アニスの料理
起きると既に太陽は頂点に達しており、感覚的に昼過ぎである事に気がつく。
「猫。柔軟体操を行っても大丈夫でしょうか」
「別にそれくらいならいいけど…ってその呼び方止めてくんないかな…?」
「猫に猫と言って何が悪いんですか、亜人のクセに」
「おぅおぅ、言ったな戦闘狂シスター!」
何やら向こうでアニスとマリシテンが言い争ってるが…ほっとこう。
馬車の横に敷いたシーツの上。
取り敢えず上体だけ起こしたが、自然と大きな欠伸が出た。
ふと気がつくとすぐそばにレイラが正座していた。
「何してんだ、レイラ」
「…いえ?特に何も?
あ、何かご命令でも…?」
・・・本当に座ってるだけだったのか。
それはそれでいいけど、ずっとコッチ見てたのか?
なんか恥ずかしいわ…。
レイラは出会った時よりは幾分か感情表現がはっきりしてきた様に思える。
最初なんか「世界は敵」みたいな、どこか殺伐とした雰囲気が感じられたからな。
今では派手さは無いが可愛らしい服装も相まって、ただの綺麗なお姉さんにしか見えない。
まぁ…一目で「奴隷」と分かる首輪が無ければ、な。
「何か変わった事はあったか?」
「いえ、問題はありませんでした。
…強いて言うなら今が問題かと」
言葉尻が小さくなりながら、レイラは視線を俺の奥にチラリと向けた。
振り向くと…。
「あんたの中の「柔軟体操」ってそんなに激しいの!?ただの「体操」ですら無いよ!!
安静にしなさいって言ったでしょ!!」
「これでも安静にしています。
これ以上指図する様なら刈り取りますよ」
同時に脳内で「危機感知」スキルが作動する…。
おい…本当にアイツは言葉に裏がないな…。
「おい、やめろマリシテン。
怪我が治るまではアニスのいう事を聞けよ。
そうじゃねぇと治っても手合わせしないぞ」
マリシテンの着る修道女服の長いスカート。
彼女は、そのスカートに入った深いスリットから手斧を取り出そうとしていた。
どうなってるのあの服…。
「…わかりました」
そんなに戦いたいのか…。
一つ溜息を吐きつつ、アニスが改めて柔軟体操の制限を説明しているのを横目に、俺は再び欠伸をした。
〜〜〜
「アルマナは、この森の中にある町で、元は街道を行く人達の休憩場所のような所だったものが、いつしか定住者が増えていき、町になったものらしいよ」
馭者台のすぐ後ろに座るアニスが、これから向かう「アルマナ」について軽く説明してくれた。
アニスの中で俺は「常識に疎い何処かの貴族の子息で、ワケあって身分を隠し旅をしている」とゆうような結論に至ったらしく、
最近は辟易せずにいろいろこの世界の事について教えてくれる。
まぁあながち的を得ているんだけどな。
「それにしても、またあの狼共とか出てこないだろうな?
ある程度舗装された街道って言っても、がっつり森の中だぞ?」
「多分大丈夫じゃないかな?」
なんでだよ…。
「えぇっと…あ、ほら!あれあれ」
馭者台に身を乗り出してきたアニスのせいで体勢を崩しつつ、その指差す方向を見る。
森の中に鈍く輝く水晶の様な物が立っている。
よく見ると1つではなく、だいたい等間隔で街道沿いにその水晶は立っているようだ。
「アレは?」
「見た事無い?
あれは「聖輝石」って言って、魔獣除けの簡易結界みたいなもの。
「国家錬金術師」が作ってるんだよねぇ」
・・・なんか、賢者の石を探す兄弟のマンガを思い出した。
「んん〜…でも結構輝きが鈍いから、そろそろ交換時期なのかなぁ?」
「交換時期?」
「うん。「聖輝石」は消耗品だからね。
まぁ高品質なものは長くて50年くらいは余裕で魔獣除けの効果があるけど、品質が劣るものだと3年くらいかな」
「ピンキリだな…」
「ピンク?」
色じゃねぇよ。
「あぁ〜落差が凄いなって事だよ」
「まぁね。
国の重要施設とか首都の周りは高品質なものになるけど、あんまりお金の無い町とか村だと粗悪品になっちゃうんだよね。
「国家錬金術師」様でも、練成の成功率は低いみたいだから」
まぁ魔獣除けって事だから…街道に侵入してくる魔獣は少ないだろうな。
…てことは昨日の狼共が出てきたとこはもう「聖輝石」とやらの効果が切れてるんじゃないか?
心配してアニスに聞いてみたが、交換時期が迫ると定期的に確認を行っている様なので、仮に効果が切れていたとしても、発見は時間の問題だろうと、わりと楽観的な意見が帰ってきた。
それでいいのか?と思ったが、
「報告するなら「アルマナ」でやれば大丈夫でしょ」とゆうアニスの意見に乗っておく事にした。
〜〜〜
日が沈む少し前に目的地の中間点。
つまり「アルマナ」の町に到着した。
「マップ」で確認してみたのだが、この「アルマナ」は、街道沿いに「飲食店」「宿屋」「各種専門店」といった具合に大まかに3ブロックに分けられる。
「マップ」表示でも、購入していた実際の地図でもそうだが、
上から見ると、ちょうど街道の表示と相まって串団子の様な感じだ。
「アルマナ」が見えてきた時からアニスは顔に布を巻いた状態である。
「猫。その布は暑くないのですか?とゆうか見てて暑いです。息苦しいので外してください。
そして亜人とバレて蔑まれ貶されたらいいと思います」
「それが嫌だから隠してるんだよ!あとその呼び方やめろ!」
まぁた始まった…この2人は全く。
おろおろしてるレイラの事も考えてやれよ…。
「マリシテン、極力問題は起こすなよ」
「私は起こしません。猫は知りませんが」
「なんでよ!」
「その呼び方もやめてやれ。
それに亜人だとバレて面倒なのは俺たちだろ」
「私は特に」
確かにそうですよね…。
あぁ…でもアニスは良いとして、考えてみればレイラがいたな。
宿は取れるかなぁ…いやカトリーンさんも言ってたし、難しいか?
「取り敢えず、俺と手合わせしたいんだったら静かにしててくれ」
「そういうことでしたら」
なんか扱い方が分かってきた気がする。
〜〜〜
そもそも、亜人以前に奴隷と部屋を同じにする事自体が無理だった。
数件の宿を巡ってみたが、ほとんど「亜人お断り」と門前払い。
「奴隷であれば」と許可をくれても、部屋が同じだと知ると「何を言っているんだ?」とゆう目で見られ、
聞けば奴隷を宿に入れると他の客から文句が出るとかなんとか。
カトリーンさんの采配が如何に特例中の特例だったのか身に染みた…。
「あの…ご主人様…」
結局、宿を取れなかった人達が自然と溜まっていた開けた場所に馬車を停め、今日はそこで夜を過ごす事にした。
夕飯の準備のために折りたたみのテーブルを用意していた時、レイラが声をかけてきたのだ。
「ん?どしたん?」
「あの…私は部屋に上がれなくても問題はありません。
ここ数日で忘れそうになっていましたが、私は「奴隷」です。
本来であれば雨風が凌げるだけ幸せなはずなのですから…
私が宿に入れないのを理由に宿を取らないというのは…」
「そんな事言われても、さすがに旅の仲間を外に置いたまま、自分だけぬくぬくとベッドで寝るとか気分悪いし」
思ったままの事を言う。
対してレイラは俯いてしまった。
「…ご主人様は…なぜそこまで「奴隷」を大切にするのですか?」
「え?何故って言われてもなぁ…」
「確かに、ヤマトさんの「奴隷」への態度は、正直常軌を逸していますね」
馬車の後ろにちょこんと座る目の死んだシスターもそんな事を言い始めた。
いや、そんな総攻撃されてもな…。
そもそも「奴隷」って制度がどうかと思う。
ってゆう常識が一般的な世界から来ちゃってるわけだし、何故って言われても…。
アニスに聞いた話だと、
自主的に奴隷となる人、
犯罪を犯し、その罰として奴隷となる人、
とゆうのが公で許容されている奴隷なんだとか。
そーゆー人たちは別に問題ないのだが、
実際のところ「奴隷」は「人攫い」とゆう、言うなれば「誘拐を請け負う人」によって拉致され、奴隷商人が買い取り、販売されているのが8割程なんだと。
レイラも例外ではなく、
物心ついた後、元いた村の外に出た瞬間「人攫い」に捕まり現在に至るとの事だった。
それを考えると…やっぱ、奴隷だからって蔑ろにするのは、俺には出来ないね。
ドSじゃないし。
「俺は旅の仲間である以上身分とか気にしない事にしてんの。
だからだよ。
こんな答えでいいか?」
レイラにもマリシテンに対してもそう言葉を返した。
レイラは尚も俯いていたが、尻尾の先がピコピコ動いていた。
感情が無意識に尻尾に出てるとこが可愛いと思う。
「レイラは俺の奴隷だけど、俺は奴隷扱いする気はない。
コレは何を言っても変える気は無いから、もう今みたいな質問はするなよ」
レイラの頭をポンポンと軽く叩いて、俺は改めて夕飯の準備に取り掛かる。
数秒してふと思う。
ついレイラの事を「やっぱ19歳だし、多感な時期ってヤツだよなぁ」とか考えていたのだが、
端から見たら俺は「14歳の少年」であり、なかなか複雑な状況だった様な気がしてきた。
「ヤマトさんって歳上キラーなんですか?」
「うるせぇよ戦闘狂!座ってないで手伝って」
相変わらず死んだ目でこちらを見ているマリシテンに取り敢えず、八つ当たっておこう。
マリシテンは数秒じーっとしていたが、
なんだかんだで準備を手伝ってくれた。
意外と素直だな…。
その様子を見てレイラも慌てて手伝ってくれた所で、ちょうどアニスが買い出しから戻ってきた。
〜〜〜〜〜
取り敢えずもうアニスには料理をさせないでおこうか…。
あいつ、味覚が死んでるわけでは無いのだが料理が全然美味しく無い。
いや、正確には味覚が鋭すぎる。
その上薬屋故なのか、全体的に薄い茶色の身体には良いんだろうな…とゆう料理を作ってくれたのだが、
美味しく無い。
てか、味が感じられない。
スポンジと紙に水をかけて消しゴムと一緒に食べているみたいな…。
ただ、アニスはちゃんと微々たる味を感じているらしく俺の文句にかなり不服そうだった。
かなり不服そうな要因のひとつとして、
レイラもアニスほどでは無いがちゃんと、味を感じていたのもある。
亜人2人はちゃんと味を感じて美味しいとか言っていたが、
俺とマリシテンの人間コンビは文句しかない。
「コレだから亜人は人間と思えないのですよ。
加えて猫の手料理なのが憤慨度増加の要因でもあります」
「それただウチが嫌いなだけでしょ!!」
「いや、でもマジで美味しくない…てか味がしない…」
「するよ!コレにこのソースをかけて…ほら食べてみてよ!」
差し出されたからには取り敢えず食べてみるけどさ…。
「水に浸した布?」
「ソースをかけたババーニャ草だよ!!」
なんだよその草…。
多分見た目的には砂色の葉野菜?
…コレは今後も食わないな。
「ちょっと出かけてきます」
急にマリシテンが立ち上がった。
「どこに?」
「…ご飯を食べてきます」
「それ、俺もついて行きたい」
「兄さん!!??」
周りにチラホラと人がいるので、アニスは今顔に布を巻いた状態なのだが、
その目は若干うるうると涙目になっている。
そんな目をするなよ…俺が悪いみたいじゃないのさ…。
アニスの横でキョトン顔のまま、黙々と自らの前に置かれたアニス特製無味料理を食べているレイラと目があった。
「レイラ…その料理は美味しいかい?」
「そうですね。「カトレア」で食べさせて貰った物よりは薄味に感じますが、ご主人様やマリシテン様が言うほどでは…」
「レイラ、俺の分も食べててくれ。これ命令な」
「兄さん!??」
「かしこまりました」
「レイラちゃんもちょっとは遠慮して!?」
「じゃ行ってくるから!!」
俺はマリシテンを追う様にその場を後にした。
後ろの方でアニスの声が聞こえたが・・・。
んんん…やっぱ悪い事したな。
なんかお土産でも買って帰ろう。




