ドッグファイト
と――エミルたちの背後、最早枠だけになっていたドアの方から、警笛の音が響いてくる。
「え……」
「まだ朝の5時前、だよな」
「そ、そのはずです」
サムが懐中時計を確認してうなずく。
「貨物列車か? それとも……」
その疑念を、機関室にいたロドニーが確信に変えた。
「後ろから変な列車が来てるぜ、お三方ぁ!」
「変なって、何が!?」
怒鳴り返したエミルに、ロドニーがぶっきらぼうに、しかし的確な返事を返す。
「貨物列車にしちゃあ、荷車がいっこしかねえ! いくらなんでも一つだけ運ぶなんて、コストが掛かり過ぎるぜ! 普通の鉄道会社ならあんなことしねえ!
それによぉ、積んでる燃料も少な過ぎる! あんな量じゃ、100マイルも動かせねえ! この辺りをウロウロするので精一杯だ!
他にもよぉ、『逃げ足上等! とにかくスピードだッ!』ってビンビン主張してやがるぜってくらい、軽量化しまくってる!
もしかしたらありゃ、あんたらが言ってた……」
またも警笛が鳴らされ、ロドニーの声が遮られる。
「……っ、うっせえなあ! おい、なんか言い返してやれよ!」
「言われなくてもそうするっての!」
アデルが前方に怒鳴り返し、くるりと振り返って後方にも怒鳴る。
「減速しろ! このままじゃぶつかっちまうぞ!」
だが相手からの声は無く、依然として警笛を鳴らしてくる。
いや――先程までは客車5つ分は空いていた距離が、今は3つ分を切るくらいに、じわじわと詰まってきている。
「……ま、まさか」
サムの顔が青くなる。
「その、まさかじゃねーか?」
アデルもゴクリとのどを鳴らす。
「ぶつけてくる気、ね」
エミルはばっと踵を返し、列車の前方に向かう。
「前に逃げましょう!」
「おう!」
「はっ、はい!」
そうこうしている間にも、後ろの列車は速度を増し、距離をさらに詰めてくる。
「ぶつけてどうすんだよ……!? あいつらもただじゃ済まねーだろうに」
「い、いえ、そうとも限らない、かも」
サムがたどたどしくも、状況を分析する。
「後方から猛スピードで、つ、追突されれば、前方の車輌は、お、大きくバランスを崩します。
しゃ、車輌は、線路の上に乗っていて、固定なんか、さ、されてないですから、バランスを崩せば、だ、だ、だっ、脱線する、おそれがっ」
「落ち着けって! とにかく急げ! 前へ行くんだ!」
アデルがなだめ、前へと押しやるが、彼自身も明らかに狼狽しているようだった。
その証拠に――アデルは明らかに腐っていた床板を避けて通れず、彼の足がそこにめり込んだ。
「うわ……っ!?」「アデル!」
アデルが床下に消える寸前で、エミルとサムが彼の腕とベルトをつかむ。
「わ、悪い、助かった……」
「まだ助かってないわよ!」
どうにか引っ張り上げ、再度後方を確認すると、後ろの機関車は既に客車半分ほどまで迫っていた。
「は……」
三人は同時に叫び、そして全速力で、客車を駆け抜けた。
「走れーッ!」
機関車が客車に接触する直前、三人はどうにか、炭水車の上に飛び移る。
と同時に――。
「うおわぁ!?」「きゃあっ!」「ひいいぃ~……っ!」
機関車が客車に追突し、その後ろ半分を押し潰す。残った部分も大きく歪み、車輪の1つが線路から弾き飛ばされ、6900改自身もがくん、と斜めに傾いた。
だが自慢するだけあって、ロドニーは機関車の運転に相当、長けていたようだ。
「ふっ……」
くん、と車輌全体が前に引っ張られる。
「ざけんなよ、コラあああああッ!」
ロドニーがどんな方法を使ったのかは分からないが――HKP6900改はこの時、一瞬で時速数マイルもの加速を実現させた。
そのため後ろからの衝撃は前へといなされ、同時に前方へと強く引っ張られたことで、車輌は脱線することなく、線路の上に戻る。
あわや時速約50マイルで地面に叩き付けられるところだったエミルたちは、炭水車の上をごろごろと転がされるだけに留まった。
しかし、それでも――。
「げほっ、げほ、げほ……」
「ちくしょう、クソがっ……」
「何てことすんのよ、もう!」
エミルたちは体中に石炭をまぶされ、真っ黒に汚れることとなった。




