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第二章 その五 決意

   その五 決意


 空を眺めながら、考え事を巡らせていた雷斗だったが、どのくらいの時間そのままの体勢だったのかは分からないが、首が痛くなってきて目線を地面に移した。そのままどこともなく眺めながら、また考えを巡らせ始めたが、雷斗の目に映る景色の一部分が不自然に動いているのに気が付いた。よく見るとそれは少女の姿、というかエリーだった。また抜け出したのか、雷斗のもとに元気よく走ってきた。やって来たエリーを少し胸の鼓動を高鳴らせながら、雷斗はテラスにエリーをあげた。気持ちを落ち着けながら冷静を装って、雷斗はエリーに話しかけた。


「また抜け出して来たのか? いつもなら寝てる時間なんじゃなかったか」


 それに対して息を整えたエリーは微笑みながら答えた。


「なんだか眠れなくて。こんな時間に抜け出したことはなかったんですが、いてもたってもいられなくて……」


 そのエリーの仕草に頬を赤らめながら、咳を一つして雷斗は気持ちを整えた


「そうか。俺も眠れなくてさ、よかったらなにか話してくれるか、エリー」


 するとエリーは微笑んだまま答えた。


「話し相手になるのはいいですよ。でも、私は聞き役で雷斗さんが話し役ですよ」


 その言葉に雷斗は一瞬固まってしまった。その様子を見てかそうでないかはわからないがエリーは続けた。


「何か溜め込んでることありますよね? 今日一緒にいたときも薄々感じてましたけど、今来てみて確信しました。誰かに吐き出した方が気持ちは楽になりますし、これから先のことも考えやすくなると思います。さあ、どうですか?」


 そういってエリーは雷斗の反応を待った。しばしの沈黙のあと、雷斗は重々しい口を開いた。


「……本当にいいのか……?」


 その言葉にエリーは何も言わず、ただ頷いた。その反応を見て、雷斗は覚悟を決めて話し始めた。


「……まずは、こっちに来る前の話をしなくちゃな。俺は、もとの世界で物心ついたときから、剣道っていうのをやってたんだ。家は道場だったから、父さんが師匠でいつも兄さんと一緒に鍛錬してたんだ。母さんもたまに見てくれていた。あの頃はただがむしゃらに強さを求めて頑張っていた。父さんも兄さんも強くて、俺もそれに追いつきたくて。自分が強くなっていくのがわかるとすごくうれしかった。毎日充実してたと思う。でも、それがずっと続くことはなかった。この世界に飛ばされたからってことじゃない。五年前のことなんだけどな。兄さんの大会の日だった。いつも大会を優勝していた兄さんはその日の大会も優勝だった。俺は父さんとその大会を見に来ていたんだ。一番下の双子の妹と弟が風邪引いてしまったので、その面倒を見るためにこのはと母さんは来ていなかったんだけどな。大会が終わったあとに兄さんを迎えに行ったんだけど、試合中の兄さんの姿に感化された俺は、帰る前にちょっとでもいいから鍛錬したいってわがままを言ったんだ。兄さんは少し帰りたそうにしてたけど、父さんもノリノリだったし、兄さんは渋々つきあってくれた。少し遅くなってしまったから、いつもはあまり使わない細い道の続く近道で帰る途中だった。時間も時間だったからか、車も結構通っていて少し渋滞気味だった。あと通りを二つ越えると家に着くところだった。そのとき前の方が黒く見えた。暗くなって来ていた時間ではあったが、辺りの暗さ以上に黒い煙のようなものがこちらに向かって来ていた。焦った誰かが引き返そうとしたのか前の車にぶつかっていた。辺りはパニックに陥った。もう車を動かせない状況になっていた。父さんは、俺と兄さんに早く車を降りて逃げるようにと叫んだ。兄さんはシートベルトを外すのに手間取ってとても焦っていた。俺は呆然としてただ前を見ていた。父さんは、兄さんと俺のシートベルトを外して、俺を連れて外に出た。その直後、前にあった車が爆発した。それを皮切りに周囲の車も爆発していた。俺は父さんにかばわれながらなんとか家まで逃げ切った。家に着く頃にはあの黒い煙は夜の空に溶けて見えなくなっていた。そのかわり、事故のあった場所の方を見ると炎の色が赤く見えていた。家に着いて周りを見回したが、兄さんはどこにもいなかった。家について父さんの顔を見ると、父さんは安心したのか俺の頭をなでたあとゆっくりと倒れた。俺は父さんにかばわれてほとんど傷はなかったが、父さんは背中にたくさんの破片が刺さっていて血まみれだった。俺はわけもわからず父さんの名前を叫んでいた。俺の声に気付いた母さんたちが外に出てきた。母さんは取り乱さず、冷静に救急車を呼んだ。すぐに病院に運び込まれたが、父さんは既に息を引き取っていた。俺の無事を確認したあとすぐに亡くなっていたらしい。兄さんは、捜索願を出し周囲を探したが、結局帰ってこなかった。その日俺の家族は、二人の人間を失った。その直後は、家全体に暗く重々しい空気に包まれた。しかし、母さんは明るく振る舞っていた。唯一泣いていたのは、病院のベッドに横たわる父さんと二人きりのときだけだった。それ以来母さんが泣いているのは見たことがない気がする。まあ、他人の前で泣いていないだけかもしれないが。母さんが明るく振る舞っていたのは、暗い空気をどうにかしたかったのと、父さんの代わりに道場をまかされてどうにも暗くなっている暇が亡くなったから何だと思う。母さんに引っ張られるように家族は徐々に明るさを取り戻していった、俺を除いて。事故の後一年が経っても、俺だけはずっと心を閉ざしていた。その頃はこのはとくらいしか話していなかった。父さんと兄さんの一周忌のあとから徐々にこのはが、話しかけてくれる頻度が増えていった。そのおかげで他の人ともある程度会話できるくらいにはなった。それでも、本当に心を開ける相手はいなかった。一番会話していたこのはですら、本当には心を開いていなかった。俺はずっと悩んでいたんだ、俺が夢を追っていいのか、強さを求めるために頑張ってもいいのか。俺のせいで父さんと兄さんの未来を奪ったんだ。それだけじゃない、俺は父さんや兄さんとともに過ごすはずだった時間をみんなから奪った。そんな俺が何かを求めていいのか。そんなことを悩んで、いつしか頑張ることをしなくなっていた。何かを求めなくなった。だからといってこんなことを誰かに言えるわけもなかった。ずっと心の奥に押し込めて、いつの間にか何かを全力ですることはなくなった。何もかも頑張れなくなった。いや、頑張ることが怖くなったんだ。……俺はどうすれば、変われるんだろうな……」


 最後にそうつぶやくと少し自虐的な気分だった雷斗は、なんとなくエリーの顔を見た。すると、エリーは涙を流していた。エリーは、優しく雷斗を抱きしめて頭をなでた。


「もう一人で抱え込まなくてもいいんですよ。雷斗さんはやりたいことをやってもいいんです。夢を追ってもいいんです。強さを求めてもいいんです。あなたのお父様もお兄様もそのことを咎めたりしませんよ。たとえ誰が批判しようとも私はあなたの味方です。また何かにつまずいたり悩んだりしたときは私に話してください。いつでもどれだけでも聞きますよ」


 優しく抱きしめられながら、この言葉を聞いた雷斗は溢れ出しそうな気持ちを押さえながら聞いた。


「……本当に一人きりで抱え込まなくてもいいのか? 本当にやりたいことをやってもいいのか? 本当に夢を追ってもいいのか? 本当に強さを求めていいのか? 本当に味方でいてくれるのか……?」


 雷斗の目から涙が一筋流れた。エリーは抱きしめながら答えた。


「全部本当です。一目見たときからあなたのことを助けたかったんです。助けられたのは私の方なのにおかしいですよね。でも、本当にそう思ったんです。少しでも、あのときの恩を返せたのならうれしいです。今日抜け出してきたかいがありました。いっぱい話せてうれしかったです」


 エリーの言葉を聞きながら雷斗は泣いていた。一度流れ始めるとあとを追うように次々に涙が流れた。泣いている雷斗の震えている肩で気が付いたのか、エリーは何も言わず先ほどまでより少し強く抱きしめた。どれくらい時間が経ったのだろう。少し落ち着いた雷斗は、エリーに感謝の言葉を伝えた。


「ありがとう。話を聞いてくれて。背中を押してくれて。味方になってくれて。あのときの恩返しって言うなら、俺はそれ以上に貰ってしまった気がするな。だから、俺は決心したんだ」


 雷斗は、そこで言葉を一度切って、エリーの肩を持って少し自分から離し、エリーの顔を見ながら何かを決心した表情で言った。


「俺は君を、エリーを守りたい。そのためにこれからは生きていく。これからのことをいろいろと迷っていたけど、ようやく見えたんだ。何をするか、何をしたいのか。今まで閉じ込められていた心を君が救い出してくれたんだ。だから、これからは君のために生きると決めたんだ。もう一度言うけど、ありがとう」


 それを聞いて、エリーはうれしそうな笑顔を返してくれた。その頬は少し赤みがかっていた気がしたが、夜の闇と少し離れていたことで本当にそうかはわからなかった。



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