【いざ、実食】
2016/9/6 色々修正
日は高い。
森の中へと陽光が差し込み、地面までしっかりと照らし出している。
青々とした葉を茂らせた木々の間。
バチバチと燃える音が聞こえてきていた。
「桜庭さん、右!」
「閃光きらめいて、敵を灰へと燃やし尽くさん、‘‘閃火’’」
放たれた電流は炎へと姿を変え、敵の周囲を渦巻く。
標的は1匹の大鼠。名の通り、巨大な鼠である。
炎が灰色の毛を黒に焦がす。
そのまま火が体表に移り、燃え上がる。
あまりの熱に大鼠は耐えられずに「キュイイイイーーッ」と断末魔を上げ、その場に倒れ伏した。周囲には肉の焼けた香ばしい匂いが漂っている。
「おつかれ、桜庭さん」
「ええ、おつかれさま、月無くん」
戦闘が終わって近づいてきた白斗に、澪も労りの言葉を掛ける。
「……月無くん」
かと思ったら、じとーっとした視線を向け始めた。
「ど、どうしたのかな、桜庭さん」
お前こそどうした、と言われそうなほどに視線が動き回っている。
やがて横を向いて視線の動きが止まった。が。
「ねぇ、月無くん」
視線の方向にひょいと回り込まれた。
観念した白斗が言う。
「なんでしょうか、桜庭さん」
「戦闘中、月無くんは何をしてたの?」
「えっと……」
口ごもる白斗をさらに問い詰める。
「何をしていたの? ねえ、月無くん?」
逃げ場を失った白斗は白状する。
「――た」
ボソッと言う白斗。しかしそれでは澪を納得させることはできない。
「大きな声でもう一度どうぞ」
「――ました」
「もっと大きく」
「樹の後ろに隠れていました」
白状した。
間違いなく最低なことを白状した。
「『最後まで――――生き抜こう……キランッ!』て言ってたのはどこの誰だったかしらー?」
「ああ、やめてくれ、やめてください! 『キランッ!』って感じでかっこつけたのも本当ですが許してください!」
情けなかった。白斗はやはり、情けなかった。
「あのとき、ちょっとかっこよかったのに……」
「へ? それほんと?」
「はぁー……勘違いだったみたいね」
「えー、そりゃないよ……」
仕方がないだろう。彼は少女1人だけに戦闘を押し付けて隠れていたのだから。絶交されていないだけましだろう。本来なら、絶交だけで済むかどうかわからない。
「とりあえず、それについては、おいておいて」
この話は区切りをつけたようだ。澪が言う。
「ご飯にしましょうか」
「そうだな」
ご飯。つまり何かを食べるわけだから、食材が必要というわけだ。
視線は自然、香ばしい匂いを放つ物体へと向く。
大鼠。
先ほど仕留めたばかりの魔獣である。
「食べられるのか?」
当然の疑問を澪に投げかける。
「月無くん」
「はい」
あきれたような目を向けられてかしこまる白斗。
澪が言う。
「ちゃんと勉強してるのかしら?」
「してる……のかな?」
「はぁ」と軽く溜息を吐いた澪が話し始める。澪による講義がはじまるようだ。
「じゃあ、まず。魔物と魔獣の違いは?」
「魔物は魔素が90%以上の割合で構成される生物のことで、魔獣はもともとは普通の動物だったものが魔素を体内に取り込みすぎて突然変異したもの……じゃなかった?」
澪は一つ頷く。
「その通り。それを覚えてるのになんでわからないかしら……」
「なんか、ごめん」
澪は続ける。
「魔素が超高エネルギー体だってことはいいわよね?」
白斗が頷く。900年もの間根付く常識なので、さすがの白斗でもわかっているらしい。
「超高エネルギー体の魔素はその膨大なエネルギーのせいで人間や動物、植物に悪影響があるのよ」
「ほう、そうなのか」
「先生もおっしゃっていたのだけれどね……で。その悪影響っていうのが、魔素の過剰保有による死滅」
魔素の過剰保有による死滅。つまり、体内にあまりに多くの魔素を取り込みすぎると死に至ってしまうのだ。
しかし、これには隠された利点もあった。
「それが」
「それが?」
「菌の消滅。つまり、食べたときに病気になる原因がいないのよ、魔物と魔獣には」
そう、利点というのは病原菌が完全に0になるということだった。
「でも、魔物は90%以上も魔素でできているんだよな?」
「そう。だから魔物じゃなくて魔獣を食べるのよ」
「あぁ、そういうことか」
白斗も理解できたようだ。
澪もそれに気付き首肯する。
「もともと魔素でできている魔物に対して、魔獣はもともと動物。確かに普通の動物よりも含まれる魔素は多いけど、その分病気になる確率が低い。だから、あそこの大鼠も食べられるのよ」
澪の説明が終わり、白斗は再び件の魔獣、大鼠に視線を向ける。
先ほどまでは汚いものに見えていた大鼠が、急にごちそうに見えてきた。
よだれまで軽く垂れてきた白斗。
そんな様子を見た澪は軽く笑う。
「それじゃあ、ご飯にしましょうか」
「おう」
ようやく昼食の準備に入るようだ。
「月無くん」
「ん? どうした?」
「あれ、ここに持ってきてくれる? 2個ほど」
澪が近くに落ちていた大きめの石指さして言う。
「わかった」
言われたとおりに石を2つ運んでくる。
「水で洗っといて。私は肉を切り出してくるから」
了承の意を首肯一つで示し、石2つに掌をかざす。
「生み出すは水、流れる水、洗い流し、その身を清めよ‘‘洗浄’’」
手からきれいな水が噴き出し、石についていた汚れを流し落とす。
これは攻撃に用いるにはいささか力の足りない魔法。
魔術が根付いた現在の日本では当たり前に生活で用いられているもの。
総称して生活魔術という。
名前通り、生活で用いられる魔術である。そのため、力の強さを考慮されてはいないのだ。
「桜庭さーん、洗ったぞー」
「ありがとー」
少し離れた場所で作業をしていた澪が戻ってくる。
「この石って何に使うんだ? 皿替わりか何か?」
「うーん、ちょっと違うけど、そんな感じかしら。まあ、今から作るから見ててちょうだい」
そう言って澪が料理を始めた。
まず取り出したのは、当然肉だ。魔獣、大鼠の肉である。
大きめに切り出された肉を2枚石の上に置き、魔術でひと口大に切る。
その上に細かく切った香草を振りまく。
「桜庭さん、それは?」
「これはガーリックハーブ、さっきそこに生えてるのを見つけたから取ってきたの」
そして、石ごと肉を加熱する。
「なるほど、石焼ステーキか」
澪は得意げに頷く。
石の温度が一気に上がり、脂によって「じゅわっ」という音がなる。
涎が止まらない食欲をそそる匂いに、早く食べたいとはやる気持ちを必死に押さえながら、焼き加減を見極める。
片面がしっかりと焼ければ、ひっくり返し、こちらもまた焼き目をつけた。
「はい、完成っと」
調理終了。
「召し上がれ」
「じゃあ、いただきますっ」
待ってましたとばかりにステーキにフォークを突き刺し持ち上げる。
フォークは、生活魔術の一つ、‘‘簡易食器生成’’を用いて造り出した。これは大変便利であるが、非常に劣化が早く壊れやすい物しか造り出せないので、普段は魔術によって造られた物ではなく、工場で製造された品を使用している。万能な魔術でも、全てを賄うにはまだまだ技術が足りないのが現状なのだ。
閑話休題。
フォークに刺さったステーキから、肉汁が滴り落ち、熱された石の上でじゅっと音をならす。
そして、口に運びいれる。
途端。
「はぁ~」
口の中で柔らかく解れる。
1回、2回噛み締めれば、あっという間に溶けてなくなった。
それでもなお、肉の薫りは口に満ち溢れ、腹にも十分な満足感を覚える。
気づけば、焼け石の上にあったそれなりの量のステーキは食べきってしまっていた。
「桜庭さん、ごちそうさま。おいしかった」
「はい。お粗末様でした」
「それじゃあ行こうか」
「そうね、出発しましょ」
こうして2人は、森を歩き始めた。