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初めて依頼を受注してから繰り返し繰り返し雑用をこなし、ちまちまとお金を稼ぎ続けた白斗と澪の両名だったがいつのまにかクラスが一つ上がってClass6になっていた。
ギルド内でもそれなりに名前を覚えられはじめ、顔見知りくらいの知り合いならかなり増えてきた。
特に澪はその美麗な容姿ゆえに男冒険者から人気があるようだが、澪自身は特に気にしていない……というよりは少し嫌がっているようにも見える。が、それはともかく。
Class6に昇格したことで魔物や魔物の討伐などの冒険者らしい――白斗の想像ではだが――依頼の受注が可能となり、さっそくその関係の物を探しに来たのだ。
ということで現在冒険者ギルド、受付カウンター。
「……ない?」
「はい。現在Class5以下の方に依頼されている魔物ならびに魔物討伐はございません」
白斗たちは出鼻を挫かれていた。
受付の男性の言う通り、近頃魔物と魔獣の目撃情報が激減しているのだ。
これは周辺住民には嬉しい出来事なのだろうが、白斗を含む冒険者、つまりはその魔物たちを討伐することによってお金を稼ぎ、生活している人間にとってはこの上なく不幸で迷惑な出来事だった。
「どうして魔物の目撃情報が急になくなったんだ……?」
答えを求めてのものではなかったが、その呟きに受付員が反応した。
「いえ、急になくなったわけではないですし、完全に目撃情報がなくなったわけではないんですよ?」
「どういうことですか?」
澪が尋ねる。
「張り出されている依頼はギルドがその達成難度を判断してクラス分けしているのはご存知ですよね? つまりはクラス分けするために、依頼が入ってきてから多少時間がたった後に正式にギルドからの依頼として掲示板に貼るんです」
「では、溜まっていた依頼があそこに張り出されていて、そのストックがなくなったことで急に依頼が激減したように感じたってことですか?」
「はい、そうです。実際、目撃情報や被害報告が減っているのはかなり前からギルドでは把握していたことでした」
「そうですか……それで、その原因とかはわかっているんですか? 突然魔物が減るなんていうのは、どう考えても不自然ですよ?」
「はい、それについてもいくつかギルドの上層部で意見が交わされています。そこで先ほどの質問にお答えしますが、目撃報告自体はなくなっていません。ただ……」
「ただ?」
「どれも強力な魔物だけなんですよ」
「強力な魔物っていうと……Class4とかですか?」
受付員が頷く。
「ええ、この辺りではそうですね。目撃情報の最低クラスでClass4……といったところです」
魔物や魔獣にもその危険度によって、ギルドで独自にクラス分けがなされている。
魔物のClass4は、冒険者のClass4が3人いて倒せる、という指標だ。
しかし、これは3人いれば余裕をもって倒せるということではなく、無理をしない程度に頑張れば倒せるというものだ。従って、基本的にこの指標となり人数よりも多い人数で討伐に行くのが普通だ。
人数が増えればそれだけ報酬の分け前が減ってしまうのは必然だが、人を増やさなければ命の危険が増え、時間もかかり、結果として効率が悪くなってしまうのだ。
結局、Class4の魔物を討伐する場合に必要な人員は最低でもClass4が6人となる。
ちなみに白斗たちが以前討伐した牙狼や大鼠は、全てClass6指定の魔物だ。つまり最低ランク。ただ、これは単体の場合であって、群れの牙狼は場合によってClass5にもなる。それでも全ての魔物の中で下に位置するものなのにも拘わらず、あれだけ白斗たちを手こずらせた。その事実だけで魔物がいかに危険かということはわかるだろう。
話は逸れたが、そんな危険な存在が突然まとまって姿を消すのは明らかに不自然な現象だ。
住処を変えたか、人によって住処を変えさせられたか。
他にも原因は考えられるだろう。だが、今一番可能性が考えられるのは……。
「何かがいる……?」
「恐らくは。最低でClass2の魔物。最悪の場合は――」
「――Class1が出現したかと」
Class1。
冒険者であれば英雄と呼ばれる。
数百年、もしくは数千年と名が語り継がれていくような存在だ。
しかし、冒険者のClass1と魔物のClass1では意味が全く違う。
Class1。
魔物であれば――――天災。そう呼ばれる。
もはや生物としてすら見られない。
自然災害として、つまりは人には決して対抗できない絶対的な力として認識され、人はただただ怯え泣き叫び恐怖し絶望するしかない……そんな存在なのだ。
「なんてね」
「はい?」
真剣な表情から打って変わり、悪戯小僧のような顔を見せる受付員。
白斗はつい疑問の声を上げる。
「Class2なんて出るわけがないし、ましてや天災とも呼ばれるClass1が出現することなんてありえませんよ。もしそうなら、すでにこの町はありませんって」
「揶揄われたんですか……」
「ははは、すみません」
ギルドにも通いなれているので、この男性とも冗談を言い合えるような関係にはなっていた。
「まあ、依頼がないんじゃ仕方ないですね……」
「ああ、そういえば」
突然思い出したように声を上げた受付員。
「どうしたんですか?」
「拠点を移す気はありませんか?」
拠点を移す。
つまりは活動拠点とするギルドを変更するということだ。
ということはこの町を出て別の所に向かうということを提案されているのだ。
「……何かしちゃいましたかね?」
何かまずい失敗をして、暗に「このギルドから出て行ってくれ」と言われているのではないかと思った白斗が恐る恐る尋ねる。
「あ、いえいえ! 何も失敗をしたということではないですよ!」
「そうですか、よかった……で、どういうことなんですか?」
取りあえず安心した白斗は先ほどの質問の真意を訊く。
「ハクトさんもミオさんも依頼の評価が高いですし、そう遠くないうちにClass5に昇格できるでしょう」
依頼者は毎回その依頼の終わりに評価をする義務がある。
評価といってもA~Eの5段階のものをいくつかの項目に記入してもらうという簡単なものだ。
しかしこれはクラスの昇格において「最低何個Aが必要」のような条件の一つとなっているので、冒険者にとっては重要な問題なのだ。
ちなみに白斗も澪も評価のほとんどはA、時々Bというものでかなりいいほうだ。
何でも、「若いのに礼儀正しい」やら「仕事が丁寧だ」なんて意見が多く、雑用の依頼を出す人々には人気があるそうだ。
話を続ける。
「ですが、このままではいつになったら上がれるか分かりません」
「それは、討伐の依頼が少ないからですか?」
「その通りです。基本的にこれからお二人がこなしていかなければならないのは魔物の討伐依頼。逆に言えばその依頼がなければすることなんてないんですよ」
「では?」
「はい。幸い他の町ではまだまだそういった依頼がたくさん出ています。なので、別の町に移ってみてはいかがですか? ここから行くなら……隣町の【スラテム】ですかね?」
「なるほど……そういうことですか」
やっと最初の提案の意味が理解できた2人は、思考を巡らせる。
と言っても、大して時間も掛からずに答えは出た。
「はい、そうします。勝手に決めたけどそれでいいよな?」
「ええ、異論はないわ。本当ならここにもこんなに長いこと滞在するつもりもなかったんだしね」
そして2人はまた次の町を目指して旅立つのだった。