序章の序章
さて、今日も今日とて暇だ。
貴族…それも伯爵である我が父上は相変わらず仕事だなんだと部屋にこもっている。
俺の事より兄上の方が大事な様で、俺が市街地でどんな遊びをしても何も言ってこない。
とても「優秀」な兄上様は王都の騎士団に入ったとか、何番隊かの副隊長になったとか言っていたけど、
正直興味は無い。
むしろ、兄上が居たが故に俺の扱いはぞんざいだ。
さてと…。
昨晩は娼館でちょっとやらかしたからなぁ…街に出るのは気が引ける。
面倒事はゴメンだ。
久々に狩りにでも行ってみるか。
〜〜〜
「アルキウス様、どちらへ?」
執事のサンドリアスが声を掛けてきた。
「なに。少し山に行くだけだ」
「お一人でですか?!
今は「戦斧蜥蜴」の繁殖期で危険です!
行くのであれば護衛を数人・・・」
はぁ…コレだからこいつには見つかりたくなかったんだよな…。
「別に大した事はない!
トカゲ程度は俺一人でも充分だ!」
「いえ!問題はリザードでなく…」
「分かったから口を出すな!!
執事風情が、俺に指図するつもりか?」
「い…いえ、そのような…」
権力と言う絶対の力をチラつかせれば、誰だってすぐ黙る。
我が家に仕える執事とて、例外じゃない。
何を起因に職を失うか分からないからな。
俺は足早に屋敷の外に出た。
後ろの方で小さくサンドリアスが「お気をつけて」と言っていたが、知るか。
〜〜〜〜〜
トカゲが繁殖期とか言っていたが、それ以前に獣が居ない。
鳥の鳴き声さえもない程だ。
そうなると、別の意味で森に入るのは間違っていたかな?
乗ってきた愛馬も、森に入ってからどこか落ち着きがない。
トカゲ程度の繁殖期がそんなにマズイとは思えないのだが…。
2時間程森を彷徨ってみたが…変わりなし。
いや…今向こうの茂みに何か居たな。
馬を止め、息を潜めて眼を凝らす。
動いた。
あぁ…アレがサンドリアスが言っていた「戦斧蜥蜴」か。
なるほど。
トサカ部分が斧の様な形状で硬質化しているな…。
蜥蜴とは言っているが…地竜種に近いのか、二足歩行だな。
この距離なら・・・まぁ行けるだろう。
俺は慎重に弓を構え、矢の進路先をトカゲに向ける。
鳥の声さえ聞こえない静寂の中、
弓を引きしぼるギギギ…と言う独特の音が耳に届く。
やがて弓の限界と矢の狙いが定まる直後、それは現れた。
今までの静寂が夢であったかの様に、唐突に木をなぎ倒す様な破壊音が響き渡った。
目標だったトカゲが一瞬で巨大になる。
いや、そうじゃない。
別の巨大なトカゲ…地竜になっていた。
「な…!?」
驚きのあまり、構えていた弓から手を離してしまい、矢はあらぬ方向へと飛んでいく。
しかしそれがマズかった。
飛んだ矢の着弾地点は、突如現れた地竜の頬を掠めたのだ。
真紅の瞳と目が合う。
その時に気が付いたが、地竜の口の端からトカゲの尻尾が見えている。
あの一瞬の内にこの地竜はトカゲを一口で食したのだ。
こんな時に、急に出掛けにサンドリアスが言っていた言葉を思い出す。
「問題はリザードでなく…」
トカゲが問題じゃないのだとしたら…。
そして、この森の静寂さ…。
ここまで地竜出現から数秒。
すぐに悟った俺は考えるより先に馬を走らせた。
思いがけない地竜の出現に、馬も硬直していたため、走り出すために2〜3度鞭を打った。
〜〜〜
獣道をひた走る。
本来なら舗装された道を走る事に長けた「フラスト種」である俺の馬にとって、獣道の疾走はかなり無理をしている様だが、
背後に迫っている巨大な地竜の為に速度は落ちる事がない。
いつの間にか小雨も降り出していた。
このままでは地面もぬかるみ、馬が走れなくなる。
視界の右端に森の終わりが見えた。
俺は後ろの地竜を欺く為、一度左へ行く素振りを見せて一気に方向転換した。
案の定騙された地竜は、足をもつれさせ、体勢を崩した。
コレを好機とし全力で馬も走る。
体勢を立て直した地竜は尚も追って来たが、先ほどより距離がある。
コレなら行ける!
・・・そう思った自分を襲ったのは別の絶望。
馬は踏みしめる足場を無くし宙に投げ出される。
騎乗していた俺も例外ではない。
森の端ではなく、2〜3階程の建物より少し高いくらいの崖だった。
下は岩場では無いので即死は無いだろうが、
かと言ってこの体勢で助かるとも思えない。
追いついた地竜が崖の上から俺を見下ろしていた。
だが、この高さを飛び降りてまで追う気は無かったらしく、すぐにその姿は見えなくなった。
直後全身を凄まじい衝撃が襲い、俺の意識は暗転した。