表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第一章 その二 出会い

   その二 出会い



 なんとか落ち着きを取り戻したこのははぽつりとつぶやいた。


「私にもわからない……」


 その言葉を聞いてか聞かずか、雷斗はふと気になった。


「このは、俺はどのくらい気を失ってた?」


 その問いに少し思い出そうとする仕草をとったこのはは、はっとしてすぐさま口を開いた。


「転んですぐにあんたを呼んだけど、そのときすぐに気を失ってることに気がついて、必死に起こそうとしたかな。結構早く目を覚ました気がするわ。それこそ体感時間で三分ってとこかしら?」


 この聞いたことを参考に雷斗は現状を少し前から整理する。まず、学校に向かう途中に何かしら声が聞こえて、それを追った。その次に、その声の発生源とおぼしき場所に着いたと思いきや、その場所は黒い靄に包まれていて、勢い余ってそれに突っ込んだ。すると、少しの時間目を瞑っていたとはいえ、ほぼ一瞬で見知らぬ土地にいた。そこから雷斗に導きだされる答えは。


「……いやいや、そんなはずは……」


 この言葉に続けて「ない」と続けたいがゆえに、雷斗は周りを見渡すがその言葉が続いて出てくることは無かった。なぜなら、さっき目を覚ましたときと光景が何ら変わっていなかったからだ。強いてあげるなら、このはの様子が混乱して慌てふためいていた状態から、何かを悟ったように遠くを見つめている状態に変わったくらいだ。そうした状態のこのははこちらに首だけ向けた。


「私も多分あんたと同じ答えまで行き着いたよ。現状を考えると残念だけど、そんな状況、だね」


 このはには聞こえず、自分には聞こえる声を追っているときにも感じていた。黒い靄が目に入ったときは最高潮まで高まってきていたかもしれない。どうなるかわからない恐怖と隣り合わせで、さっきまで自分を突き動かしていた期待をはらんだ好奇心は、すっかりどこかに消え去ってしまった。今どこに居るかもわからない恐怖のみで満たされていた。その上で、行き着いた突拍子も無くそれでいて現状を納得いくように説明できる言葉は、この状況だからこそ最も納得したくないものである。雷斗はその言葉をあきらめたように口に出した。


「ワープ、しちゃったのかな……」


 一瞬間があった。その直後、さっきまで悟りを開きそうなまでに、無表情に近かったこのはの表情に色が戻った。


「もうちょっと言い方あるでしょ! テレポーテーションとかなんとかさぁ」


 雷斗は、思ってもみなかった方向からのツッコミに、少し驚きながらも少し不機嫌そうに言い返した。


「別にどっちでもいいだろ、相手に伝われば!」


 こう言い返すとこのはの方も臨戦態勢に入るように表情を変えた。


「なんかかっこわるいじゃない! 何でいっつもあんたはそういうの気にしないのよ!」

「俺はかっこよさとか気にしない!」

「私は気にする!」


 そこでふとお互いに表情がやわらかく崩れた。いつも通りのケンカをすることで、今まで二人を支配していた不安や恐怖からある程度は解き放たれたのであろう。雷斗とこのははひとしきり笑ったあと、いったん落ち着いた。


「ふう。久しぶりにこんなに笑った気がするな」

「俺はもっと笑ってなかったかも……」


 少しの間を置き、このはは優しくつぶやいた。


「あれ以来心から笑ってなかったものね…… 五年ぶりかな、あんたの笑顔見たの」


 少し落ち着いてから、自分がなぜここに至るのかを雷斗は思い出した。


「そうだ、あの声の主は誰だったんだろう?」


 それに対してこのはは少し苦々しそうに言った。


「全く関係ない、とは言い切れないわね。そもそもあんたに聞こえたその声をたよりに走ってたら、ここに来たんだしね」


 そのことについてこのはに謝ろうとしたとき、雷斗の耳にそれまでに聞こえた声が飛び込んできた。それまで以上にはっきり、悲鳴とわかるように。


「やめて!」


 雷斗は思わず立ち上がっていた。急に立ち上がったためか、少しふらつくもののその声の方向に向かい始める。思わず行動した割に頭は冷静で、雷斗はこのはに端的にたずねた。


「今の悲鳴は聞こえたか?」


 このはは雷斗を追いつつその質問に答えた。


「うん、聞こえた。でも……」


 雷斗はこのはの返答をそれ以降聞いていなかった。聞きたくなかったのではなく、それ以上に急いで向かわなければならないという思いに支配されたからだ。それほど遠くなかったのか、ほどなくして人の声が聞こえてきた。近づくにつれて騒がしくなってきているが、喧噪とは少し違うものを感じた。罵倒の言葉のようなものは聞こえるものの、言い合いのような感じではなく、一方的に言っているようであった。もう少しであの声の正体がわかる。もしかしたら、自分たちがここへ来た理由がわかるかもしれない。その一心で雷斗は足を走らせた。ようやく人だかりが見えてきた。そして、その全貌が目に飛び込んできた。


 大勢の人間に取り囲まれた一人の少女がいた。美しく可憐な笑顔の似合う、そんな少女が。しかし今、その少女の表情は悲しげであった。先ほどから聞こえていた罵倒する雑音は、すべてその少女にめがけてのものなのだろう。取り囲んでいた者の一人がその少女の首から何かを奪い取り、そのまま足下に投げつけた。その少女の顔はいっそう悲しみの色を深くした。しかしながら、瞳の輝きだけはその逆境に抗うかのように光を保ったままだった。


「やめてください! こんなことをしても何も変わりません!」


 その声が雷斗の耳に届いた瞬間、体が勝手に動き出した。ただひたすらにその少女のもとへと向かう。少女の声が耳に届いたとき、この声だと確信した。ゆえに自らの体が少女のもとへと向かうのを止めなかった。人の山を押しのけながら、ただひたすらに突き進む。そして、少女の目の前にやってきた。周囲の者も少女も先ほどまでとは打って変わり、どういう状況かよくわからないようで皆一様に面食らっているようだ。雷斗は特に気にすることもなく、足下に投げつけられたままの黄色の石がはめ込まれたペンダントを拾い上げた。少し汚れをはらった。拾う前は黄色く見えていたが、汚れをはらったからか見間違いだったのか拾ったペンダントは黄みがかった緑色をしていた。少女にそのペンダントを差し出した。


「これあなたのものですよね? 今度から落としちゃだめですよ」


 自分でもびっくりするくらいさわやかに行動したと雷斗は思った。


「えっと、あの、拾っていただきありがとうございます」


 そういいながら、戸惑いながらも受け取ろうとする少女の手をよそに雷斗はそのペンダントを少女の首にかけた。気のせいかそのペンダントは黄色に色を変えた気がした。


「やっぱり似合いますね。あなたは悲しげな表情より、笑顔の方が似合うと思います。だから、これからは笑っていてください」


 そういいながら、雷斗は少女に背を向けた。さすがにいつまでも二人きりの世界にしておいてくれるほど、取り囲んでいた者たちも温厚ではないと雷斗は気づいていたからだ。すると、先ほど少女のペンダントを投げ捨てた男が雷斗に向かって声を荒げた。


「お前何者だ! 見たことない格好だが、騎士気取りのガキか何かか!」


 雷斗の表情は、それまで少女に向けていたなるべくさわやかな表情とは一変して、ほんの少し怒気をまとわせながらも無表情に近いものになっていた。


「言ってもわからないだろうからそれに答える気はない」


 雷斗はつとめて冷静に言い放った。それに対し、投げ捨て男は怒りをあらわにした。


「てめえが何のつもりか知らないが、この女をかばうようなら容赦しねえぞ!」


 そういいながら、投げ捨て男は雷斗に殴りかかった。しかし、雷斗にその拳が届くことはなく、投げ捨て男は気を失って地面にふしていた。雷斗は、いつの間にか抜いていた木刀を高く振りかざし、叫んだ。


「あんたたちが何のつもりかは知らないが、この子から笑顔を奪おうとするならば容赦はしない! その男みたいになりたくなければ、この子に二度と近づくな!」


 取り囲んでいた者たちは少しの間、凍り付いたように動かなかったものの、何人かがはっと気づいたように投げ捨て男を担いで、逃げ始めたのをきっかけに一斉に逃げていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ