第二章 その二 真実二
その二 真実二
そんな事実を突きつけられても、雷斗はなかなか信じる気持ちになれなかった。頭では理解できていても、心はそう簡単には理解できないうえに理解したくない。まさか、自分が今まで生きてきたところでともに暮らし、家族と思っていた人間が、血のつながりのない人間であるとはそう簡単には信じたくないのは当然である。仮に良好ではない関係であったならば、そう信じてもいいと思えたかもしれない。だがそうではない。あるときまではとても良好な関係であった。そのうえ、あるときから自分から深くは関わろうとしなかったものの、相手は雷斗のことを気遣ってくれていたことをとても感じていた。そんな関係性の人間を雷斗は簡単に他人であると信じる気にはとてもなれなかった。
そう雷斗が思いを巡らせているうちに、部屋の外が騒がしくなってきていた。声と会話の内容から考えるに、男性がエリーを探しているようだ。その声が聞こえてきたことに反応して、エリーはうれしそうに部屋の外に飛び出して行った。雷斗は嫉妬する余裕もなく見送ったが、エリーの姿が部屋から消えるや否や大きな雷が落ちた。
「どこをほっつき歩いてたんですか、エリー王女!」
部屋の中にいた雷斗とこのはですら、その声の大きさにとても驚いた。その声にエリーも少しおびえているのだろうか。何か言い訳しているようだが、声が小さくて詳しい内容まではわからない。エリーの言い訳もそこそこにまた雷が落ちた。
「いつもいつも言っているではありませんか! 勝手に城を抜け出すなと! あなたはこの国の王女です、立場ある人間なんです! あなたに何かあったら困るのはあなただけではありません! しかも今回は何かありかけたんですよね!? 偶然通りかけたものに救われなければ危うかったんですよね!? もっと自らの身分を考えて行動してください!」
さすがにここまで言われては、エリーの声が小さく内容がよく聞こえなくても、すごく反省しているのがよくわかる。その反省の言葉を聞いてか、さっきの雷の主は気を取り直して、この部屋に入ってくるようだ。最初に耳に入ったときは、声の大きさや怒気の具合で驚きの方が強かったが、だんだんとこの声を聞いていて雷斗はある意味嫌な予感を感じていた。今はまだ理解したくない事実を突きつけられるような何ともしがたい予感を。失礼しますとはっきりした声のあとに頭を下げながら青年が一人入ってきた。
「この度は我が国の王女であるエリー様をお救いいただき、誠にありがとうございます。先ほどは恥ずかしいことをお聞かせしてしまい申し訳ありません。しっかりと礼は尽くさせていただきます。申し遅れました、わたくしはこの国ガンドル王国騎士団の騎士団長をつとめさせていただいております、ガイルディア・ホークナイトという者です。申し訳ありませんが名前を伺っても……」
そこまで言ってようやく青年は顔を上げた。それまで意識せずにうつむいていた雷斗もこのとき何気なく顔を上げた。互いの視線が重なったとき、それぞれに何かが走った。青年は目を見開き、雷斗は目をそらした。雷斗は、さっきの話の中でいまいち理解しきれていなかった内容をようやく理解し、それと同時に信じたくない現実を突きつけられた。青年は目を見開いたまま、おそるおそる目をそらした雷斗に話しかけた。
「まさか、今このようなときにこのような場所で会うことになるとは思わなかったよ。我が兄、ライトニング……」
雷斗にはその言葉がだめ押しのように感じた。これが、さっき聞いた神隠しと神現しの話に出てきた、血縁者に一目会えば分かるということなのだ。ガイルディアと名乗る青年とここで初めて会ったはずなのに、長年ともに暮らした家族のような雰囲気を感じてしまう。しかしながら、不思議と本当に今までともに暮らしてきたこのはのことは、それはそれで今までと変わらないように家族であると感じられた。自らの中にあった不安が一つ解消されたことによって、自らの境遇を理解していく一歩を踏み出せた気がする。雷斗は顔をもう一度上げ、確認と訂正をした。
「俺もこういう感覚は初めてだが、ガイルディア、どうやら君と兄弟なのは本当のようだ。だが、違うこともある。俺の名前は雷斗、立花雷斗だ! ライトニングなんて速そうな名前じゃない。この部屋の端っこでぽかーんとこの事態を眺めている立花このはの兄の、立花雷斗だ!」
その言葉を聞いてその場にいた雷斗以外はそれぞれに反応を示した。エリーはなぜかうれしそうに微笑んだ。名指しされたこのはは恥ずかしそうに顔を赤くし顔を隠したが、その口元は緩んでいるように見えた。ガイルは聞いた瞬間は面食らったような顔をしていたが、次の瞬間にはあきれたように笑った。
「ふっ、そうか。まあ、君が何者であって、今まで何をしてきたものであろうとも、エリー様を助けていただいたことに変わりはない。それに対する礼は尽くそう。この世界に来たばかりであろうから、今後のことも心配ではあるだろう。だが、今のところはこれからある宴を楽しんでほしい。考えるのはそのあとでもいいだろう。エリー様がお相手をしていただいている間に宴の準備を出来ている。さあ、宴に行こうか」
ガイルはひとしきり話すとエリーをエスコートしつつ部屋を出て行った。その後すぐに、ガイルの部下であろう騎士たちが部屋にやってきて、宴が催される部屋まで案内された。その移動がてらさっきガイルたちの言っていたことを雷斗はこのはに説明した。雷斗が話し終わるまでは真面目に聞いていた。部屋に着いて、扉が開くと中から豪華な食事の匂いと優雅な音楽があふれてきた。
「このは、ここはとりあえずあいつの言っていたように宴を楽しむか」
そういう雷斗にこのはは同調した。
「そうだね。悩むのはあとにしようか」
雷斗は気のきいた言葉を返そうとしたが、タイミングよく腹の虫が泣いた。
「あはは、そういやこっちきてから何も食ってなかったな……。腹が減ったことに気がついたら、一気に減ってきた気がするな。何か食べようぜ」
そういうと雷斗はさっさと料理を取りにいってしまった。その後ろ姿をこのはは微笑みながら見送った。