エミルの秘密?
強盗団の逮捕から3時間後、連邦特務捜査局から送られてきた捜査官30名は意気揚々と、ティムたちがねぐらにしていた街跡に踏み込んだ。
ところが――。
「捜査長! 街のどこにも、被疑者の姿はありません!」
「なんだと……!?」
1時間以上にわたって人海戦術的に街を捜索したが、どこにもティムたちの仲間、ダリウスの姿は無かった。
「違う街だったってことは考えられないの?」
「いや、捌く前の盗品や、彼らが使っていた機関車の補修・保安部品などがあったことから、彼らの本拠であることは疑いようが無い。
残念な話だが、そのダリウスは強盗団の逮捕を察知し、捜査員が到着する前に逃げてしまったらしい」
事件の顛末を伝え、パディントン局長はやれやれと言いたげな表情をエミルたちに見せた。
「そのダリウスなる男こそ、この事件の核となる人物だったのだ。彼は何としてでも逮捕しなければならない、最重要人物だったのだが……」
「確かにティムたちだけでは盗品を捌けないし、そもそも機関車の調達もできないわけですからね」
「その諸悪の根源となった人物を、捜査局はあろうことか、おめおめと取り逃がしてしまったんだ。
まったく、『特務捜査局』などと名乗っておきながら、何と言うお粗末な仕事振りだ!」
憤慨する様子を見せるが、一転、局長はニヤッと笑う。
「……ま、それだけ我々が手助けしてやれると言うものだがな」
「じゃ、今後も業務提携があるってことかしら?」
「勿論だ。何しろ、捜査局始まって以来、ずっと放ったらかしだった難事件を、我々が見事に解決したんだからな。ここで相手から手を切るなんてことは、到底考えられまいよ」
と、局長がポン、と手を叩く。
「ああ、そうそう。あのクインシー捜査官なんだが、今回のことで、我々と合同捜査を行う際の、専任捜査官に任命されたそうだ。いわゆる『パイプ役』だな」
「って言うと?」
「今後も捜査局との合同捜査には、彼が来ると言うことだ」
「マジっスか」
嫌がるアデルに対し、エミルは飄々としている。
「あら、いいじゃない。なかなか見どころあると思うわよ、あたしは」
「え、……ちょ、おい、エミル?」
「何よ?」
「まさかお前、あのお坊ちゃんのこと……」
「バカね」
慌てるアデルに、エミルがくすっと笑って返す。
「あんたが思ってるようなこと、あたしは思ってないと思うわよ、多分。
それじゃ局長、あたしたちは次の案件の情報を集めますので」
「ああ」
エミルとアデルは揃って敬礼し、局長室を後にしようとする。
と――局長が「ああ、そうだ」と呼びかけた。
「何でしょうか?」
「いや、ネイサン。君はいい。ミヌーに聞きたいことがあるんだ」
「あたしに?」
「うむ。ネイサン、君は先に行ってていいから」
「あ、はい」
狐につままれたような表情を浮かべながらも、アデルは素直に部屋を出る。
エミルがそのまま残ったところで、局長は真顔でこう告げた。
「強盗団が乗っていた機関車を捜査局の方で調べていたんだがね、妙な点があったそうなんだ」
「妙な点?」
「エアブレーキが破損していたらしい。それも、脱線の直前にだ。弾痕の大きさから、どうやらライフルの弾では無いかとの見解が下されている」
「それが?」
「脱線の直前、ネイサンはリーランド氏と一緒に作業していて、ライフルは君に預けていたそうだね。いや、そもそもあの時、彼は脚に怪我を負っていた。
もしもネイサンがそんな状態でライフルを使い、50フィート以上は離れた幅4インチ以下のエアブレーキ管に弾を当てようとするなら、相当運が良くないか、相当並外れた銃の腕が無ければ、命中させることは到底不可能だ。そして私が知る限り、ネイサンはそこまで射撃に長けていないし、運もさほどじゃあ無い。
君が撃ったんじゃないのか?」
「……さあ?」
局長の質問に対し、エミルはとぼけた回答をした。
「あの時、アデルに銃を渡されてはいたけど、あたしは自分の銃を持ってるもの。使う道理が無いわ。
リーランド氏を手伝う前にアデルが撃った弾が偶然、当たってたんじゃない?」
「強盗団の証言によれば、ブレーキ管の破裂は本当に、脱線の直前だったそうだがね」
「あの時は状況が緊迫してたし、彼らも相当焦ってたはずよ。記憶違いと思うけど」
「……君じゃあない、と言うんだな?」
「記憶に無いわ」
「エミル」
局長が、厳しい顔をエミルに向ける。
「隠す必要は無い。君がもし、優れた能力を有していると言うのならば、それは誇っていいことだし、積極的にアピールすべきことだと、私は考える。
それを何故、隠そうとするんだ? 謙遜は東洋の美徳だそうだが、私はそうは思わん。君もそうだろう?」
「……」
「隠す理由が他にある、と言うことだね?」
「申し訳ありませんが局長」
エミルは首を横に振り、丁寧にこう言い返した。
「今は申し上げられません。あたしの、誇りに関わることですから」
「そうか。ならば待とう。君がいつか自分から話してくれる、その時までな」
「ええ、お願いします。……じゃ、行くわね」
エミルはもう一度敬礼し、局長室を後にした。




