【決断】
2016/9/6 誤字修正
「うおおおお!」
「きゃあああ!」
現在2人は走っていた。
白斗は全力で腕を振り、澪は長い黒髪を振り乱しながら。
それはもう、全力で走っていた。
「ちょっと月無くん!?」
「何!? 話してる余裕とかないんだけど!?」
「『大丈夫、俺たちだって立派な魔術師なんだから……キランッ!』って言ってたじゃないの!?」
「確かに大丈夫だろうって言ったよ! 言ったけどさ! 桜庭さんだって『そうだよね。もし危なくなっても、私が守ってあげるわ! ……キランッ!』て言ってたじゃんか!!」
「言ったわ! 確かに言ったけれど『キランッ!』は言ってないわよね!?」
「それはこっちのセリフだよ!!」
かなり余裕がありそうだ。……なんて思いそうだが、実際のところは余裕などほとんどない。いや、全くない。
なぜなら、彼らは十数の魔物の大群から絶賛逃走中だからだ。
走る2人を追いかけるのは牙狼の群れ。
通常の狼よりも大きく、恐ろしく鋭い牙を携えている。
あれで獲物に噛み付き、肉を引き千切るのだ。
森の中で生活するために発達した脚力で、白斗たちを取り囲んで蹂躙しようと追い縋ってきている。
人間と魔物では筋力や身体能力の差は歴然。
距離もだんだんと縮んできている気がする。
それを盗み見るようにして確認した白斗は、焦ったような表情を浮かべて、澪に言う。
「で、どうすんだ!?」
「どうしようもないわよ!」
「とりあえずなんか撃ってくれ!」
「わかったわ!」
そう言いながら軽く振り返り、掌を牙狼の群れに差し向ける。
体を流れる力を意識し、それを手から押し出すようにイメージする。
そして、言葉を紡ぐ。
「生み出すは雷、鮮烈の光、我が雷球にて敵を撃ち払わん、‘‘雷撃球’’!」
澪の掌から煌くの雷が塊となって現れる。
直進する雷撃球は牙狼へと一気に近づき――――避けられた。
「だめじゃん」
「だめとかいわないでよ! 私だって頑張ったんだもの、月無くんも何かしなさいよ!」
「まったく、桜庭さんは仕方ないな……ちゃんと見てなよ?」
言いながら、今度は白斗が振り返る。
背後に襲い来るは十をを超える牙狼の群れ。
通常の狼の1.5倍もの体躯の魔物たち。
それら全てが物凄い形相で追いかけてきている。
ゆっくりと前を向く。
そして、前を向き直った白斗は一言。
「ごめん、無理」
情けなかった。
「情けないわね……」
「そんなこと言わないでくれよ、桜庭さん! 無理だからあんなの!」
「じゃあどうするの!? このままじゃ2人とも死んじゃうわよ!」
「うーん……」
澪の言葉を受けて、それもそうだと思った白斗は、やれるだけやってみようと思いなおす。
「やってみようか」
そして再び後ろを向き直り――――前を向いた。
「やっぱり無理! 無理無理無理!!」
やっぱり、情けなかった。
「情けないわね……」
再び澪の言葉が胸に突き刺さる。
「うーむ……仕方ないじゃないか……」
「はぁ……わたしが頑張るしかないわね」
またもや澪が繰り出す。
体を流れる力の本流を意識し、それを構えた掌から押し出すような感覚。
言葉を紡ぐ。
「生み出すは雷、鮮烈の光、駆ける閃光にて敵を焼き飛ばさん、‘‘電撃網’’」
掌から高圧の電流が吹き出す。
電撃は術者である澪の肌をチリチリと焼き付ける。
森の中を駆け抜ける電流は、広範囲に広がり、牙狼の群れに直撃する。
追い縋っていた牙狼たちは熱に弱かったようだ。
直撃した数体が傷ついて脱落し、他の個体も次々と後ろへ下がっていく。
もともと群れを成して獲物を狩る習性をもつ魔物であるため、一度態勢が崩された牙狼たちは瞬く間に引いていった。
それでもしばらく2人は走り続ける。
やがて、完全に見つからない場所までたどり着いたところで、やっと立ち止まった。
「はあ」
「ふぅ」
走り続けていた白斗と澪は、体の熱を吐き出すようにして荒い息をつく。
膝に手をついて休んでいた2人は、ある程度呼吸が整うと、近くにある大樹の根でできた空間の中へと入っていった。
倒れるようにして地面に座り込む。
影が差していてひんやりとした地面は、体内にたまった熱を吸い込み非常に気持ちよく感じられる。
壁に背を預けた2人は、休んで体力が戻ってきたのだろう、どちらからともなく話し始めた。
「さっきはありがとう桜庭さん。ほんとに助かった」
「いいわよ別に。お互い様だから」
白斗の言葉にそう返す澪。何もしなかった白斗に対しても実に懐が深い。
「でも、これからどうしようかしらね」
「そうだな……どうしようか」
ふたりして頭をひねる。
白斗だけならいざ知らず、日本魔術高等学校で好成績を取り続ける澪ですら、魔物相手にかなりの苦戦を強いられた。
これが、牙狼が強かったからなのか。
それとも、日本の魔術の技術がまだまだレベルの低いものだったからなのか。
はたまた、実践が安全確保された学校の実践とは勝手が違ったからなのか。
理由は1つではないだろう。場合によっては全てが正しい答えなのかもしれない。
だが、問題はそこではない。
問題は――――
「このままじゃ遠からず共倒れ……か」
「……ええ、そうね」
「どうしようか……」
「どうしようかしらね……」
思った以上に切羽詰まった状況。
一寸先は闇といったところか。
先ほどよりも暗い顔で頭をひねり、今後の行動方針を考え始めた。
数分。
頭をひねっていた2人の内、白斗が何かを決心したかのように立ち上がった。
「何か思い付いたのかしら、月無くん?」
「ああ。やっぱりこれしかないよな」
先を促すように、澪は視線で合図する。
白斗は一つ頷き、口を開いた。
「森を出よう」
と言った。
「森を……?」
「そう、ここを出て、人の住む場所に行こう」
「でも、魔物が……」
白斗の言葉を受けて、不安そうな顔を見せる澪。
澪の不安はもっともだ。
ついさっきまで悩んでたように、この森には魔物が大量にいるのだ。
ここを離れようにも、危険があまりに多すぎる。
大量の魔物はどこに潜んでいるのかわからないのだ。
ましてやここは未知の土地。
未だ見たこともない魔物がいるのはほぼ間違いないだろう。
「ああ。確かにものすごく危ない。死ぬかもしれない」
「だったら――」
「でもさ」
澪の言葉を遮って続ける。
「このままじゃ確実に死ぬぞ、俺たち」
白斗は断言する。
このままでは確実に死ぬ、と。
「死ぬ原因は魔物かもしれないし、飢餓かもしれない。何かを食べて、それの毒に当たるかもしれない。まあ、何にせよ……」
白斗は繰り返す。
「間違いなく、死ぬ」
それを聞いた澪も頭ではとっくに理解していたのだろう。泣きそうになりながら言う。
「じゃあ、どうすれば……」
「だから、森を出るんだよ」
得意げに笑いながら続ける。
「森を出るためには魔物と戦わなきゃいけない。それはとても危険なことだ。それも、一体、何回それを繰り返さなきゃいけないかわからない。でも、ここでじっとしてるよりは生きていられる確率が高いよ」
白斗の言葉はまだ続く。
「生きなきゃ。俺たちはまだ生きなきゃ。だから、ここを出よう。もしかしたらここに留まった時よりも早く死んでしまうかも知れないんだが……」
座り込み、自分を見上げる澪に手を差し出し、言う。
「最後まで――――生き抜こう」
目尻に涙を溜めたまま、澪は軽く微笑む。
そして、白斗の手を軽くつかんだ。
白斗はその柔らかい手をしっかりと掴み取り、引き上げる。
「じゃ、行こうか!」
「ええ、行きましょう!」
2人は足を外へ踏み出した。
方針は決まった。
まずは森を抜ける。
――2人の物語はまだ始まったばかりだ。