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第一章 その三 王の娘

   その三 王の娘


 先ほどまでの喧噪が嘘のように辺りは静まり返っていた。この場には、雷斗と少女、そして少し離れた位置にこのはの三人だけになった。閑散となって初めて、少女は雷斗に声をかけた。


「あの、助けていただいてありがとうございます」


 そういって少女は雷斗に向かって深々と頭を下げた。雷斗はその行動に対して、思わず自らも頭を下げた。


「いえいえ、ケガがなかったようでよかったです」


 雷斗の行動に少し慌てつつも、少女はたずねた。


「頭を上げてください。その、名前を伺ってもよろしいですか?」


 雷斗は、少し舞い上がりつつも平静を装って名乗った。


「ああ、申し遅れてすみません。俺は立花雷斗と申します。恐れ入りますが、あなたのお名前は?」


 少し早口すぎたかもしれないと内心ヒヤヒヤしつつ、今度は雷斗がたずねた。


「ああ! お名前をたずねるのなら、私から名乗るべきでしたね。申し訳ありません!」


 少女のうつむく素振りを見て、雷斗はあわてて取り繕った。


「ああ、その、そんなに気にしないでください! 俺の方も会ったときに名乗っておけばよかった話ですから!」


 少女はおそるおそる顔を上げた。


「そう、ですか? あ、改めまして、私はエリーブライト・グランドールと申します」


 エリーブライト・グランドールと名乗る少女は落ち着きを取り戻したようで、雷斗はそのことに一安心しつつ気になったことをたずねた。


「エリーって言うのか…… そうだ、ここってどこですか?」


 雷斗の問いに少々面食らいつつもエリーは答えた。


「ガンドル王国の王都ランディオードというのですが…… あなたはどのようにしてこの国へ? 見たところ、この国では見たことのない服装のようですが?」


 雷斗は、聞き覚えのない土地の名前に困惑しながらも質問には答えた。


「あ、えーっと、気がついたらここに居たんです。……ガンドル王国、王都ランディオード…… だめだ、聞いたことない」


 雷斗の考え事の横で、雷斗の答えを聞いていなかった様子でエリーも悩んでいたようだが、突然何かを閃いたように大声を上げた。


「あなたをどこの方かは存じませんが、お礼がしたいので我が家に招待しましょう! ぜひいらしてください!」


 突然の大声に驚いたものの、話してみてこのエリーという少女が悪い子ではないようだということも何となく分かり、どうしてここに居るかという手がかりもないので雷斗はお言葉に甘えることにした。


「うん、ぜひともお願いします」


 エリーは安心したように周りを見回して雷斗にたずねた。


「あちらの方はお知り合いですか?」


 エリーの指が指し示した先を見ると、不機嫌そうに膨れっ面したこのはが雷斗を睨んでいた。


「ああ、まあ、あの膨れっ面は俺の妹です」


 これを聞いて、エリーは微笑みながら純粋に思ったことを口にした。


「そうなのですか。あまり似ておられないですね」


 雷斗は苦笑いしながら答えた。


「あはは…… よく言われます。あの、あいつも一緒にいいですか?」


 そういうとエリーはうれしそうに笑って答えた。


「もちろんいいですよ! あなたの妹さんですから。それに同世代の女の子とあまり話したことがないのです」

「ありがとう。じゃあ、呼んでくるよ」


 そういって足早に雷斗は足早にこのはのところに向かった。これだけ放っておいては取りつく島もないほどこのはの機嫌は悪そうだ。しかし、この場で何も分からぬまま手をこまねくよりはエリーに着いていく方が何か分かる可能性があると雷斗は考えた。だから、難航することは承知で雷斗はこのはの説得に向かった。このはに近づいた雷斗は恐る恐る話しかけた。


「……あの怒っていらっしゃいますか……?」


 そこはかとなく怒りを含めた満面の笑みでこのはは口を開いた。


「……まさか、どこかも分からないところで私を一人置いてどこかに走り出したかと思えば、誰とも知らない女の子をかっこ良く助けたあげく、私を置いてきたことを完全に忘れて、その女の子と仲良くイチャイチャしていたことを気にしている訳ありませんが……?」


 表情を変えることなく早口でまくしたてるこのはを見て、猛省しながらも雷斗は本題へと急いだ。


「本当に放っておいたことは謝る! あと、イチャイチャはしてない。えーっと、その、急で悪いんだけどあの子の家に一緒に行くことになった」


 このはは、その言葉を聞いたとき、雷斗の言葉を遮った。


「へー、もう家にお呼ばれするような関係になられたんですね?」


 先ほどからこのはの表情は変わっていないものの、先ほどよりも明確に怒りが伝わってきていた。雷斗はこのはの機嫌を気遣いながら、本当の目的を語った。


「着いていく目的としましては、ここのことが何か分かるかもしれないと思いましたので…… この辺りで探すにも、あの集団とまた会ってしまう危険性がありますし……」


 このあたりでようやく、このはの表情は不気味な笑顔ではなくなった。怒りをあらわにした表情をはさんだあと、あきれた表情に変わった。


「……はあ。また、どうこう言っても勝手に突っ走るんだから、せめて状況が分かるまでは一人置いていくのはやめてほしいものよ。……まあでも、久々に前みたいなあんたが見れた気がする……」


 このはのつぶやいた言葉が聞こえたそのとき、雷斗ははっとした。今の今まで雷斗は気付いていなかった。ある日を境に表に出すことのなかった本来の感情に。それと同時に自分の勘が正しかったことに雷斗はうれしさを覚えた。あの声が聞こえたとき、まさか見覚えのない場所に来ることになるとまでは思わなかったものの、何か変わるきっかけを、変わりたいと思える何かを得ることができたかもしれないことに。

 少し考え込んだものの、心配そうに雷斗の顔を覗き込むこのはが目に入り、気を取り直して雷斗はこのはを連れてエリーのところに戻ることにした。とりあえず今のところこの場所・国に関する情報は持ち合わせていないので、エリーについていくことでこのはも納得してくれている。エリーの方に目をやると、甲冑を着た人と談笑していた。雷斗は少し気持ちがもやもやしたものの、冷静にその状況を見て、おそらくエリーがそれなりに身分の高い家の子かコスプレ好きの知り合いの居る子かというところで結論づけた。前者はその状況だけでなく身に付けているものや立ち居振る舞いなどで何となくそうではないかとは予想していた。後者はいまどき甲冑の騎士なんて居ないだろうと考えると、これ以外には言えないのではないだろうか。そうするとエリー自身もコスプレ好きで相手はコスプレ仲間とも言えるかもしれない。雷斗はそうこう考えていたが、気持ちを切り替え談笑しているエリーに声をかけた。


「待たせてしまって申し訳ありません。妹を連れてきました」


 そういうとエリーは笑顔でこちらに振り返り、楽しそうに言葉を返した。


「いえいえ。こちらは迎えの者がきたところで、先ほどまでのことを話していたのですよ。あなたたちを招待することも伝えてあります。そうだ、彼が私を助けてくれた方ですよ」


 不意に紹介されて少し戸惑ってしまい、気を取り直しきれないまま自己紹介した。


「あ、えっと、わたくし立花雷斗と申すものです」


 少し慌ててしまったため、言葉が少しおかしく出てきてしまった。エリート甲冑を着た人は少し笑っていた。


「笑ってしまい申し訳ありません。わたくしはこちらのエリーブライト・グランドール王女殿下の父君が統治されておりますガンドル王国、その王国騎士団所属の者でございます。城を抜け出された王女殿下を見つけてくださっただけでなく、窮地をお救いくださるとは、お礼をしてもしきれません。あなたが何者であろうともまずは礼を尽くさせてください」


 流れるような言葉を聞いていて、いったんはスルーしてしまったが、よくよく聞いたことを頭の中で巡らせて雷斗は驚いた。


「えっ! エリーってこの国の王女様だったの…ですか……?」


 恐る恐る雷斗が質問すると輝く笑顔でエリーは答えた。


「あら、言っていませんでした?」


 そういわれてしまえば納得せざるを得ない。いろいろと腑に落ちない点はあるが、とにかく今はついていくほかない。そんなことは気にせず、エリーは楽しそうに微笑んだ。


「さあ、ご案内いたしますよ。行きましょう」


 そういって騎士を先頭にはしゃぎ気味のエリーは歩み始めた。その笑顔に促されるように、雷斗はエリーのあとを着いていく。雷斗が後ろを確認すると、このはも着いてきていた。表情は浮かない様子ではあったものの。移動の途中ではぐれそうになるエリーを騎士がなんとか連れ戻しつつも、それなりに順調に進んでいたみたいだ。エリーがはぐれかけ連れ戻されること二十五回目のころ、騎士が右の方向を指差し、こちらに向かって声をかけた。


「もうじき城が見えてきます。城が見えればもうそれほどかかりません」


 それを聞いて、少しおとなしくしていたエリーが元気よく飛び出した。


「もうすぐですって、一足先に行きますね!」


 うれしそうに走り出したエリーは、迷うことなく先ほど騎士が指差していた方向とは逆の左の方向に曲がっていった。


「お待ちください、王女殿下! そちらは城から遠ざかる道です! 申し訳ありません、お客樣方。王女殿下を連れ戻しに参りますゆえ、しばしここでお待ちを」


 そういい残して騎士はエリーの行った方向に消えていった。すると移動を始めてからここにくるまで何も話しかけてこなかったこのはが、ここにきて初めて話しかけてきた。


「ごめん、自分の中でどうにも整理つかないから聞いてもいい?」


 こんなふうにこのはから質問をされるのは初めてだった雷斗は少しうれしそうに返事した。


「おう、どうした? 答えられる範囲なら何でも答えるぞ!」


 それを聞いてもこのはの表情は先ほどとあまり変わらず、難しい顔をしたまま雷斗におそるおそる質問を投げかけた。


「さっきからあの王女様とか騎士さんとかはなにをいってるわけ? 聞いたことない言葉なんだけど。それとなんでその聞いたこともない言葉を平然と聞いたりしゃべったりできるわけ、あんたは」



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