆に慕われている「ロノアス・ガシャール」という男が手紙の届け先だったのだが…
その肩書きだけ聴いた時には「異世界ファンタジーなら何かイベントが発生する相手か!」みたいな気がしていたんだけども、
まぁ現実じゃそんなにポンポンイベントは起こらないのですよ。
なんなら、狼の群れとか巨大カブトムシが襲ってきたのがオカシイ。
ちなみに、
依頼については、ギルドが何かうまい事動いている様で、
カダルファのギルド支部に、ロノアスさんから受け取ったドッグタグの様なプレートを提出した時点で「達成」という事になった。
つまり、わざわざ「届けましたよー」とキャメリアまで戻らなくても良いのだ。
いくつかの街を跨いだ依頼であれば、最寄りのギルド支部で達成を確認してくれるんだと。
「さぁて…あ、グボラフィッシュの蒲焼きが売ってる!あれ買ってくるからちょっと待ってて」
ギルドから出てすぐに、アニスは屋台の方に駆けて行った。
グボラフィッシュってなんだ…。
さて…どうすっかなぁ…アレ。
視線の先には俺らの馬車があり、馭者台には修道女服の少女が見える。
見られるとなんか一悶着ありそうなのでレイラは荷台の中だ。
2日前。
俺はマリシテンと手合わせをした。
結果は…まぁ完全にレベル差に物を言わせた俺の勝ちだったんだが…。
いやぁ…あれは自分でも驚いたよ…。
風圧だけで人の意識を飛ばせるとは…。
…まぁ細かい原理は俺も素人だから分からないんだけど、600レベルの肉体を全力で動かし、且つスキルも使っての全速力。
からの寸止め。
そしたらマリシテンは気絶した。
容態を見たアニスが言うには、
「寸止めだったのかもしれないけど、かなりの圧力が腹部に集中したみたいに思えるよ。
かろうじて挽き肉にはなって無いけど、かなりヒドイよコレ」
とかなんか…。
結果、あの「超絶回復薬」を使って治したんだが、
その後目を覚ましてからのマリシテンは、一切喋らない。
あった時から戦闘以外では死んだ目をしていたが、より一層死んでる目…といった感じだし、
全体的に覇気も生気もないのだ。
見た目の影響もあり、等身大の人形そのものだ。
一応寝たり起きたりはするのだが、それだけしかしない。
食事もしない。
「さすがに」
「心配になってきたなぁ〜」
「びっくりしたぁ。
人のセリフを予想しないでくれ、アニス」
「でも当たってたでしょ?」
「…まぁな」
見た目はうなぎとかの蒲焼きだが色がやたら発色の良い黄色、とゆう不思議な食べ物を頬張りながらアニスが横に立っていた。
いつの間にか戻ってきていたらしい。
てかマジで…グボラフィッシュってなんだ…後で俺も買ってみよう。
「まさかと思うが…俺に負けた事がそんなに悔しかったのかな…?」
「いやぁ…あのシスターだよ?
負けるのも一興とかって思ってそうじゃない?
むしろあれは…兄さんから感じてた雰囲気と、実際に戦った時に感じたものが違いすぎたとか…
もしくはレベル差が圧倒的過ぎて理解できてないとか?」
「一理あるな…」
レベル差についてはどうしようもないしなぁ…。
「ま、あのシスターの体を診た者としては、さすがに同情するくらいにヒドイダメージだったし、
案外「まだ自分が生きてる事に頭が混乱してる」とかかもね」
うちの医療担当さんが言うとシャレにならん。
人形みたいな子がガチ人形に徹してるとホント怖いんだよね…。
さてと…。
自分の馬車を眺め続けるのはアレなのでとぼとぼと馭者台に歩みを進める。
そんなに美味しいのか、既に蒲焼きを食べ終わったアニスも付いてくる。
ギルドの門前にある駐車場ならぬ「駐馬場」。
ここにずっと馬車を停めておくのはさすがにマズイだろうし…どこか迷惑にならない様な広場とかがあれば良いんだが。
「よっこらせ」などとおじさん臭い声を無意識に出しつつ、馭者台の空いたスペースに腰を下ろす。
チラッと右を見てみたが、マジで大丈夫かコイツ。
シスターさんは相変わらず虚空を見つめていた。
後ろを向いてアニスもちゃんと座った事を確認する。
その隣でレイラは本を読んでいた。
もともと読み書きは幼稚園児レベルだったのだが、アニスが文字を教えた事で、レイラは簡単な本なら読めるほどになっていた。
レイラは地頭は良い様で、アニスが教えた事は面白いほどに吸収し自分のものにしていく。
…やっぱ今度戦い方とか教えてみようかな。
いや、教えるほどの実力はないし、現状俺の戦闘はレベルに物を言わせた荒削りにも程がある戦闘だし。
ま、それはおいおい考えるか。
「マップ」で取り敢えず近くの広場を確認しつつ、ギルドで無料配布されていた町の詳しい地図を眺める。
頭の中の「マップ」を確認していると、どうにも周りからは「ボーッ」としてる様に見られるからな。
こうやってカモフラージュしとかなければ。
「…理解しました」
不意に隣から聞こえた声にハッとした。
と同時に右腕をガシッと掴まれた。
「うぇっ!?なに!?」
驚き、マリシテンに目を向けた。
そこにはここ数日中、戦闘の時にしか見せなかったキラッキラに輝いた目をこちらに向けるシスターがいた。
ただ、戦闘の時と違うのは、目は輝いているが表情は無表情な点くらいか…。
「やっと…やっと理解しました。
ヤマトさん…いえ、ヤマト様は「邪神」や「魔獣」を殲滅し駆逐し惨殺する為に「神」が遣わせた崇高な方なのですね」
おぉっとぉ・・・。
覚醒と同時にまたぶっ飛んだ結論に着地してやがる。
しかもあながち全否定出来ない程度に的を得ている。
偶に忘れかけるが、死神(自称)に「邪神をどうにかして」って言われたわけだし…。
「何故こんな事に気付かなかったのでしょう…
猫や竜などの亜人さえもヤマト様の「存在」に気付き、付き従っていたと言うのに。
私は今の今までそれに気が付きませんでした。
どうかお許し下さい、ヤマト様」
うっはぁ・・・コレは本格的にマズイぞ。
こいつのなかで俺、かなり神格化されてる。
「ね、ねぇ…シスター、大丈夫なの?なに言ってるか分かってるのかな?」
馭者台に顔を出したアニスが引きつった顔で聞いてきたけど、
大丈夫に見えるなら、アニスの耳をむしり取ろうと思う。
「猫ごときがヤマト様に触れるなよ…」
さっきまでのあの輝きに満ちた目は何だったのか、
今は冷酷な目をアニスに向けて、マリシテンは右手にナイフを構えていた。
「やめろマリシテン。
そもそも手合わせの後にお前を治して、気がつくまで看病したのもアニスだ。
足の傷も診てもらってただろ。
現状お前は2度も世話になってるんだからな」
「…ヤマト様がそう言うならば」
マリシテンは静かにナイフをしまった。
マリシテンが気を取り直したらそこでお別れかと思ってた俺は、どうやら浅はかだったみたいだ…。




