レイラの思考
「ちょ!え!?兄さん何してんの!!??」
朦朧とする意識の中で何か聞き覚えのある声がした…。
誰だっけ?
んん…思い出せない…前の世界の人かな?
なわけないか。
自分の意思とは関係なく身体が持ち上がり、次には体勢がある程度楽になる。
なんだろ。
身体が熱いような、寒いような。
溶けているような気もするし硬直してる気もする。
赤い…人?が見える。
その後ろには黒い人。
死神かな?
…いや、こんな感じじゃなかったしな。
あ、ダメだ、もう…無理。
◇
私が目を覚ました時には、ご主人様は既に起きておりました。
主人より長く寝ている奴隷など、また鞭で打たれると身構えてしまいましたが、
このご主人様は不思議な事に一切怒らず、普通に朝の挨拶をしてきました。
わけが分かりません。
ですが…私に「レイラ」と名付けて下さいました。
「夜」という意味なのだとか。
私の黒い鱗から連想したと仰っておりました。
そんな素敵な名前を付けて下さるどころか、昨日は私をベッドに寝かせようとしました。
さすがに私も奴隷として、そこまで厚かましくはありません。
物心付いてすぐに奴隷として売られ始めましたが、
その頃から10数年。
やっと私のことを買ってくれたのは、恐ろしくなる程に優しく、人間の様に扱ってくれるご主人様でした。
そんなご主人様を床で寝かせるなど!!
まさか「命令」までして来るとは思いませんでしたが、そこまで来ると私も意地です。
少し意識が飛びかけましたが、やっぱりご主人様はお優しく、「命令」を解除してベッドで寝てくださいました。
それでも布団は使えと言ってきました。
さすがにここまで来ると、ご主人様は頑固者なのだと解釈し布団は受け取りました。
起きてからも、特に何か命令をされる事はありませんでした。
強いて言うなら「楽にしてて」と言われましたが…どういう意味なのか分かりません。
取り敢えず座っています。
ご主人様は最初は、私の事が気になるのか何度か声を掛けて来たりしきりに様子を伺ったりしていましたが、今は特に気にしていないみたいです。
暫くして、ご主人様がわざわざ朝食を持ってきて下さいました。
今まで固い「麦パン」しか食べた事がなかった私には、どれもご馳走に思えました。
そしてどれもご馳走でした。
気がつくと、ご主人様は不思議な色の半透明の液体が入った瓶と、金の粉が入った小瓶をテーブルに置き、難しい顔で羊皮紙を睨んでいました。
いくらか時間が過ぎ、ご主人様は意を決した様に小瓶の粉を、半透明の液体の中に半分ほど入れ、細い棒でかき混ぜていました。
すると、半透明の液体が凄く神々しい光を放ち始めました。
なんと言うか、明るくて、優しくて、柔らかくて、でもどこか危険を感じる…そんな光です。
「ご主人様…?」
「ん?あぁ。
これは「経験値薬」ってヤツらしいんだけどね、ちょっとした実験を今やっててね…」
神妙な面持ちで尚も液体を混ぜるご主人様ですが、大丈夫なんでしょうか?
あ。
ご主人様が液体を混ぜ終わると同時に、その「ケイケンチヤク」を飲み干しました。
飲む物だったんですね。
数秒ほど首を傾げています。
ッ!!??
なんでしょう、イヤな予感がします!
「危機感知」スキルが発動してるのでしょうか?!
「ぐっ・・・!!??」
「ご主人様!?」
ご主人様の様子がおかしいです!!
目を見開き、血管が浮き上がるほどに全身に力を入れています!
汗も一瞬で凄い量が出ていて止まりません!
息もできているのか分からないです!
手足がとても震えて居ます!
どうすればいいのですか!?
ご主人様、私はどうするべきなのですか!?
ご主人様の優しさや朝のご馳走は、この地獄の様な目の前の状況の前触れだったのですか!?
わ、私はどうすれば!!??
ガチャ
「兄さん〜約束通り来たよ…って、ど、どうしたの!!??」
急に部屋の中に赤い布で顔を覆った人が入ってきました。
私より小さい。年齢も下だと思われます。
なのにすごく大きな荷物を背負ってます。
その人は、床に転がる瓶を見て、布の隙間からかろうじて見える目を見開きました。
「ちょ!え!?兄さん何してんの!!??」
何もしていません。
液体を飲んだだけでした!!
ご主人様は…ご主人様?
先ほどまでと違い、今は手足をはじめとした身体全体がグタッとしていました。
これは見た事があります。
鞭で打たれ続けた「22」が、半日でこんな感じになっていました。
目も開いているのか閉じているのか分からない感じで、口から泡?も吹いています。
人間は偶に泡を吹きます。
鞭で長時間打たれたり、お仕置きをされた後だと吹いてました。
「ちょっと!飲んだの!?経験値薬飲んだの!?飲んだんだよね!?
ちょっと!!兄さん!??」
部屋の入り口に荷物を置いた赤い布の人が、ご主人様の頬をしきりに叩いています。
この人は…ご主人様を傷つける人か!?
私はすぐにその人の腕を掴みました。
「あうっ!?な、なに!?誰!?」
「レイラ….です。ご主人様に、何をする…つもりですか」
「その首輪…ど、奴隷?
あ!
別にあんたのご主人様を攻撃してるんじゃないから!
てか、早く兄さんをベッドに移動させて」
「…はい」
敵ではない様です。
知らない人からの命令ですが、命令です。
速やかに従い、ご主人様をベッドの上に寝かせます。
とても軽いですね。
「はぁ…まさかこんなすぐに服用するとはねぇ…。
それにしても症状が異常だしなぁ…やっぱ身体に負荷が?
いやそれにしてもあそこまで酷い状態にはならないよねぇ…せいぜいかなり酷い頭痛と発熱…まぁ場合によっては意識混濁もあるけど…30以上のレベルを超えるときに稀にって程度だし…」
赤い布の人がなにかブツブツ言っています。
「ズツー」とか「ハツネツ」とか。
「んんん…ん?
何この粉?
奴隷さん、何か知ってる?」
首を横に振る。
「んんん…そーだよねぇ…」
「ただ…ご主人様はそれを液体に混ぜて、それを飲んだら倒れました」
「…混ぜた?
コレを…経験値薬に?」
「…はい」
赤い布の人が、持っていた大きな荷物をガサガサしだし、何か色々な道具や液体を床に並べ始めました。
何をするんでしょう?
とてつもなく小さいスプーンで、金の粉をすくったり、
いろんな色の液体と混ぜたり、魔法陣が描かれたプレートを使ってガチャガチャやったり、
かと思えば、羊皮紙数枚を取り出して読み始めたり、
何かを調べているみたいですが、
そもそも見ていても全く分かりません。
ご主人様の方は、相変わらずグッタリとしています。
先ほどよりは楽そうですが、まだ「危機感知」スキルが発動しているので…なんとも言えません。
かなり時間が経ちました。
「はぁ…まさか…でも、そうとしか思えないわ。
本当に存在したなんて…」
なにか分かったのでしょうか?
「あの…」
「あ、ああ、ごめん。
この金の粉が何か分かったわ。
兄さんが持ってた羊皮紙には全く未知の言葉が書かれてたんだけど、多分これは金の粉の説明ね…。
まぁ何が書かれてたかは読めなかったけど、
ちょっとだけ実験してみたら、金の粉を混ぜた薬品全てが異常なまでに効果が増幅していたの。
それも1が10になるなんてもんじゃない。
1が1000になる…しかも「極小匙」1杯でこの激変。
見たところ金の粉は元々今の倍くらいはあったみたいだから…この兄さん、経験値薬に金の粉…仮に「限界突破薬」とするね。
この粉薬を元の半分も混ぜて…。
まったく…どんな事になるかまったく予想がつかないわ。
「限界突破薬」も、効能がおとぎ話の様に文献に残ってるくらいだし…ホントに未知数だよね…」
・・・。
・・・・・・。
赤い布の人が何を言っているのか、全然分かりませんでした。
知らない単語をドンドン出されて、本当に分かりません。
私は…どうすればいいのですか…?




