【世紀の大発明】
2016/9/6 誤字修正
「あっちぃ……」
顔を伝っていく汗を服の襟で乱暴に拭い、忌々し気に空を睨む。
太陽光線が容赦なく降り注ぎ、人々の身体を貫いていく。ガンガン熱された空気は、呼吸ができなくて喘ぐほど乾いていた。
視線を正面に戻すと、ちょうど信号が赤から青へと変わった。大都市のスクランブル交差点を歩いていく。
自然なんて路端に植えられた木しかないのに、蝉の声が耳が痛くなるほど響いている。灼熱の空気とのコラボレーションは、容易く人の体力やらやる気やらを削り取る。
途中のコンビニで買ったスポーツドリンクもあっという間に空になり、1度潤った喉も、すでに渇き始めていた。
ダクダクと流れる汗を再び拭い去り、だらーっとした歩みを進める。
目的地への道の途中。電気屋が並ぶ通りに揃えられた電子テレビのモニターがふと目に入る。
「今日はこの話題だけで持ちきりか」
隙間なく並べられた多くの電子テレビのモニターが映し出す番組の内容は、テーマとしてはいずれも同じものであった。
「……本日より、年号が新たに――」
太平47年、西暦にして3850年8月24日。今日、唐突に年号が変わった。
年号の名は新世紀。新世界の幕開けが告げられたのだ。
「はぁ~、まさかこんなことになるとはな……」
――いつの世も、年号にはその時代を生きる人々の願いが込められる。そして、いずれはその時代を象徴する言葉となる。
新世紀という名もまた然り。
此度つけられた新しい名前も、‘‘これから世界は大きく変わる’’と、国民全員が半ば確信していたために付けられたものだ。
その確信の根拠として挙げられるものが、本日御披露目となる。
「……っと、こうしてる場合じゃない。そろそろ時間になっちまう」
画面右下に表示されている時間を見て、予定の時刻が迫っていることに気づき、速足で歩き始めた。
――国立魔術研究所。
日本の首都である新東京に設立された、日本のみならず世界の最先端技術を有する、魔術専門の研究所である。
また、敷地面積は東京ドームの約3個分を誇り、研究者数は万を越える。
西暦3000年初頭に、新東京湾付近に自然発生した島にて、過去類を見ない多大なるエネルギーを保有する未知の物質が発見された。
900年程の歳月を経た現在、それは電気や石油、石炭などに代わる、新たなエネルギー源として、生活の中心的存在にまで至っている。
その未知のエネルギー体というのが、魔素である。
魔素は先述の通り、従来のどの物質よりも遥かに高いエネルギーを内包しており、利用法が確立すると速やかに、燃料の変更がなされた。これは、後に言う第四次エネルギー革命であったが、それはいい。
木炭や石油、電気、水素などに代わり、燃料として用いられ、今となっては世界を支える魔素であるが、それの用途は燃料の域をとっくに越えてしまっている。
ただの燃料であれば、機械類を動かすのに消費されるのみだが、なんと、魔素はそのエネルギーを用いて、自然に干渉することができるのだ。
自然に干渉するというと非常に分かりづらいと思われるので、簡単に言うと、魔素を用いれば、何もない場所に突然、炎や氷を生み出すことができるのである。正しくは不可視の魔素が作り替えられているのだが。
方法は様々だが、現在主流となっているのは、魔術と呼ばれる手段だ。
――魔術は、人々の長年の夢であり、想像の産物であった。
しかし、現在はそれに関する研究が世界中にてなされ、生活の一部となりつつあるのだ。
そして、そんな魔術の研究の第一人者が過去に所属しており、現在も世界の圧倒的最先端を行く研究所がある。
「着いた……」
威風堂々と構える巨大な建造物。
全世界の先駆け。
この世界の最高峰機関。
それが――国立魔術研究所なのである。
城のようにも見える研究所の門をくぐり、歩を進める。
「やっぱり今日は人が多いな」
今日は平日であり、学生たちは授業が、社会人も仕事がある。――が、しかし、この場には大勢の人が詰め掛けている。
もちろん、ここに所属する研究者も万を越えるので、確かに彼らの分だけ人口密度が高くなっているのは間違いない。実際、周囲を歩く白衣の彼らが、恐らくここの研究者なのだろう。
だがそれでも、普段と比べれば――正確には、過去最高の――人口になっている。つまりは、研究者数と同等か、それ以上の人が、この場に訪れているのだ。
通常であれば大人3人が手を広げてなお、余裕のある通路だが、今は人を押し退けてやっと進めるような状態だ。
「ここか?」
その通路を苦労して突き進み、やっとの思いで目的地の前についた。
見ると、入り口のすぐ側に、‘‘「第328回研究発表~世界の変わる時~」会場入口’’と書かれた立て札が立てられている。
国立魔術研究所の臨時研究発表会。それが、彼がここを訪れた目的なのだ。
「はぁー、ここめちゃくちゃ広いんだなぁ」
荘厳なその場所を見て、感嘆の声を上げる。
入り口から下へと続く長い階段があり、会場はいわゆるオーケストラなどに使われる、コンサートホールのようなデザインになっていた。
この研究所における唯一の発表会場で、かなりの面積を確保してある。だが、すでに溢れださんばかりの人が集まっており、座る場所も残っていなさそうだ。実際、通路には立ち見客も所狭しと並んでいる。それすらも、場所が足りなくなっているようなのだが。
それでも、彼には特に焦りはない。
「えーっと……どこにいけば……」
「――当選者の方はこちらにお集まりください!」
「おっと、そっちか」
会場の職員が呼び集める声を聞き拾い、そちらに向かう。
先程の通路と同様、四苦八苦しながらも何とか、ステージ下の受付にたどり着いた。
「それでは、お名前と年齢を教えていただけますか?」
「はい。月無 白斗、18歳です」
「ツキナシ、ハクト様ですね……はい、ありがとうございます。月無様、この度はご当選おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「それでは、後ほどご案内させていただきますので、列の後ろに並んでお待ちください」
「わかりました」
そう言って、白斗は受付を後にした。
受付からほんの少し離れた場所。何人かが並ぶ、それらしき列があったので、後ろに並ぶ。
「当選者の方は受付を済ませてください! 終わった方はこちらの列にお並びください!」
この列で間違いないらしい。
列に並ぶ当選者を見る――と言っても、後ろからなので、どんな人かはっきりとはわからない。知り合いがいないか探そうにも、後ろ姿を見るだけで誰かわかるほどの友人は、白斗には皆無である。
と、少し考えて、落ち込む白斗。
それでも、特にすることもないので改めて見る。
今回、この抽選は、日本をはじめとした5つの国で行われた。
その為、日本人だけに限らず、外国人の当選者も何人か含まれている。
現在の人数は、白斗を入れて9人。当選者は全員で10人のはずなので、あと1人いるはずなのだが……
「……遅れてるのか?」
時間はとっくに過ぎているのに、まだ到着していないようだった。
こんな大事でまさか寝坊するなんてことはありえないだろうし、ましてや、忘れるようなこともないはずだ。
どんな人が遅刻してくるのか興味はあるが、どうやら時間切れらしい。
「まだ全員が集まったわけではありませんが、先に始めましょう」
ステージ上の司会者が、ホール内の観衆に向けて話し始める。
「それでは、第328回研究発表~世界の変わるとき~を始めさせて――」
「すみません! 寝坊しましたーっ!!」
司会者の声を遮って、入り口から人が駆け込んできた。
すみません、すみません、と言いながら人の垣根を割ってきた少女は、白斗にとって、どうにも見覚えのある人物だった。
美しい黒の長髪を振り乱して走りながらも、何となく凜とした雰囲気を纏う少女。少し切れ目気味で格好いい印象を受ける彼女は、女子にも人気が高い。
白斗の同級生であり、学校のアイドル的存在。
「もしかして、桜庭さん……?」
「え……? 月無くん……!?」
桜庭 澪だった。
「やっぱりそうなのか。何でこんなところに……って、当選者に決まってるか。でも、全然知らなかった、桜庭さんも当選してたなんて」
「私の方こそ全然知らなかったわ。まさか同じクラスに2人も当選者がいるだなんて、思いもしなかった」
「それは俺も同じだよ」
多くの他人に囲まれた中で見つけた唯一の知人に、無意識の安堵もあってか、堰を切ったように話し始める白斗と澪。だんだんと声が大きくなってくる。
「……こほん」
「「あ」」
ついには、司会者のわざとらしい咳払いによって冷静さを取り戻し、2人そろって声を上げる。
「若いと言うのは、全くもって羨ましいものですな」
司会者の言葉に、参加者たちが、どっと声をあげて笑う。
白斗と澪はいろんな意味で恥ずかしくなり、耳まで真っ赤に染まった。
確かに恥ずかしい思いはしたが、司会者の話術によって、場が和み、2人の失敗がうやむやになったのだから、感謝こそすれど恨むことはないだろう。
「それでは改めまして、第328回研究発表~世界の変わるとき~を始めさせていただきます」
そして、研究発表が始まった。
開始から約1時間半。
研究発表の序盤は、これといって特筆する点はなかった。
通常であればいくつもの大発表がなされるこの場において、たかが1時間半といえども、一つたりとも大した発表がないというのは、異例なことだ。
しかし、それでいて誰も気には止めていない。なぜなら、目的はこのあとにあり、それひとつで歴史を容易く覆すことができるのだから。
「――様ありがとうございました。今後、ますますの発展に期待しましょう」
司会者が直前の発表について軽く評し、これで前哨戦が終わった。
「いよいよだ」
「緊張するわね……」
「確かにそうだな。ま、気負わずにいこうか」
「ええ」
そして、ひたすら引っ張られてきた今回の目玉についての発表が始まる。
「長らくお待たせいたしました」
司会者の進行が再びなされる。
ひたすら待たされていた出席者も熱気を持ち始めたように感じられる。
それも、先ほどまで発表をしていた研究者たちも例外ではない。国立魔術研究所で発表の場に立てるというのは、どの国の人間にとっても誉であることなのにも拘らず、今回の場合は件の研究者達自身が浮足立っており、自らの発表すら早く終わってほしいと思っていることが誰の目にも明らかなほどであった。
そのため、今回の発表は、過去最短の研究発表として歴史に名を残すことになるのだが……誰も、誰一人として、それに気付かなかった。ただ、気付いていたとしても、この後にあることで頭がいっぱいで、まったくもって気になど留めなかったであろうが。
とにかく、それほどまでに、この場の人々はそれを待ち望んでいるのだ。
司会者の言葉にも、次第に力がこもり始める。
「では、裏方の皆さま! カモーンッ!」
「うおおおおおお!!」
口調も変わっていたが誰も気にはしない。むしろその変化も、会場を盛り上げるスパイスとなる。
そして、司会者のコールでステージ中央に巨大な――縦20m、横10mの――物体が、深紅の幕を掛けられた状態で運ばれてきた。
「それでは! 今度こそ、紹介いたします!」
会場の熱気が最高潮へと上り詰める。
「まさに世界を変える大発明! 天下の日本が生み出した神の御技!」
幕が一気に取り去られる。
「おお……」
「ああ……」
「あれが……」
ついに、姿を現した。
この世界を変え得る発明品。
「異世界転移門です!!!」
転移門がその姿を現した。
第一話いかがでしたか?
少しでも続きに興味を持って貰えればいいんですが……
今回は気合いが入って文が長くなっていますが、
少しずつ短くして、平均3000字あたりで揃えるつもりです。
興味を持った方も持たなかった方も
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完結目指して頑張るので、
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では次話をお楽しみに!