【魔素と魔術】
説明回です
頑張って文字数は押さえたつもりですが……
……では、どうぞ
「――ん」
遠くから声が聞こえてくる。
「――くん!」
意識が浮上する。
「月無くん!」
「……ぅん?」
白斗が目を覚ました。
「あれ? なんで俺の部屋に桜庭さんが……?」
「もう! まだ寝惚けてるの? ここは月無くんの部屋じゃないわよ!?」
ほんのりと頬を染めながら否定する。可愛い。
言われて周囲を見回す。
上を見れば木々に囲まれており、下を見れば短い草がびっしりと生えていた。
爽やかな風が吹き抜け、清々しい気分になる。
思わず。
「すがすがしい……」
呟いてしまうほどに。
「『すがすがしい……キランッ』じゃないわよ!? 月無くん、しっかりしなさいよ!!」
「あぁ、ごめん。さすがに素ではそんなこと言いません。ちょっとからかいました。というか桜庭さんの方こそ、俺は『キランッ』なんて言ってないからな?」
くだらないことを言い合いながらも、冷静になっていく2人。
「で、どういう状況なんだ?」
再度軽く周囲を見回し。
「他の人は?」
やっとのことで、状況確認が始まった。
「えっと……わからないわ」
「わからない?」
「ええ」
困ったような表情を浮かべる澪。
何かを知ってはいるが、どう伝えていいかわからない、といった雰囲気だ。
それに気付いた白斗が澪に尋ねる。
「俺が気を失ってる間に何かあったのか?」
「えっと……」
しかし、困った――――というより、暗い顔をした澪はなかなか話し出せそうにない。
やはり何かがあったのだと確信を得た白斗は、もう一度周囲を見渡す。
今度は、何が起こったのかを知る証拠を見つけるために慎重に、じっくりと視線を巡らす。
「あれ?」
そこで違和感に気が付いた。
ここにあるべき何かが足りないような、そんな感じを覚える。
「ここに何かなかったっけ?」
「うっ」
澪が白斗の言葉に気まずそうに目を逸らす。
核心を突いた手応えがあった白斗は、記憶を呼び起こす。
何か足りないもの。
ここにあるはずのもの。
なくてはならない、欠けてはならないもの。
「あ」
そもそも、自分たちはなぜここにいるのか。
どうやってここに来たのか。
そう、その手段は……?
背後を恐る恐る、振り返る。
「ああああああああああっっっ!!」
そこにはなかった。
何もなかった。
いや、一応、葉の生い茂った木々はあった。
だが。
「転移門がなぁーーいっ!!」
転移門が跡形もなく消え去っていた。
約30分。
放心状態だった白斗も、それに釣られて意気消沈していた澪も、ある程度冷静さを取り戻した。
「ははっ」
「ふふっ」
……まだ時間が掛かるようだった。
――……さらに30分後。
「よし、とりあえず動くか」
今度こそ普段通りに戻った白斗が立ち上がって言う。
「動くって、どこかに行くの?」
「ああ」
澪も正気に戻っていたようだ。
「でも、行くって言ったってここ、異世界の森よ? ここでもう一回転移門が開いて救助が来るのを待ってた方がいいんじゃないかしら? 転移門の近くにいるようにも言われていたのだし……」
澪の提案はもっともだった。
というのも、当選者向けの事前講習会にて注意事項として、何か問題が起きた際は転移門の周辺に待機するように再三言われていたのだ。もちろん、白斗もその場にいたし、その言葉を無下にするわけにはいかないのも重々承知している。承知してはいるのだが……。
「だってそもそも、その転移門がないじゃんか」
「ごもっともです」
まさしく、その通りだった。
存在しない転移門の周辺に待機などできるはずもないのだ。
「何もすることがないんだから、どうせなら異世界の探検でもしよう、異世界探索。いいじゃん、名前だけで何か楽しそうな気がしないか?」
「探検って言われても……」
「ほら、見たことない植物とか動物、それに知らない魔物だっているかもしれないし。な、行こうぜ?」
「魔物か……危ないのは嫌なのだけれど……」
そう言いながらも立ち上がる澪。
しぶしぶではあるものの、ここで言い合っても埒が明かないと、白斗の説得を諦めたようだ。
「じゃ、行くか!」
「ええ」
そして、2人は森の奥へと歩き始めた。
疑問に思った人もいるかもしれない。
「何で、か弱い少女が魔物を大して怖がってないんだ?」とか「そもそも、どうして魔物の存在を知ってる風なんだ?」なんて疑問を。
これらの疑問を解消するためにも、日本の歩んできた歴史について軽く語っておこう。
――日本は火山と地震の国である。
これは、日本という島国が4枚ものプレートと呼ばれる地殻の丁度重なる地点に位置していることが原因だ。
このプレートの間には、時に、新しい島が形成されることがある。
プレートの境界にできた海底火山が地中から吹き出るマグマによってその頂を高めていき、やがては海面から顔を出して小さな島となるのだ。この島を、火山島という。
この火山島は、火山の国である日本では、できることが特別不思議なことではない。
しかし、今から約900年前に新東京湾――旧東京湾――にて発生した新たな火山島は、従来のものと明らかに異なる点があった。
それが、島の構成物質である。
本来、火山島というのは玄武岩などをはじめとする既知の物質で形成されているものだった。
確かに、希少鉱石によって形づくられた島の発生によって、国全体が沸いたという事例も多数ある。
しかし、未知の物質によって構成された島の発生というのは、それよりも圧倒的に珍しいことであった。
さらに、その未知の物質というのが問題だった。
その物質は、歴史上類を見ない、超高エネルギー物質だったのだ。
今まで1000年に渡って世に君臨していた電気、そして石炭と石油、さらには水素など、その悉くを一蹴するほどのエネルギーを内包しているというのだ。
この発見についての情報は瞬く間に世界中に広がり、あらゆる国々に大きな衝撃を与えることとなる。
それ以降、日本では政府の方針としてその物質の研究が最優先でなされ、あっという間に利用法を確立させた。
それからというもの、従来の燃料は速やかに新物質へと取って代わられ、日本からその姿を消していった。
これを第四次エネルギー革命という。
また、この物質には異なる利用法が偶然ではあるが発見された。
この物質の性質を基にしたものであり、その当時に至るまで、全人類にとってただの妄想に過ぎなかったものが実現することとなる。
その性質というのは、〈自然に干渉する〉というものだ。
これによって、何もない空間から炎や氷を発生させることができるようになったのである。
このとんでもない性質を見た、知った人々の多くが頭に浮かべた名前が、現在まで続くその物質の名称として広まることとなった。
その名称を魔素と言った。
――それから900年。現在の日本。
魔素も、それによる魔術も日常生活に根差した。
特に、魔術は高校から始まる主要教科の一つとなっている。
そしてここでやっと、白斗と澪の直接的な話に戻ってくる。
白斗たち2人の通う高校は東京でも比較的名の売れている学校だ。
日本魔術高等学校。それが彼らの通う学校の名である。
この高校はその名の通り、魔術に長けた人間を育てるために設立された国立の高校だ。国からはSSH――SuperSorcererHighschool――、日本名で特別魔術高等学校の指定も受けており、多額の補助金が支給されている。
18歳の白斗と澪の両名は高校3年生で、同じクラスに属している。
澪は成績優秀で、眉目秀麗。学校のアイドル的存在であった。といっても、彼女自身はそのことに正しくは気付いていない様子である。一応、自分が多少人気があることを自覚しており、無自覚の人間が他人に何かを言って嫌味になる、などということはない。
対して白斗は、それなりの成績でそれなりの容姿。特に特徴のない性格であり、とにかく埋没していた。彼はさすがに全てを正しく自覚している。なぜなら、彼には「肩代わりの白斗」などという不名誉極まりない異名がついているほどだったのだから。
とにかく。
そんな2人であるが、彼らは高校で魔術の実習も受けており、攻撃手段も持っているのだ。
では、なぜ攻撃手段としての魔術を学ぶ必要があるのか。
それは、魔素の発見から10年ほど経過したときに突然起こった、とある災害が原因である。
魔物が現れたのだ。
魔物。そして、魔獣。
この場ではそれらについての詳細は省くが、これらの出現によって世界は大混乱へと陥った。
魔素の発見と実用化によって浮かれていたところを突然襲われたことによって、多数の死傷者が発生。また、これに加えてさらに、悲報が舞い込んできた。従来の兵器の効果が低かったのだ。
なぜか攻撃のなかなか通らない敵対生物の襲撃によってさらに戦況は悪化。死傷者数を増やす結果となった。
それでも懸命に魔物と魔獣の大群の前に立ち塞がり、なんとかかんとか魔物の大襲撃を乗り切った。
それから、日本は同じ地獄を見ないために新たな攻撃手段を得るための研究を進めた。その中心となったのが、すでにある程度形になっていた魔術なのである。
そして現在。
未だ世界各地に跋扈する魔物と魔獣たちに対処する手段として、魔術が多用されているのだ。
以上が「何で、か弱い少女が魔物を大して怖がってないんだ?」とか「そもそも、どうして魔物の存在を知ってる風なんだ?」という疑問に対する答えだ。
それでは、白斗と澪の2人の行方を追うことにしよう。