猿の子守り(創作民話 5)
その昔、ある村に弥平という百姓がいました。
ある日のこと。
弥平夫婦が赤子を畑のすみに寝かせ、いつものように畑仕事をしていますと、しばらくして赤子がぐずついて泣き始めました。
「乳は飲ませたのにねえ」
女房がこまった顔で赤子を見やります。
と、そこへ一匹の猿が姿を見せました。
ねぐらが近いのか、この猿はこれまでも、たびたび畑にやってきていました。
「おや、子猿はどうしたのかねえ?」
女房が猿を見て首をかしげます。
近ごろいつも、生まれたばかりの子猿を腕に抱いていたのでした。
「母猿が乳飲み子を手放すはずがない。おそらく死んだのだろうな」
「かわいそうに」
弥平夫婦が話していますと、猿は赤子のそばに進みより、なんとあやし始めたではありませんか。
泣いていた赤子が泣きやみます。
そばでは子守りをするように、猿がじっと赤子を見守っています。
「子を亡くして淋しんだろうね」
嫁はあわれむように言いました。
それからも猿はたびたび畑にやってきては、弥平夫婦の赤子の子守りをするようになりました。
「おかげで、わしらは畑仕事に精が出せる」
「ありがたいことだねえ」
弥平夫婦は子守りのお礼として、畑でとれたものを猿に分けてやったのでした。
そんなある日。
弥平夫婦が畑仕事をしているうち、いつかしら猿が連れ去ったのか、いつもの場所から赤子の姿が消えていました。
「あの猿がさらったんだ」
「自分の子にするつもりなんだわ」
弥平夫婦が赤子を取りもどそうと、あわてて山に向かおうとしたところへ……どうしてだか、その猿がのこのこと畑に降りてきました。
「おい! うちの子をどこにやった」
今にも、弥平は猿に飛びかからんばかりです。
猿はおどろいた顔をしましたが、なにかしら思いついたようにいきなりかけ出しました。
降りてきた山とは、なぜか反対の方向にかけていきます。
弥平夫婦はすぐさま猿のあとを追いました。
ですが猿の足は速く、それからじきに姿を見失しなってしまいました。
バーン。
遠くで銃声がしました。
弥平が音に向かってかけつけますと、鉄砲を手にした男があわてたようすで走り去っていきました。
そこには我が子が泣いています。
そばには血まみれの猿が横たわっていました。
「あんた、どういうこと?」
追いついた女房が赤子を抱きあげます。
「さらったのは見知らぬ男だったんだ」
弥平は女房に教えました。
猿は男に鉄砲で撃たれたのだと……。
「じゃあ、わたしらのために?」
「ああ。命もかえりみず、赤子を取りもどそうとしたようだ」
弥平は猿のなきがらを抱いて帰りました。
そして畑のすみに葬り、石の塚を建ててやったのでした。
時が移っても……。
猿の塚のそばに赤子を寝かせると、赤子は泣かずにきげんがいいという。
猿が子守りをしているという。