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疾風迅雷の魔術師  作者: ヘデメ
『朱』編
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【予感】

そろそろ話を動かします。

 【スラテム】。

 人口50万程度の中堅都市である。


 大陸東岸に位置する【ミッドストリーム】に対して【スラテム】は内陸のおおよそ中心部。南側に連峰が聳え立ち、堅牢な外壁としての様相をなしている。


 町全体として標高の少し高い場所に位置し、形は盆地に近い。


 今朝方町に到着したばかりの一行は、早速とばかりに慣れた動きで宿を取り、今は冒険者ギルドに赴いていた。


 規模としては前の町【ミッドストリーム】のものとあまり変わらない。


 しかし出入りする人数はかなり多い。恐らく、白斗と澪の二人と同様に他の町から冒険者としての依頼を求めて集まってきたのだろう。

 まだ朝とはいえ早朝というには無理がある時間。

 急がなければまともな依頼が無くなってしまっているかもしれなかった。


 焦ってもしかたないが少しだけ早足になって受付へ近づく。


「こんにちは」

「こんにちは」


「こんにちは、別の町から来られた方ですか?」


 この受付員の女性は、この町で活動する冒険者の顔を覚えているのだろう、白斗と澪の顔を見て即座に、別の町から来たことを言い当ててみせた。


 現在周辺の町から大量の冒険者たちが集まってきているにも拘らず顔を覚えているということは、彼女は優秀な人物なのだろう。どうやら当たりだったようだ。


「はい、そうです」

「これが書類です」


「拝見いたします」


 前の冒険者ギルドで預かった書類を提出する。これで冒険者の確認と身分証明、引継ぎがなされるのだ。


「……はい、確認が終わりました。こちらをどうぞ」


 言われて情報が更新されたギルドカードを受け取る。


「依頼ってどこにありますか?」


 早速依頼を受注するために、見当たらない掲示板の場所を訊く白斗。


 しかし受付嬢は先ほどまでの慣れた応対とは打って変わり、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「何かあったんですか?」


 疑問に思った澪がたまらず質問する。


「ええ、実は依頼が無くなってしまって……」


「依頼がない?」


「はい……」


 話を聴いたところ、三日ほど前からぱたりと新規の依頼がされなくなってしまったのだ。

 もちろん、小銭を稼げる雑用の依頼はある。ただ、それならば【ミッドストリーム】でも十分にあった。


 問題は、魔物や魔獣による被害が無くなったことにある。

 これには白斗も澪も聞き覚えがあった。

 そもそもそれが原因でここに向かって町を出たのだ。


「もしかして」


「ええ、この辺りの魔物も魔獣もすっかり見なくなりました。それらの出現、被害もまた確認されていません」


 これは困った、と額を抑える白斗たち。

 ここで仕事ができることを前提に動いていたのだ。もちろんその考えは旅途中での食費代その他もろもろの費用にも反映されている。

 そうなれば必然、お金が足りない。

 今後の生活が苦しいものになるのは想像に難くなかった。


 それにしても。

 いくらなんでもこれはおかしいのではないか。

 この状況を引き起こしている原因について興味が湧いてくる。


「何でこんな状況に……?」


 とりあえず素直に尋ねてみるものの、


「現在ギルドでも調査中です」


 芳しい答えは返ってこなかった。


 判然としないものを感じながらも一先ず二人はギルドを後にする。


 今日からどうやって過ごそうか、と相談をしながら帰っていく白斗と澪。


 その二人の後ろ姿を見ながら溜め息をついた受付嬢は、受付のカウンターの上に、「他のカウンターをご利用ください」と書かれた板を置く。


「はぁ~」


 再び深い溜め息をついた彼女は、会議室へ向かう。


 すでに確定した、大陸の異常事態の原因に関する対策会議のために。






 ――未開の地。


 人の影一つ、そもそも人の息一つ感じられないようなある山の奥地。


 誰の目にも留まることのないその場所には、常人であれば瞬間的に卒倒するような光景が広がっていた。


 一面に広がる真黒な影。

 視界全てを埋め尽くし、大地の果てまで続く黒の絨毯。

 あらゆるものを闇に染めるそれは、全て、ひとつ残らず、魔物と魔獣の群れだった。


 暴力の権下、暴虐の代名詞。

 そんな扱いを受ける存在が一同に会する。

 群れることを知らず互いに喰らい合い殺し合う、そんな存在が何かに従うように、敬意を示すように跪いていた。


 その非現実的な光景を生み出すのは一体の魔物。


 黒の軍団に囲まれ崇め立てられながらそれを意にも返さず眠る者。

 思い浮かぶ言葉はただ一つ。


 美しい――『朱』。


 神々しいを放ちその場に眠るそれは果たして、正しく魔物であるのか。

 神の使いではないのか。

 寧ろ……神そのものではないのか――


 この世のものとは決して思えぬそれは、小さく身動ぎをする。


 それだけで暴風が巻き起こる。

 木を薙ぎ倒し、

 近くの魔物を吹き飛ばし、

 地を抉って巻き上げる。


 ため息をすれば口から小さな炎が噴き出る。

 小さいと言っても動く山とも呼べそうなそれにとっての小さい・・・だ。

 よってその炎は、

 木を消し炭に、

 近くの魔物を灰燼に、

 大地を焦がした。


 これこそが暴力。

 これこそが暴虐。

 これこそが――


 誰も知らぬその土地で蠢く影。

 同族が眼前で悲鳴を上げながら消え去っても一切目を向けず、

 淡々と生まれた隙間を埋めて跪く魔物たち。


 主の復活を願いただひたすらに待ち続ける彼らは動かない。

 しかしそこには静かな、それでいて灼熱の如き熱気が広がる。


 今か。

 今か。

 もうすぐか。

 あと少し。

 もう少し。

 まだか。

 まだかっ。

 まだかッ。

 早く早く早くッッ!!


 静謐な空間を無言の熱狂が制する。




 ――――災厄の目覚めは近い。

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