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疾風迅雷の魔術師  作者: ヘデメ
『朱』編
18/26

【ミッドストリーム】

 昨昨日と昨日の2日間続いたしとしとと降る雨によって肌寒くなった今日は、前日までと打って変わり雲一つない晴天であった。


 約2週間をかけて【ミッドストリーム】に到着した一行は、異世界初めての街を歩き回っている。


 メインストリートのような役割を果たしているであろうこの大通りは、両脇に所狭しと住居が立ち並んでいる。メインストリートというのはもっとも人の往来が多い場所であり、そんな場所であるから店が軒を連ねるのが普通なのだろうが、いくつかの宿屋や食事処を除いてほとんど店がない。


 これは恐らくメインストリートであってもあまり客となるような人がいないのだろう。地元住民であればメインストリートに店を構える必要もないだろうから、外来の客が少ないことの証拠になるかもしれない。根拠としては弱いのだが。


 ともかく2人は砂利にしては大きく角ばった石の敷き詰められた道を歩いている。


「あんまり良さそうなところがないな」


「そうね……さすがにお金を無駄にできないし」


 白斗と澪は村で旅のためのお金を少額ではあるが貰っていた。最初はレイルにお金を貰うことを断ったのだが、よく考えればこの世界の通貨など全く持っていなかったのだ。一文無しの状態でいったいそうやって生きていくつもりだったのか。気付かなければ早々にこの旅は終わりを迎えていただろう。もちろん、デッドエンドで。


 思っていた以上に自分たちが死ぬ可能性があちこちに潜んでいることを肌で実感した白斗たちは現在、なけなしのお金を大事に大事に使うために安宿を探して回っているのだ。


 探し始めたときはまだ日が低かったが、見上げれば丁度真上まで昇ってきている。既に3時間ほど経過していると考えれば、結構時間が掛かってしまっているようだ。


「そろそろ昼にしないか?」


「うーん、そうね。私もおなかは空いたし、食べてからまた探しましょうか」


「で、だ。どこで食べる?」


「あんまりお金は使いたくないのよね……」


「そうだな……ひとまず大通りから離れようか。ここは比較的値段の高い店が並んでるし」


「そうしましょうか」


「ああ、行こう」


 脇道の逸れ、人通りが大通りよりも少ない街道を歩く。


 時々住民とすれ違いながら歩くと、道が大きく開けた場所に繰り出した。


 町中央の大通りをメインストリートと呼ぶなら、ここはサブストリートといったところか。


 見渡せば、雨や直射日光を防げる布の屋根や長机でできた簡易の店が並んでおり、人で賑わっていた。メインストリートよりも人が多いのではないだろうか。


 回ってみると並んでいる野菜などの品物は先ほどの場所に売っていたものよりも格段に安い。


「この感じだと宿屋もこっちの方が安いかもしれないね」


「そうね……やっぱり大通りは土地が高かったりするのかしら? ……そもそも地価って考え方があるのかも分からないけど」


 澪の言う通り、この世界には地価という考え方はまだない。今後それが生まれるかはわからないが。


 しかし地価は存在しないが、立地をはじめとする様々な要素によって家の値段は変動するので、メインストリートの住居は町のどこよりも高い。


 気を取り直し、2人は手頃な値段で昼食をとれる場所を探そう、と歩き出した。


 しばらく歩くと、風に乗ってどこからともなく食欲そそる匂いがやってきた。


「桜庭さん」


「月無くん」


 視線を交わして頷き合う。これだけで意思の疎通ができたらしい。2人は同じ方向に向かって迷いなく歩き出した。


 そしてたどり着いたのは、香ばしい匂いを放っていた串焼きの店だった。


 よだれが止まらなくなるような香りに、まんまと誘われてしまったのだ。2人はもう数か月行動を共にしてはいるが、さすがに視線だけで会話ができるほどの関係ではない。食べ物の力は斯くも強大なのか。


「らっしゃい!」


 筋肉隆々な30代くらいの男が呼びかけてきた。串焼きを焼く、ここの店主だ。


「おふたりさん、買ってくかい?」


「4本ください」


「まいど! 銀貨2枚だ!」


「ぎ、銀貨2枚……?」


 この国の貨幣価値は以下の通り。


 銅貨、約100円。


 大銅貨、約500円。


 銀貨、約1000円。


 大銀貨、約5000円。


 金貨、約10000円。


 大金貨、約50000円。


 白金貨、約100000円。


 大白金貨、約500000円。


 これら8種の硬貨で全ての商品は取引されている。


 それを前提とすると、串焼き4本で約2000円、つまり串焼き1本約500円ということだ。


 値段だけ見たらかなりぼったくりだ。というのも、メインストリートで宿を探して回った時に提示された宿泊料は平均して1人1泊銀貨3枚だったのだ。


 しかし、この値段設定は適切だ。なぜならこの世界に酪農は存在していないのだから。


 酪農が存在していないということは肉の入手が困難であり、入手できても供給が安定せず、尚且つ需要を満たすことができないということに繋がる。よって、串焼きが高価であるのは仕方のないことなのだ。


「桜庭さん……いくらだったか?」


「ええと……金貨1枚ね……」


「そうだよな……」


 金貨1枚。約1万円の硬貨。


 これは【フォレス村】を旅立つにあたって村長から受け取ったお金だ。白斗たちはお金を手に入れる手段を見つけるまで、このお金だけで生活しなければならない。


 それなのにここで全財産の2割も消費していいのか。いいはずがないだろう。


 しかし……。


「我慢できるか?」


「無理ね」


「だよなあ……」


 2人は香りを嗅いだ時点で肉の魅力に囚われてしまっている。さっそう、洗脳だ。


 白斗も澪も大して悩まずにお金を差し出した。


「丁度だな、ほいっ、自慢の串焼きだ! 熱いうちに食えよ! あ、それと串はそこの箱に返してくれ!」


 店のすぐ近くに使用済みの串が大量に投げ込まれた箱があった。串は全て金属製で、洗えば再利用が可能なのだ。この国では木の串はないのだろうか、それともあるにはあるが値段が高いのか、まあこの際どちらでもいいだろう。


 2本を澪に渡した白斗は、視線を店主から受け取ったものに向ける。


 焼きたての肉をタレにたっぷりと漬け込んだアツアツの串焼き。


 香ばしく食欲を際限なく増幅させるような香りを放っている。


 無意識に喉を鳴らす2人。


「い、いただきます」


「……いただきます」


 そして同時にかぶりついた。


 目を見開く。


「「うっまーーーいっっ!!」」


 簡単にかみ切れる柔らかい肉はごくごくと飲めるほどの肉汁を溢れ出させ、一瞬のうちに消え去ってしまった。


 それでいておなかに確実にたまり、十分な満足感を与えてくれる。


 あっというまに2人は食べきり、ふぅと満足の息を吐いた。


「これは、あの値段も納得ね」


「ああ、うまかった。久しぶりにうまいものを食べた」


「ええ、最近は途中の林なんかで採った木の実ばっかりだったものね……」


「食べるものがなかったからな……」


 そう言いながら遠い目をする。


 この町に到着するまでの約2週間、彼らはまともな食事を行っていなかった。村にいるときに、次の町までの食料などは用意してもらっていたのだが、旅自体が初めての2人にはそれらを消費するペースというのがよくわからなかったのだ。


 予めどのくらいのペースで食べればいいのか訊いておけばよかったのだろうが、何が必要かも知らない旅をするという行為で、その疑問が生まれることもなかった。人は知らないことについて質問ができるが、知らなさすぎることには質問ができない。質問をするためにも最低限の知識は必要不可欠なのだ。


 そんなこんなで経験不足や情報不足で旅立って早々に食料が底をついてしまい、1週間ほどは木の実などの自然の恵みで生き延びていたのだ。


 串焼きを食べて腹ごしらえを済ませた一行は、再び宿を探しに歩き出した。

町の話を書こうとしたら、いつの間にか串焼きの話になっていました。

ですが皆さん安心してください。次回は比較的重要な話になりますから……たぶん。


次回もよろしくお願いします!

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